上 下
68 / 71
番外編 2

4、夜のひととき 4

しおりを挟む

「ここって……うちの会社のホテルじゃない」
「ああ、近かったから。それに、ここの方が関係者を装えていいかと思って。……それとも、ラブホとかの方がよかった?」

 ミナの顔がカッと赤くなる。

「こ、ここでいいわよ。しばらく身を隠すだけだし」
「ふふ。そうだね。あ……そういえばアトリエってあったよね。このホテルにもあるの?」

「……ここにしかないわよ」
「そうなんだ。じゃあ、案内してよ。見てみたい」

「プライベートでは人を入れたくないけど……ユウキならいいわ。来て」

 二人は屋上へ向かった。

 屋上に着いて、プールにかけられている橋を渡る。通り雨だったのか、雨はもうすでに止んでいる。

 ぽつんと立っているコテージへ入れば、裕紀が感嘆の声をあげた。

「凄いね……」
「でしょ。ここ、実は建築士に頼んで自分で建てたのよ。似たようなコテージがパリにもあるわ。まあメインは向こうだから、ここではあまり作業してないわね」
「へえ……そうなんだ」

 衣装部屋に入れば、今までミナがデザインしてきた服がズラリと並んでいた。裕紀は服に触れようとはせず、ただじっと眺めている。

 それから撮影スタジオを回って、デザイン画がもっとも多く飾られている広間に来た。机の上に画材が綺麗に並んでいるが、割と新品のものが多い。先程ミナが言った通りほとんど使っていないのだ。

「向こうにも同じように揃えてあるの?」
「ええ。向こうの方が色々揃ってるわ。こっちは気分転換とかでしか使わないから。まあ、これから日本でも仕事が増えたら、もっと使うようにはなるでしょうけど」

「そっか。なんか凄いね。……アトリエだけど、君の歴史博物館みたいだ」
「まあ、確かにそうね。でも……今思えば、あっと言う間だったわ……」

 そっと机に触れる。

「無我夢中だった。あなたという存在がいたから」

「ミナ……」
「何……んっ」

 裕紀の方を振り向いたら唇が重なった。ただ触れるキスではない。裕紀の唇が貪欲にミナを求めてくる。なんだか裕紀に食べられてしまいそうなのだ。

 こ、こんなキス、知らない……。

 怖い。でも、気持ちがいい。徐々に体が火照ってきて、なんだかいやらしい気分にもなってくる。股がなんだか濡れている気がする。支えるように腰に回された裕紀の手も熱くて、唇からこぼれる吐息も熱くて、ありえないくらいに胸がドキドキする。

「ミナ……」
「ユ、ウキ……」

 そっと裕紀の手がお腹から、胸の膨らみに移動してゆく。熱が胸に迫ってくる、それだけでびくっと体が反応した。それを知られたくなくて、思わずぐっと両手で裕紀の胸を押し返す。

「やぁっ……! な、なんてところを触るのよ!」

 裕紀は目を瞬かせて、この状況に戸惑いを隠せないでいる。一体何に戸惑っているのかミナにはわからなかったが、裕紀は何かを考えている。

「え……? いや……ごめん。……え、あの、ミナって……もしかして、処ッブ!?」

 気づけばミナは思いっきり拳で殴っていた。裕紀は後ろによろける。

 あ、殴っちゃった。しかも強く。それに処女だって知られてしまったわ。引かれるかも……。こうなるんだったらもっと早く……。

 そう考えてやめた。だって今まで守り抜いてきた理由はただ一つ。

 ミナはなぜか堂々として、言い放つ。

「いいでしょ、別に。私の体は綺麗なのよ」

「ててて……え、うん、それは別にいいけど。でも、だからといって殴らなくてもいいんじゃない?」
「だ、だってユウキが声に出して言うからでしょ!!」

 真っ赤になったミナを、裕紀はゆっくりと抱きしめる。優しくそっと。

 この抱きしめ方……わ、悪くないわ。だからか、心臓がうるさいわね。

「あはは。嬉しいよ。だって俺のために取っておいてくれたって事なんでしょ?」
「ち、違っ」

「違うの? へぇ、じゃあどうして? 言い寄って来る男なんて沢山いただろう? それに、ミナの事だから誰でも良いわけ、ないでしょ?」
「そ、そんなのあなた以上にいい人なんて見つからないし。そ、その気にならなかっただけよ。あなたにしか体を許したくなかったなんて、絶対に言わないわよ!」

 言って、ハッとする。

 何か口走ったかも。

「ふぅ~ん、そっか」

 嬉しそうな裕紀の声が、耳にかかる。その吐息にゾクゾクしてしまう。

「ここ汚しちゃ悪いし、ホテルに戻ろうか」

 耳に口づけをされて、腰が砕けてしまいそうだった。
しおりを挟む

処理中です...