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二章 士官学校
授業のはじまり⑤
しおりを挟む机に置かれたカップに気付いて、ジェイデンは顔を上げた。
「蜂蜜湯だ。少し休憩したらどうだ?」
「…ああ、ありがとう」
湯気が立つカップの中には琥珀色の薬湯がたっぷりと入っていた。
ジェイデンは礼を言ってカップに口をつけた。
穏やかな薬草の香りと、蜂蜜の甘みを感じる。
柑橘の果汁も入っているのか、後味はすっきりとした飲み心地だ。
「何をそんな真剣に呼んでいたんだ?」
ジェイデンは帰宅してから、自室でずっと読み物をしていた。
セオドアが遅れて帰宅してきてからも無反応で没頭していた様子に、彼はさっさと先に入浴を済ませた所だ。
湯浴み着のままセオドアは髪を拭きながら、そう声を掛けた。
「ルイス先生の著書。『魔力循環の基礎』これから必要だと思って」
「俺も読めって言われてるな、それ」
魔法学一年生向けの課題図書である。
2年のセオドアはそれに加え『魔力循環とその応用』も読まなければならない。
机に向かって座っていたジェイデンの頭上を、背後から覆いかぶさるようにセオドアの手が伸びる。
今まで呼んでいた頁を覗き込んだ。
「相手がルイス先生だぞ。最低限、これくらいは理解していないと気まずいだろ」
「お前、そういうとこ真面目だよな。専門家なんだから、相手に委ねときゃ間違いないだろ?」
そうだけど、と口を尖らせる様子のジェイデンに、セオドアがくすりと笑う。
派手な見た目の割に、生真面目な所は昔から変わらない。
セオドアが身動きをしたことで、まだ濡れたままの黒髪から水滴がぽとりとジェイデンの首筋から背中の方へと流れ落ちた。
水滴はそのまま、着ていた服に染み込んでいく。
「セオ、水が落ちてる」
ジェイデンは濡れた首筋を片手で押さえながら、振り返って覆いかぶさっている身体を押しのけた。
「悪い、冷たかったか?」
セオドアは素直に謝り、肩にかけていた布で濡れた髪をさらに拭った。
「いや…気にするな」
そう言いながら、ジェイデンは開いていた本の頁を閉じる。
ちょうど集中力が切れてしまっていたし、腹も空いてきたところだ。
寮の一階の食堂からは、美味しそうな匂いが漂ってきている。
「そういえば、セオの相手とは会えたのか?」
机の上を片付けながら、シェイデンがそう聞いた。
「いや、まだだ。タオは前から知っているから問題ないが、もう1人の女生徒とは今日は予定が合わなかった」
タオの名前に、ジェイデンはぴくりと反応する。
セオドアと親しい相手というのは先日聞いたが、彼はまだ故郷へと帰省していて寮に戻ってきていない。
新学期が始まっているのに不味くはないかと思うのだが、彼の地元は特殊な保護区であるため事情を考慮されているとのことだった。
小耳に挟むタオの人物像は、どうも艶っぽい噂ばかりだ。
セオドアは親しい友人としか言わないが、ディアが『付き合っていたに違いない』と断言するので、つい邪推をしてしまうジェイデンである。
(誰と関係があってもいいが、秘密にするところが気に食わない)
ジェイデンは自身の独占欲を、兄を取られた子供のような嫉妬と思っており、余計に本人へと直接聞けずにモヤモヤとしていた。
「彼がいつ戻るか知らないが、魔力循環はどっちと組むんだ?」
セオドアの候補者は、タオと研究所の魔道具科職員、一年生のマーゴット・パウエルの三名である。
必然的に、相手はタオかマーゴットの二択だ。
「ダンパー先生からは、マーゴット嬢を推薦された。彼女の候補者が素行不良で謹慎中らしいから組んでみてはと言われたな」
「タオじゃなくてもいいのか?友達なんだろう?」
「あいつは忙しいからな。今も故郷に帰っていて、いつ学校に復帰するかわからん」
あっさりと言うセオドアに、ジェイデンは拍子抜けしたように脱力する。
これでは気にしている自分が馬鹿みたいではないか。
セオドアは濡れた髪を温風が出る魔道具で乾かしながら、横目でジェイデンを見た。
黙っている年下の親友に、不思議そうな顔を浮かべる。
「どうした?」
「…別に」
そう返しながら、子供っぽい自分に嫌気が差したが、ジェイデンは素直になれずに背を向けた。
髪を乾かし終わったセオドアが、普段着に袖を通しながら時計を見る。
「そろそろ夕食か」
ちょうど、夕食を知らせる鐘が寮内に響いた。
肉の焼けるいい匂いがする。
「食堂に行こうか」
「ああ、そうだな」
窓の外では夕陽がもう暗闇に落ちかけていた。
寮内にはお腹を空かせた生徒たちが、食堂へと向かう足音と声が響いている。
廊下のざわめきに誘われるように、彼らは部屋から出て行った。
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