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22、コンセプト

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 会社に戻ってきた敦美。今回の案件は自身の仕事の域を出ているため、マーケティング部や企画部の人とチームを組み制作することとなった。

 資料作成を終えて、翌日。打ち合わせ会議に出席していた。

「ミナさんのブランドであるVenusヴィーナスの新作ファッションの宣伝ですが、彼女の一番の目的は知名度の向上。彼女はもっと多くの人にこの服を手に取ってもらいたい、と言っていました。それに日本に支店を出すそうで、それに合わせる形でCMや雑誌を使って知らせたいとのことです」

 資料を見ながら説明する。

「今回のテーマは『宝石』だそうです。それ故にデザインは色とりどりの宝石をイメージされています。デザインもそうですが、この服のこだわりは着心地感です。肌触りが滑らかでよく、かつ肌に優しいというのに拘り、服の生地にシルクを採用しています」

 絹は十八種類のアミノ酸で構成されている天然繊維。それは人間の肌の成分と似ていることから第二の肌と言われている。

 しかし絹は紫外線で変色してしまうし、シミが出来やすい。とても繊細な生地であるがゆえに手入れが大変だ。値段も高く手入れが大変な服は、余程でない限り何着も持てないだろう。

 敦美の説明にマーケティング部の小林友こばやしゆうが意見する。彼女とは話したことはないが、フレームなしのメガネが知的な雰囲気を醸し出していた。

「Venusを買う人の年齢層は三、四十代の海外セレブが多いですね。品質とデザインに拘ったブランドはその他多くありますが、Venusは特にデザインが個性的で他と一線を画したい方達に好まれる傾向が強いです」

「となると、多くの人に手を取ってもらうというのは少し厳しいでしょう」

 プランナーの橘百恵たちばなももえが腕を組む。すっきりとした髪の毛は彼女を活発な女性に見せる。多くの企画に携わる彼女の手腕は凄いともっぱらの噂だ。

「多くの人の手に取ってもらいたいということは一般向けということでしょう? 今回の新作はまあ、一般向けにデザインにされているみたいだけど……商品的にはどちらかといえば高級志向の人向けよね」

 敦美が撮った写真が資料に載せてある。その写真を見ながら橘は眉根を寄せた。

 Venusのブランドの全体のコンセプトは『美』。確かに美を追求している。

 まるでパリコレに出ているモデルが着ているようなデザインなのだ。自分はこのデザインの服を着こなせる自信はないが、確かにミナが着たら完璧な美としてサマになるだろうし、存分に自分を磨いたセレブ達にも同じことが言えるだろう。

「あの……若者向けよりも、顧客の年齢層はそのままでいいんじゃないでしょうか。ラグジュアリー感が服から漂っているので、それを着こなせる年齢はそのぐらいかなと考えます。まあでも、20代でも少しだけの背伸び感をだすっていうのもありと思いますが」

 そう言いながら、敦美は服って何だろう、と不意に思う。

「『宝石』というテーマなんですけど、それをちょっとした贅沢とかご褒美というコンセプトで、宣伝していくのはどうでしょうか。例えば、記念日にプレゼントでアクセサリーを貰ったりしますよね。そういう感じです」

 ミナは着る人のことを考え形や素材に拘ってこの服を作っている。その拘りが着る人を美しくさせる。つまり。

「特別な日でも、そうでない日でも、たった一日だけでもいい。自身を着飾ってどこかへ出かけたりすることで日々の忙しい日常を忘れられる、癒されることでまた毎日を頑張れる、服をそんなプチ贅沢を味わうための手段であってもいいのかなと思います」

 敦美は思い出す。智紀とショッピングモールで服や靴を買ってもらった時のことを。

「特別だと思える服を着るとき、その服で自分に自信が持てるようになるんです。だから、その服が肌に優しく自分をより美しくしてくれるのなら、それを着て、誰かに会ったりどこかへ行くことをとても楽しくしてくれると思います。そういう服として、私は多くの人にVenusの服を着てほしいと思いました」

 すると皆写真を見つめる。

「ファッションにかける金額が月額五千円未満が約五割。五千円以上一万円未満が約三割、一万円以上二万円未満が一割強。残りがそれ以上になります。つまり大半が服にお金をかけないというデータがあります。Venusの服の値段は安くて五万円。贅沢といえばそうなりますね。特別感を演出していくのはいいと思います。それに、三十代が一年あたりに服にかける金額が一番高いのも現状ですから、そこをターゲットとして狙うのはいいかもしれませんね」

 小林はくいっと眼鏡を押し上げる。

「働く女性が多い中で特に身だしなみには気を使うでしょうね。服はその人の個性を表すものですから、人からどう見られるのかを考えたときに最も重要な素材であることは間違いないわ。……だからまあ、そうね。少しの贅沢とか、大人時間とか、そういったコンセプトでいくのはいいかもしれないわね。……で、どう思いますか、中村さん」と橘。

「うん。この商品の特徴的にはその方向性が一番いいのかもしれないね」

 ずっと黙って聞いていた智紀が口を開く。敦美の考えていたコンセプトでオッケーが出たのは嬉しい。

「分かりました。ではその方向性で行きましょう。CM作成とファッション雑誌の掲載、街頭ポスターを大々的に。同時にVenusのInstagramやTwitter等のSNSにも掲載していきましょう。あ、そう。InstagramerのNANAEさんにこの服をお送りして、着てもらいましょう。彼女は一般人だけど何十万というフォロワーがいるわ。モデルじゃない彼女が着こなせれば、より多くの人の手に渡りやすくなるでしょう。じゃあ、デザインは須藤さんメインでお願いしますね」

 橘はてきぱきと指示を出していく。

「はい」

 この服は誰もが目を惹くデザインだ。このデザイン、そして服を多くの人に届けたい。敦美は婚約者問題などすっかり忘れて仕事に精を出していた。
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