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二章 士官学校

ベイルート①

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「お待ちしておりました」


中央寮の前でジェイデンとセオドアを待っていた従者は、背筋をぴしりと伸ばした綺麗な礼で彼らを出迎えた。
彼もまた、士官学校でベイルートの同学年に在籍しており、騎士らしくがっちりとした体躯の男である。


中央寮の正面扉の前には、丸い花壇があり、馬車寄せができるよう石畳が敷き詰められている。
花壇は冬だというのに花を咲かせており、丁寧に手入れされているのが見てとれた。
和やかな雰囲気の東寮とは違い、重厚さを感じさせるエントランスだ。

「出迎えありがとうございます」

セオドアがベイルートの従者に、にこやかに礼を言った。
従者同士、彼らは学校ですでに顔を合わせている。

「ベイルート様の側付きのゲイル殿です」

紹介されたゲイルは微笑みを浮かべたまま、どうぞと扉を開いた。

「お二人の騎獣は、脚を綺麗にしてからお連れしますね」

ゲイルの合図で使用人が子犬姿の2匹をひょいと抱え、そのまま連れて行く。
使用人の腕の中で大人しくしている相棒を見送り、ジェイデンは礼を言って寮へと足を踏み入れた。

「応接室へお通ししますので、こちらへどうぞ」

ゲイルは丁重な笑顔を崩さずそう促し、流れるような所作で先導する。

ジェイデンとセオドアは、彼について行きながら、忙しなく働く使用人たちに目を向けた。
荷運び人が先に届けてくれていた荷物が、数人の使用人たちによって手際よく運び込まれているのが視界の端に映る。


「東寮とは全然違うな」

中央寮は高位貴族の生徒が多いというだけあって、建物だけではなく内装も豪奢だ。
毛足の長いウィルソン織りの絨毯は、実に踏み心地が良い。
サロンや廊下に置かれている小物はどれも美しく、きっと素晴らしい工芸品だろう。

それを眺めながら歩くジェイデンは苦い顔だ。

「ここが寮でよかったよ」

その素晴らしさを讃える語彙が足りず、気の利いた褒め言葉が咄嗟に出てこないからだ。

己の無粋さを自覚しているジェイデンは、セオドアに小声で告げた。
セオドアは表情を変えなかったが、ちらりと主人でもある親友を一瞥してすぐに前を向く。


貴族の邸宅に招かれた際は、まず最初の挨拶でその屋敷や調度品などを褒めるものだ。
基本的な社交術の一つであるが、そのために貴族達は自らの格を誇示しようと素晴らしい絵画や、珍しい品を収集する。
これほどの美しい品を集められる、という財力と人脈を堂々と見せつけているのだ。
貴族的な駆け引きの一種である。

上流階級の会話が苦手なジェイデンは、ここが寮で助かったと安堵していたが、彼ももう成人貴族の一員である。

セオドアは一切甘やかすつもりはなかった。

「…これからは覚えて頂きますよ。良い教師を探しておきます」

セオドアが真顔でたしなめた。
従者という立場を弁え、いつもの不遜な態度とは違い口調こそ丁寧だが、正面を見据えた顔は笑っていない。

(しまった)

こういう時のセオドアは本気である。

ジェイデンは自身の失言を悔いたが、もう遅い。
すでに逃げ出したくなる気持ちを抑え、ジェイデンは無言で脚を進めた。









「こちらの部屋でございます」

案内された応接間は、座り心地の良さそうな長椅子や飾り棚が品良く置かれ、くつろげる雰囲気だ。
暖炉には火入れがされており、室内は暖かい。
長椅子に腰を下ろすと、すぐに別の使用人が茶を運んできた。

「このままお待ちください。ベイルート様を呼んでまいります」

側仕えはそう言い残して退室していき、部屋にはジェイデンとセオドアだけが残された。

室内は静かだ。
ぱちぱちと弾ける暖炉の火の音がやけに大きく聞こえる。



ジェイデンは長椅子に座ったまま、後ろに立つセオドアを振り返った。
これからの兄との面会前に、ジェイデンにはセオドアへ言っておかないといけないことがある。

「セオドア」

「なんですか? 」

改まった様子のジェイデンの様子に、違和感を感じながらもセオドアは聞き返した。

「兄上と面識はあったか? 」

「…いいえ。遠くからお見かけした事がある程度ですが」

セオドアが少し眉を寄せてそう返した。
当然ながら、彼らに接点はほとんどない。

「俺も、王都を出てから兄上にお会いするのは今日が初めてだ」

ジェイデンにとっても、7年ぶりの兄弟の再会である。
今まで説明してこなかったが、実際に会う前に言っておかなければならない事があった。

誤解のないように伝えたいが、どう説明しようにも上手く真意を伝えられる気がせず、ジェイデンは抑えた表現になることを承知で口を開いた。

「昔の兄上は少し過保護な人だったが、俺にはいい兄だった」

「そうですか」

言葉を濁した物言いに少し違和感を感じながらも、セオドアは相槌を返した。

「…俺が兄上に会いたがらない理由を言った事があったか? 」

「いえ、一度も」

ジェイデンは一番近くにいる自分にも、家族のことはあまり話さない。

(なんだ? )

訝しげな顔をするセオドアに対して、ジェイデンは複雑な表情だ。

「ベイルート様がどうかしたんですか? 」

「兄上は…その、少し驚く方かも知れないが、黙って見ていてくれ」

ジェイデンはそれだけ言うと、前を向いて用意されていたお茶に口をつけた。


セオドアは訳がわからないと目を見開いたが、背を向けたジェイデンがそれ以上は何も言うつもりのない事を察して、黙って後ろに控えたまま口を閉ざした。






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