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 誰もが、あいつを一目見るなり「なんて美しい人なんだろう」と口にする。

 でも実際、あいつはとんでもない美人だ。

 雪のように白い肌は艶々と輝き、彫刻家が命を懸けて創造したかのような麗しい容貌は、誰より高貴で美しい。

 けぶるように長い睫は瞬きの度にパサパサと音がしそうだし、ほんのりと色付いた頬やサクランボ色の唇はぽってりとしていて、無条件に吸い付きたくなる。

 あいつと恋人になりたい、友人になりたい、何でもいいからとにかく繋がりを持ちたい。

 どんなに他愛なくても――――せめて、挨拶だけでも交わすような仲でも構わないから……知り合いになりたい。

 誰もが皆、そう願っている。



 それが本当に、ムカつく!
 腹が立つ!!



 オレは、あらん限りの敵意を以って、18も年下のあいつを睨み付ける。

(ガキのクセに、生意気なんだよ! )

 そんな敵意を込めて。

 しかしあいつも、視線だけで射殺すような勢いで、オレをいつも負けじと睨み返してくる。

 オレたちは、仇敵のような間柄だ。

 そもそも、あいつとはどういった経緯で出会ったのか? どういう繋がりなのか?

 これは、説明すると長くなる。

 何故なら、あいつとは、親同士の因縁から始まるからだ。

 オレの親父は九条凛という名で、アルファの中でもトップクラスの名家の家系にあたる、由緒正しい家柄のアルファだ。

 母親も同じく名家出身のオメガの女で、二人は家同士の吊り合いで選ばれ、そして結ばれたらしい。


――――残念ながら、母はオレがまだ幼い頃に亡くなってしまったが――――。



 しかしとにかく、オレは九条家の唯一のアルファの男子として、それなりに大切に育てられた。

 こんなオレを指して『お坊ちゃん育ち』だと陰口を叩く者もいるが、なに、構わない。

 それは本当の事だからだ。

 オレは九条家の跡取りとして、幼少期から、下にも置かぬ扱いを受けて育ったのだから。

 坊ちゃんだろうと何だろうと、事実なのだから何を言われても痛くも痒くもない。

――――しかし、状況は変わる。

 ずっと寡夫として九条家を護っていた親父が、ある日正式に『番』として、オメガの男を九条家へ迎い入れたのだ。

 その時、オレは23歳だった。

 親父の妹である恵美叔母さんの会社に入社し、実家を離れて日々を忙しく送っていたオレは……完全にそれを、事後報告として聞かされた。

 当然、親父の再婚など断固反対しようとは思ったが、その再婚相手であった七海達樹ななみたつきというオメガの男性に対して色々と負い目のあったオレは、反対の拳を力強く振り上げる事はとうとう出来なかった。

…………未遂とはいえ、過去、七海達樹を親父の周りから追い出そうと画策した事があったのだ。その悪事の一件は完全に周囲へバレてしまっていたので、オレとしては、居たたまれない事この上ない。

 それに――――親父が、本当に七海を愛している事は充分過ぎる程に知っていたので……最後まで反対し通す事は、どうしても無理だった。

 七海との再婚が叶ったと、親父は――――その頃はもう親子の会話もロクにしていなかったオレを呼び出して、嬉しそうに報告してきた。

 あんなに、幸せそうに笑っている親父を見た事はなかった……。

(そうだ、家どうしの吊り合いだけで結ばれた母や、その子供であるオレに対して、親父は……一度もあんな風に笑いかけた事なんか無かった)

 それに対して、嫉妬を感じないといえば、嘘になる。

 だが――――オレも、いつまでもワガママなガキじゃない。

 23にもなって、親父の再婚にうだうだと駄々を捏ねる方がどうかしている。

 そりゃあ、親の再婚となれば相続やら何やら色々と絡んで来るので、それを理由に反対する事は可能だが、当の本人である七海達樹は『そんな物に興味はない、一切を放棄する』と宣言していては反対のしようがない。

 唯一味方になってくれそうだった恵美叔母さんも、思ったより力になってもらえず、とうとうオレは渋々ではあるが承諾したのだ。

 親父の、再婚を。

 それでは、あいつ・・・は親父と七海達樹の子供なのかといったら――――それは違う。

 あいつは、確かに七海達樹の子供だが……母親は七海達樹ではなく、結城奏というオメガだった。

 つまり、七海はオメガでありながら、同じくオメガである結城奏と契ってあいつを儲けた訳である。

(――――裏切りだ、乗っ取りだ! 九条の血は一滴も流れていないではないか! )

 そんなオレの声は、一切が黙殺された。

 七海は……あいつが産まれる前に、この世を去ってしまったからだ。

――――七海は、身体を壊して長くは生きられぬ運命のオメガだった。

 その七海が、独り残される親父の為にと、苦肉の策で後輩のオメガ結城 奏との間に子を儲けたらしい。

 命を捧げた純愛を前に、オレの抗議の声も自然と萎んだ。


…………それから、18年が経った。


 親父が車の事故で不慮の死を遂げ、遺産相続の話が急に持ち上がったのだ。

 法律に従い、遺産分割協議書やら何やらを急遽話し合わねばならなくなった。

 滅多に会わないようにしていたあいつと――――結城達実ゆうきたつみと、何がなんでも会わなければならない状況になったワケだ。

「おい」

「……なんだ? 」

「つまり僕は、ダディの遺産を相続する権利があるって理由だけで、日本に呼び出されたのか? 」

 達実の不満そうな声音に、カチンと来る。

「なんだよ! オレだってお前なんか呼びたくなかったよ! 」

 つい大声でそう言い返すと、すかさず反論が返って来た。

「……42にもなって、何を騒いでんだか」

 達実は皮肉気に言うと、フンと鼻で笑った。

「僕は、奏の事が心配で、一瞬たりとも傍を離れたくなかったんだ。それを、何やら重大な事があるから日本に帰国しろなんて頭ごなしに命令されて――――迷惑千万だよ」

 本当にうんざりしたように言うと、達実はキッと睨んできた。

 その鋭い視線を受けて、場違いにも思わずゾクリとする。

 オレは、こいつは嫌いだが……その美しさは認めざるを得ない。

 達実の父親である七海達樹というオメガは、本当に美しかった。

 母親の結城奏は撫子のように可憐な青年だったが――――達実は、艶やかな薔薇の花と讃えられた父親七海達樹の血の方が、間違いなく濃く表れている。

 綺麗な瞳に棘を滲ませ、達実はオレを睨み付ける。

「何だよ? 正論過ぎて言葉が見付からないのか? 」

「う……」

「第一、僕は、お前が嫌いなんだ」

「――」

「だからもう、ダディもいないこんな家なんか来たくなかったのに……本当に不愉快だよ! 」

 そのセリフが、胸に突き刺さる。

 オレは咄嗟に、手を振り上げていた。


 パンッ!


 鋭い音が鳴ったが、間髪入れずにオレの腹にも衝撃が襲った。

「うっ……」

 思わず腹を押さえてうずくまったところ、トドメとばかりに後頭部を強打された。

「僕を殴ったんだから、こんなもんで済むと思うなよ! 」


 ダメージは明らかにオレの方が大きいのに、達実は、自分こそが被害者のように言い放ったのだった。



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