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29、珍事件にする

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「うっそ、マジか! 開いてねえじゃん!!」

 扉の向こう側で誰かの文句が聞こえた。

 ああ、早く退出しないと……!

 ゆっくりと体を離して、敦美は下着とストッキングを履いた。股が想像以上に愛液で濡れているのに気がついて、後でトイレに行こうと思った。

「一緒に出た所を誰かに見られたら怪しまれるから、時差で出よう。俺が先に出るから、敦美はしばらくどこかに隠れてて」
「分かりました」

 そう言ってすぐに扉の方へ行くのかと思いきや、敦美が隠れるのを待ってくれている。敦美はキョロキョロと辺りを見渡し、何処か隠れられる場所を探す。すると隠れるのにちょうどいい段ボールの山を見つけた。

 段ボールを少しだけ動かし隙間を作る。そこに入り込んだ事を確認した智紀が扉を開けた。

「あ……やっと開いた」
「あれ、中村さん? どうして中にいたんすか?」

 どうやら先程ガタガタ扉を揺らしていたのは向井だったようだ。

「いやあ、書類探していたら扉が急に閉まって鍵かかっちゃってさ。俺マスターキー持ってたんだけど、この鍵でも開かなくて困ってたんだ」
「え? どうやって開けたんすか?」

「ガチャガチャやったら開いたから、本当に助かったよ……。にしてもここの鍵、壊れてるのかも」
「うわ、マジっすか。それは災難でしたね。社長か誰かに言ったら直してくれるんすかね?」

「ああ、多分ね。また俺から言っておくよ」
「ありがとうございます」

 智紀がどこかへ行き向井が入ってくる。向井が出て、私も上手くここから出ることができれば、変な噂は立たないだろう。

 それにしても智紀の嘘は凄かった。本当に閉じ込められていたような演技だったのだ。俳優になれるのでは、そんな事を考えながら向井の動向を段ボールの隙間から注視していた。

「えーっと……去年のやつは……」

 何かボソボソ言いながら向井が書類を探し始める。それから暫くしたら見つかったのか、資料を手に出口の方へ向かう。足音が徐々に遠のいていくのがわかり、息を潜めていた敦美は恐る恐る段ボールから顔をだした。よし、居ない。なんとか敦美も資料室から出ることが出来た。

 先ほどまでの興奮と、変な緊張感で一気に疲れがきた敦美は仕事をする気になかなかなれなかった。だからメールに新着マークが着いていたので、メールの確認をする事にした。

「あ、ミナさんからのメールだ……」

 送り主の名前を確認した時に、ドクンと胸が嫌な音を立てた。少しだけ指が震えて、メールを開くのに四回以上もクリックしてしまった。

 開くのに嫌に時間がかかる。心臓はバクバク動き、密室にいたときよりも緊張してきた。パッと画面が切り替わって、敦美は画面上に現れた文字を目で追った。

「明日、迎えに行くから逃げない事ね」

 メールには、たった一文だけが書かれていた。
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