上 下
4 / 60
一章 旅路

セオドアとジェイデンの出会い②

しおりを挟む


「すげーな、このお屋敷」


普段は近づいたこともない領主の屋敷の門の前で、セオドアは門番がわりの狼のゴーレムを見上げる。

柵越しの庭園は美しく整えられている。視界の端で、手入れをする庭師が薔薇を抱えていた。働く彼らを眺めていたところに、真上から声がかかる。

『何用だ』

門柱の上で突然動いたゴーレムに内心焦りながら、セオドアは父親である代官の印蝋の押してある手紙を掲げる。

「代官から、お前のご主人様への手紙を預かってきた。通せ」

門を守るように、両側の門柱に立っていたゴーレムが手紙の印蝋を確認し、門扉が人ひとり通れる程度開いた。
セオドアが通ると、すぐに門は閉じられた。
ゴーレムも、すぐに物言わぬ石の狼へと戻る。


来客が珍しいのか、遠目から庭師が不躾な視線を遣すのを不思議に思いながら、セオドアは邸へ足を向ける。
屋敷中に植えられている薔薇がちょうど季節を迎え、周囲に芳しい芳香を漂わせている。
普段は花に興味などないセオドアだが、門から延びる薔薇の生垣が見事で、美しい薔薇に思わず見入ってしまった。
近づいて、大輪の花弁についている朝露をぬぐう。

冷たい雫が心地よく指先を滑った。



「それはリューリーンという種だ。美しいだろう」


突然聞こえた声に、驚いて顔を上げる。

薔薇の生垣の後ろ。柔らかい芝生の上に子供が座ってこちらを見ていた。

(誰だ?気づかなかった)

セオドアは、声をかけられるまで自分がこの子供の気配に気づかなかったことに驚いた。
新米騎士とはいえ、予備学校を主席で卒業し、入団試験に受かった実力は伊達ではない。
趣味が森での魔物狩り、というセオドアは気配には人一倍敏感だと自負していた。


しかし。


(自信無くすな…なんだこの子供は)

この屋敷にいる子供だ。
よく考えれば、領主の息子以外にはあり得ないだろう。



(女の子?いや、男か…?)

子供は美しかった。
肩まである柔らかそうな金髪は、緩く巻いた毛先が子作りな顔を縁取っている。肌は白く滑らかそうで、薔薇色の頬は触れると柔らかそうだ。

(綺麗な子だけど…この子が本当に領主の息子か?)

子供が着ているのは、辺境でも貧しい村の子供たちが着ているような麻でできた簡素な貫頭衣だった。清潔に整えられてはいるが、およそ貴族の子弟が着るような服ではない。

セオドアが今着ている服でさえ、森に探索に入るつもりでいつもより頑丈な装備だが、この子供の服よりはよほど上質で、貴族として恥ずかしくない品だった。

つい訝しげな視線を送るセオドアに、子供は笑いながら近づいてきた。
立ち上がった子供は、思ったより背が高い。
そして、足音を立てない歩き方にセオドアは目を見張った。


「俺に用なんだろう。俺がジェイデン・ロンデナートだ。ゴーレムの声を聞いた。代官からの手紙をよこせ」

みすぼらしいなりだか、身のこなしは優雅だ。真っ直ぐにこちらを見つめてくる瞳は碧い。
セオドアはつい、手に持っていた手紙を素直に子供に渡してしまった。

(何してんだ、俺。こんな怪しい子供の言うこと聞いて)

はーっ、と深いため息が出る。
セオドアが我に返った時には、子供はもう手紙を開封していた。

予備学校への入学届けともに、代官であるテオドールからの手紙が同封されており、それを真剣に読んでいる。

必死に手紙を読む姿は、年相応に子供らしく。


(ちょっと可愛い…とか思ってねぇからな)


その姿を見下ろしながら、セオドアはまたひとつ、溜息をついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

死に戻り悪役令息が老騎士に求婚したら

深凪雪花
BL
 身に覚えのない理由で王太子から婚約破棄された挙げ句、地方に飛ばされたと思ったらその二年後、代理領主の悪事の責任を押し付けられて処刑された、公爵令息ジュード。死の間際に思った『人生をやり直したい』という願いが天に通じたのか、気付いたら十年前に死に戻りしていた。  今度はもう処刑ルートなんてごめんだと、一目惚れしてきた王太子とは婚約せず、たまたま近くにいた老騎士ローワンに求婚する。すると、話を知った実父は激怒して、ジュードを家から追い出す。  自由の身になったものの、どう生きていこうか途方に暮れていたら、ローワンと再会して一緒に暮らすことに。  年の差カップルのほのぼのファンタジーBL(多分)

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

なぜか第三王子と結婚することになりました

鳳来 悠
BL
第三王子が婚約破棄したらしい。そしておれに急に婚約話がやってきた。……そこまではいい。しかし何でその相手が王子なの!?会ったことなんて数えるほどしか───って、え、おれもよく知ってるやつ?身分偽ってたぁ!? こうして結婚せざるを得ない状況になりました…………。 金髪碧眼王子様×黒髪無自覚美人です ハッピーエンドにするつもり 長編とありますが、あまり長くはならないようにする予定です

悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。 俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。 舞台は、魔法学園。 悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。 なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…? ※旧タイトル『愛と死ね』

【BL】水属性しか持たない俺を手放した王国のその後。

梅花
BL
水属性しか持たない俺が砂漠の異世界にトリップしたら、王子に溺愛されたけれどそれは水属性だからですか?のスピンオフ。 読む際はそちらから先にどうぞ! 水の都でテトが居なくなった後の話。 使い勝手の良かった王子という認識しかなかった第4王子のザマァ。 本編が執筆中のため、進み具合を合わせてのゆっくり発行になります。

人違いの婚約破棄って・・バカなのか?

相沢京
BL
婚約披露パーティーで始まった婚約破棄。だけど、相手が違うことに気付いていない。 ドヤ顔で叫んでるのは第一王子そして隣にいるのは男爵令嬢。 婚約破棄されているのはオレの姉で公爵令嬢だ。 そしてオレは、王子の正真正銘の婚約者だったりするのだが・・ 何で姉上が婚約破棄されてんだ? あ、ヤバい!姉上がキレそうだ・・ 鬼姫と呼ばれている姉上にケンカを売るなんて正気の沙汰だとは思えない。 ある意味、尊敬するよ王子・・ その後、ひと悶着あって陛下が来られたのはいいんだけど・・ 「えっ!何それ・・・話が違うっ!」 災難はオレに降りかかってくるのだった・・・ ***************************** 誤字報告ありがとうございます。 BL要素は少なめです。最初は全然ないです。それでもよろしかったらどうぞお楽しみください。(^^♪ ***************************** ただ今、番外編進行中です。幸せだった二人の間に親善大使でやってきた王女が・・・ 番外編、完結しました。 只今、アリアの観察日記を更新中。アリアのアランの溺愛ぶりが・・ 番外編2、隣国のクソ公爵が子供たちを巻き込んでクーデターをもくろみます。 **************************** 第8回BL大賞で、奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様ありがとうございました(≧▽≦)

【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

処理中です...