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二章 士官学校

魔力循環③

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その日、ジェイデンは久しぶりにディア達と一緒に寮の食堂で夕食をとった。

「夕食の時間に間に合うなんて、久しぶりだよね」

お腹を空かせた寮生達で賑わう食堂に顔を見せたジェイデンとセオドアに、ディアが嬉しそうに声を掛ける。

「今日は校舎の点検があるから、早く帰れと言われたんだ」

ジェイデンはやる気なさげにテーブルに肘をついたまま答えた。
行儀がいいとは言えない態度だが、北では粗野な男たちに混じって暮らしていたジェイデンである。

ここ最近の、貴族らしい振る舞いに少々疲れ、東寮では猫を被るのはやめると先日セオドアに宣言したばかりだ。もちろん、セオドアは首を縦には振らなかったが。

それでも、気心のしれた友人たちと過ごす時間にまで水を差すつもりはセオドアにはない。

「合格を貰ったけど、魔術操作がまだまだなのは変わらないからな」
「そっかぁ。頑張ってるね」

ルイスに合格をもらってからも、放課後は自主的に訓練室に通い詰めている2人である。


「最近、寮で姿を見ないから心配してたのよ」

アマーリエがそう言って優しい目でジェイデンを見た。

「毎日通い詰めだもんね。少しは休むことも大事だよ」

ディアも気遣うような言葉をかけるが、その手は大盛りの肉煮込みに伸びている。

良く煮込まれた骨付き肉は柔らかく、少し濃い目の味付けがたまらない。
今夜のメニューの中でも、グリトンの自慢の一品だ。

「これ美味しーい。幸せ…」

あっという間に皿を空にしたディアは、ラリサがたっぷりよそったスープを掬う。

目を閉じて味わうディアの幸せそうな顔につられて、ジェイデンとセオドアも肉煮込みに手を付けた。

「確かにうまいな」
「ああ、うまい」

セオドアの言葉に、ジェイデンも頷く。
香辛料がきいていて、食欲をそそる味だ。





「そういえば、魔力合わせはどうなってるの?」
「まだやってない。俺は三日後の授業で他の生徒と合流してからになるな」

ちょうど担当教官もルイスだ。

「あら、一緒に授業が受けられるの?」

ジェイデンは頷いて、同じく苦笑いのセオドアと顔を見合わせた。

「魔力循環の合格をやっともらえたからな」
「セオドアさんも?」
「俺も他の生徒と合流はするが、相手と学年が違うから、放課後だろうな」

メイソンが、セオドアに聞く。

「相手、誰なんです?」
「隣のクラスのマーゴット・パウエル」

セオドアが口を開くよりも早く、ジェイデンが食事の手を止めずに答える。


「赤毛の、まあまあの美人?」
「そうだったか?」

確かに見事な赤毛だったが、その印象が強く顔つきまで覚えていないジェイデンだ。

呆れたような顔でアマーリエが「けっこう人気あるのに、マーゴットって」と付け加える。

「ついてるね、彼女」

ヒュウッと口笛を吹き、ディアが面白げにそう言った。

揶揄うような様子に、アマーリエが「やめなさいよ」と嗜める。

「だってあの問題児のグエルの代わりがセオドアさんだよ?僕が女子ならヴィーネ様に感謝しちゃうね」

ヴィーネは愛と豊穣の女神で、恋人達に守護を与える存在として広く信仰されている。

「グエルって誰だ?」

ジェイデンは初めて聞く名前だ。
それにはセオドアが答えた。

「マーゴット嬢の前の相手だ」

セオドアは知っていたらしい。

「素行不良で停学になってるのよ。賭博好きで身を滅ぼした馬鹿ね」

賭場での借金が嵩み、取り立て屋が学校まで乗り込んできたらしい。
もともと成績もあまり良くなく、その場で停学処分が決まった問題児だ。

「実家は金持ちなんじゃなかったか?帝国商人相手に商売してる成金だろ、たしか」
「どうでもいいわよ、そんなの」

メイソンの言葉に、アマーリエは興味なさげにそう話を切る。
話題を変えるようにジェイデンにそういえばと話しかけた。

「ジェイデンは補習でルイス先生と一緒だったんでしょ?なんで合わせをしなかったの?」
「監督役の教師が不在だとできないんだと」

魔力の暴走時に対処できる教師の同席がないと、魔力合わせは禁じられている。

ジェイデンとルイスの場合、ルイスが当事者となるためもうひとり教師が必要だ。

「ああ、そうだったわね」

アマーリエが納得する。

「2年前くらいに、暴走して訓練室の結界ごと破壊した生徒がいるんだよ」

ディアはすごいよね、と食事の手を止めずに言った。
相当魔力量の多い生徒でないと、結界の破壊はできないはずなのだ。

「有名人だろう。確か今は近衛騎士団の…」

メイソンが口を挟む。

「え、それって今は研究所で働いているジェイナー卿のことじゃなかった?」

それにアマーリエが反応したが、今度はディアが「違うよ」と別の卒業生の名を口にした。

「近衛騎士団のヴィクトル様も、研究所のジェイナー卿もすごいけど別の話」
「ディア、詳しいわね…」
「聞きたい?ふふ、こういう噂話って大好物」

にまりと笑ったディアが、小声で「まだまだ情報はあるよ」と声をひそめる。




それから逸話持ちの元生徒たちの噂話に花が咲き、ジェイデンとセオドアは聞き役に徹した。















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