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二章 士官学校
マールのおつかい④
しおりを挟む「あら、エズラさんてばおまけしてくれたのね」
ちょうど小包を開けた女将が、中身を確認して喜ぶ。
中に入っていたのは瓶に入った小さな丸薬と、薬草、そして蜂蜜だ。
「マール、おつかいありがとうね。これ、アシャに渡すお礼に必要だったから、間に合ってくれてよかったわ」
そう言って、女将は荷物の中から瓶詰めの丸薬を取り出して、アシャへと渡した。
「咳止めのお薬よ。必要だと言っていたでしょう?あと、これはチーズの代金ね」
「ありがとうございます。助かります」
アシャは父親の作ったチーズの納品に来ていたのだ。
コンバルー産のチーズは高級品のため単価が高く、卸値でもひとつ銀貨数枚の良い値段になる。
銀貨と丸薬の瓶を大事そうに受け取ったアシャは、自分の肩から下げていた鞄の中に入れた。
それを見ていたマールは、眉をしかめて思わず口を挟む。
「瓶は鞄に入れても良いけど、銀貨はやめとけ。町中で擦られるぞ」
少年が持つには分不相応な金額である。
かと言って、懐の財布に入れていても危険なことには変わりない。
あまりに無防備な様子のアシャに、マールは呆れながら小さな嘆息をこぼした。
「お前、隠し財布持ってないの?」
「山ではお金なんて使わないから…一応財布は持ってるけど」
マールは懐に入れている財布の他に、肌着の下に隠し財布を仕込んでいる。
他にも靴に仕込んだり、ベルトの裏に挟んだりと色々な工夫を凝らした隠し財布があるが、この様子だとアシャは隠し財布そのものを知らないようだと、マールと女将は目を丸くする。
「アシャが1人で納品に来るのは今日が初めてだもの。ヘレンってば、ちゃんと教えてくれなかったのね」
困った顔をしたアシャを、女将が庇うように慰めた。
今日のチーズの売上は銀貨30枚だ。町の大工の一月分の給料と同じくらいの金額である。
貨幣の価値をよく知らず、どうすればいいか途方に暮れた様子のアシャを見て、マールはため息をついて頭を掻いた。
「…ああ、もう!」
自分が今から申し出ようとしていることが、まったく儲けにもならない話だとわかっているからだ。
(…俺ってこんなお人好しだったっけ)
しかし、マールは何故だかこの羊飼いの少年を放っておくことができなかった。
「仕方ないな…俺の家に来いよ。俺のでよければ貸してやるから、次に町に来たときに返してくれ」
自宅には予備の隠し財布が何個かあるはずだ。
そう言ったマールに、女将が「よかったねぇ」と笑顔でアシャに声をかける。
アシャは素直にありがとうと言って、銀貨を握り締めた。
「エズラさんによく効く咳止めを頼んだら、おまけを付けてくれたのよ。喉に効く生姜と花梨が入った蜂蜜だから、お湯で割ってお母さんに飲ませてあげなさいな」
最後に女将は、これはおまけだよと言って小瓶の蜂蜜をアシャに渡した。
アシャの母親は去年風邪を拗らしてから、年が明けても咳が続いているらしい。
そのためヘレンが山に残って羊の世話をして、アシャが1人で町に降りてきたのだ。
彼が来る前に事前に魔鳩で連絡をもらっていた女将は、友人でもあるアシャの母親を心配して咳止めを用意してくれていた。
「女将さんにはいつもお世話になってばかりで、本当にありがとうございます」
丁寧に頭を下げるアシャに、女将は優しく笑いかけた。
「良いのよ。じゃあマール、アシャをお願いね」
「ああ、わかってる」
「すまない。世話になる」
普段のマールならこんなお人好しな真似はしないのだが、この羊飼いの少年が持つ、なぜか放って置けない雰囲気が彼をそうさせた。
ぶっきらぼうな物言いだが生真面目な態度のアシェに、マールは笑って気にするなと告げた。
「じゃあね、気をつけてね」
女将からおつかいの駄賃として、今日のおすすめのチーズを油紙に包んだ物を受け取り、マールはアシェと一緒に店を出た。
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