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二章 士官学校

ベイルート②

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居心地の悪い沈黙がジェイデンとセオドアの間に流れていた。

暖炉で爆ぜる火をなんとなく眺めていたところに、近づく足音がある。

部屋の外が騒がしい。
そう2人が思った後、勢いよく扉が開いてベイルートが現れた。

「ああ、久しぶりだね!」

満面の笑みで部屋に飛び込んできたベイルートは、そのまま長椅子から立ち上がろうとした格好のジェイデンに全力で抱きついた。

「お久しぶりです、兄上。…うわ」

そのまま首にぎゅうぎゅうと腕を回され、ジェイデンは長椅子に再び腰を落とす。

「危ないですよ」

「久しぶりの再会なのに、そんなつれないことを言うな」

決して華奢ではない体格の兄にのし掛かられた格好になり、咄嗟にベイルートの背中に手を回して受け止めた。

「兄上、変わってませんね…」

そう言いながら、ジェイデンは長椅子から落ちない様にと兄の背に回した腕に力を入れる。

いつも、自分を庇っていてくれた背中だ。
7年前は大きく感じていた背中が、自分の腕に収まることにジェイデンは驚いた。

(まさか俺の方が大きくなっているとはな…)

ベイルートは決して小柄でも細身でもないのだが、いつの間にか自分の方が体格が良くなっていることにむずがゆさを感じて、ジェイデンは戸惑う。

記憶の中にいた兄の姿は、知らぬ間に歳を重ねて父と似た姿に成長しているが、くすんだ金髪や、その理知的な面差しは子供の頃と変わっていない。
端正な雰囲気を持つ人だ。

ジェイデンを見つめる瞳は少し潤み、そこだけがリリーアによく似た紅色だった。

「大きくなったね…。わたしなんかよりもずっと立派になって」

「兄上」

白い手指が両手でそっとジェイデンの頬を包んだ。
感極まり、頬を上気させた様子のベイルートの顔面が間近に近づく。

「ほら、顔をよく見せておくれ」

「…兄上」

(兄様、本当に全然変わってない…)

再会の喜びを全身で表している兄には悪いが、ジェイデンは周囲の視線が気になり、つい平静を取り繕ってしまう。

室内には、兄弟の他にはそれぞれの従者が側に控えているだけである。
兄弟の再会を目撃して感動している様子のゲイルはともかく、斜め後ろに立つ男の反応が知りたいが、周りが見えていない様子の兄にがっちり顔を掴まれていてそれは叶わなかった。 










一方、彼らの横でベイルートの従者ゲイルは眼前の光景に見入りつつも、驚きを隠せないでいた。

普段、どんな美女を前にしても取り乱したりはしない主人だ。

子供の頃、夢中になると周りが見えなくなる人だったというのはジェイデンの見解だが、実際のところ、彼がこれだけ我を忘れるのはこの弟が絡んだ時だけである。

そのため、長年ベイルートのことを側で見てきたゲイルは、常に冷静沈着な主人の変わり様に内心驚きつつも感動していた。

始業式の後から珍しくそわそわしていたと思ったのは気のせいではなかったのだと思い返し、兄弟の感動の再会を眺めていたのである。

後に彼は『ベイルート様にも人間らしいところがあったんですね』とつい口にしてしまい、主人に失言を釈明する羽目になるのだが。






♦︎♦︎♦︎




「兄上も、お変わりないご様子で…」

にこにこと上機嫌な兄を複雑な顔で見つめながら、ジェイデンは声を出した。

「なんだ、昔の様に兄様と呼んでくれてもいいんだぞ」

「…いくつになったと思っているんですか」

相変わらず笑顔で甘やかす様な物言いをする兄に、ジェイデンは困り顔だ。

この兄は普段は冷静沈着なわりに、ジェイデンのことになると過保護で残念な兄になる。

幼い頃、ベイルートは両親以外では数少ない自分の味方だった。
誰よりも優しかった兄の変わらぬ様子に、ジェイデンは内心安堵する。

帝国との情勢も大きく変わったことで、貴族の派閥や利害関係にも変化が起きていると聞いている。
ベイルートはロンデナートの後継でありながら、元帝国王族の血を持つ稀有な存在である。

取り巻く環境が変わり、自分に敵意を持つ様になっていたらと不安もあったのだ。

「やっぱりジェイは義母上にそっくりだな。その金髪も、碧い眼も」

そんなジェイデンの不安を払拭する様に、ベイルートは優しげな口調で言った。

それに対し、ジェイデンは笑いながら答える。

「母上を男にしたみたいだと騎士団でも言われました。そんなに似ていますか?」

北の辺境騎士団には、シェイラの元で戦った元兵士がまだ現役で残っている。
ベイルートはそれを聞き、微笑んで話を続けた。

「義母上は女性にしては背の高い方だった。前アルトワ家当主も大男だったらしいから、お前が大きくなったのはアルトワ家の血筋だな」

ジェイデンの金髪碧眼は母親であるシェイラ譲りだ。

シェイラの少しきつめの美貌を受け継いだ彼は、兄弟の誰とも似ていない。
ベイルートは父親に瓜二つだったが、弟と妹はどちらかというとリリーアの血が濃く出ていた。



そう言って成長した弟の姿を感慨深く眺めながら、ベイルートは幼い弟とシェイラと過ごした日々を思い出していた。

たった7年前のことがひどく昔のことのように思えて、彼の胸中に苦いものが滲む。

「義母上が亡くなって7年か。早いものだな…」

ベイルートがそう呟いて、そっとジェイデンの上から身を起こした。















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