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二章 士官学校

アマーリエとソフィア④

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アマーリエ・ガイナルの父、フラビオ・ガイナルは准男爵家の三男だった。

実家は爵位こそあれ、北の荒れた辺境地。
平民よりはましという程度の、あまり裕福ではない生活を送ってきた彼は成人と同時に実家を出た。成人の祝いに贈られるわずかな財産を持ち、兵士となるためガイナル家が世話になっていた伯爵家に身を寄せたのだ。
その伯爵家が、ジェイデンの母シェイラの実家であるアルトワ家である。
ロンデナート家の組織する私兵団は代々アルトワ家によって運営され、領内の自警と国境の警備にあたっていた。

「父は兵士だったわ」

フラビオは同年代の男達よりも頭ひとつ近く背が高く、恵まれた体格をしていた。
その体格を生かさなければもったいない、と周囲は兵士の道を彼に薦めた。幼少の頃から喧嘩が強く、血気盛んだった彼がその道を選ぶことは自然なことだった。

「当時の団長はシェイラ様のお父上だったわ。父のことは子供の時からご存知だったみたいで、兵士に推薦していただいたそうよ」

「シェイラ様のご実家はアルトワ家だったのね。でも、変ね…戦争の時、団長はシェイラ様だったのではなかった? 」

「戦争が始まった時に、団長だった御当主は戦死されたわ」








開戦のその日。
国境の詰所を視察に来ていた団長や幹部達と共に、国境警備についていた兵士達はほとんどが殺された。計画的な奇襲だった。内部の情報が漏れていたのだ。
死の間際、団長が最後に飛ばした赤鳩は兵団の本拠地に帝国軍襲撃の知らせを届けることに成功した。
王都へと、帝国軍から届けられた開戦宣告よりも早く。


「アルトワ家の御当主は、偉大な方だったわ。あの方が飛ばした赤鳩がいなかったら、この国は敗戦していたでしょうね」

その話を聞いて、ソフィアの表情が曇る。
過去にも耳にしたことのある話だが、アマーリエの語り口は生々しい。フラビオは娘に包み隠さず、戦争の悲惨さを伝えたのだろう。

「…続けていいかしら? 」

ソフィアの表情をちらりと見て、アマーリエが尋ねた。
躊躇いなく頷いたソフィアの様子に、彼女はまた語り始める。





父親である団長の死とともに、一人娘のシェイラは爵位と団長の座を継いだ。
混乱の中、父親の死を悲しむ間も無く彼女は動いた。
まだ実戦を経験したことのないシェイラだったが、王都士官学校の戦術学教室で天才と呼ばれた才能が彼女にはあった。団長の死を嘆いて動揺する団員達を鼓舞し、兵団の再編成を行ってロンデナート家に応援を求めた。

「知らせを受けたシェイラ様はすぐにロンデナート家に赤鳩を送って、同時に兵団をアバド山に移動させて山砦に本拠地を築いたの」

アバド山は北の辺境地で最も過酷な山だ。
険しい崖谷が多く、元来人が住めるような環境ではない。しかし、帝国側から王都へ向かう経路のひとつであることから、ロンデナート家が小さな山砦を置いて地元の民に管理を任せていた。
アバド山には住み着いている魔物も多く、縄張りを知らない人間が足を踏み入れると恐ろしい目に遭う。
敵がいずれ山越えをしてくることを見越して、彼女は地理的に有利なこの山を選んだ。


「シェイラ様が団長になったのと同時に、父は護衛に選ばれたわ」

険しい表情のまま、アマーリエは続ける。

フラビオはアマーリエと同様に身体強化を得意しており、接近戦に強かった。
短期間で団内で頭角を現していたが、まだまだ部隊長といえる程度だった彼が団長の護衛に選ばれた事は異例の抜擢といえた。
開戦時にアルトワ家当主が奇襲を受けたことから、シェイラは間諜を警戒していたこともあり、幼い頃から面識があり信頼できるフラビオが選ばれたのだ。

フラビオは激戦の中でも、己を盾にして与えられた任務を成し遂げた。
終戦の頃にはシェイラの右腕ともいえる存在になっており、戦後に兵団が解散されて騎士団に再編成された時に、騎士爵を叙爵した。


「辺境騎士団が設立された時には、もうシェイラ様は退団してロンデナートに嫁がれていたわ。とは言っても、第二夫人だから結婚式もろくにされない扱いだったみたいだけどね…」

一方、リリーアとエルヴァインの結婚式は盛大に行われた。
結婚を機に国交を正常化するという戦後外交の意味合いが強かったが、帝国からの莫大な持参金を費やした結婚式は、稀にみる規模の華やかさだったという。

「私の父と、シェイラ様の繋がりはそこまで。ロンデナートに嫁いでからのシェイラ様のことは、出産されたことくらいしか知らなかったわ。…お亡くなりになるまでは」

そう言うとアマーリエは一度言葉を切り、ソフィアに向き直った。









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