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32、祝賀会

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 白を基調とした内装。

 広間の天井が高く、シャンデリアが輝く。床は大理石で端麗な幾何学模様が入っており、まるで絨毯が敷かれているようだ。

 豪華な装飾が窓や柱を彩り、高級感を演出している。照明が雰囲気を作り出し、まるでどこかの宮殿にいるのではないかと錯覚する。

 そして、窓の外は海。

 そう、ここは城之崎グループの所有する豪華客船だ。そこに敦美は招待されていた。

「本日は私のブランドVenusの祝賀会にお越しいただきありがとうございます。ここにお集まり頂いた皆様のお陰で、私の服たちを世界中に届けることができています。皆様に出会え、ともに仕事ができていること、とても光栄に思います」

 ミナは壇上でスポットライトを浴びてスラスラと謝辞を述べている。堂々としている姿はアパレルブランドの社長であることを再認識させた。

 本当に住む世界の違う人なんだな、と思いながら敦美は視線をテーブルに向けた。豪華絢爛な食事がバイキング形式となって置かれている。

 お腹すいた……。

「どうぞ」

 ボーイが飲み物をお盆から取るように促す。シャンパンだろうか、細めのワイングラスに注がれているそれは、シュワシュワと泡が立っている。

「ありがとうございます」

「……ま、こんな堅苦しいお話はなしにして。みなさん、お飲み物は手に行き渡りました?」

 横にいるボーイたちに視線を送る。全て行き渡っていることを確認したミナが、自ら乾杯の音頭を取った。

「皆様、今宵は食べて飲んで、楽しんでいってくださいね。では、乾杯」

 ゆったりとした音楽が流れ出す。敦美はとりあえず食べ物の場所へ移動しようとするが「ハイ」と誰かに声を掛けられてしまった。

「初めまして。僕はモデルのカーリー・ウィルヴィリオン」

 す、と名刺を渡される。モデルでも名刺って持ち歩いているんだ、そんな事を考えながら敦美はカーリーを見た。愛嬌のある笑みはどことなく甘い。すらりと伸びた手脚は長く、高級スーツに身を包んだ姿はまるで実業家のようだ。

「君の事はミナから聞いてるよ。Venusの宣伝を担当したんだって? 今日本ではかなり話題になっているみたいだね。海外にも宣伝はしないのかな? まあ、そんなことは僕が口を挟むことじゃないけど……。それよりも、是非今度君と一緒に仕事がしてみたい」

 にこっとさわやかに笑ったその笑みが極上過ぎる。

「あ、ありがとうございます……」

 すると次から次へと人が集まってきた。

「やあ、初めまして。俺は白林啓はくりんけい。カメラマンをしてる。君の宣伝、見たよ。あのカメラマンも相当腕がいいけど、俺も負けてないから。今度何かあったら連絡してね」

「須藤敦美さん。初めまして、ルイ・デリス・チェンバーよ。私、画家をしているのだけれど、今度個展を開くの。是非あなたに宣伝していただきたいわ」

 年齢は様々だが、他人に負けず劣らず自身をぴっちりと整えていたり着飾ったりしている。

 TPOを考えたらそうなのかもしれないが、彼らの熱意が服装や姿勢からひしひしと伝わってくる。招待されてあわあわしている敦美とは全く違うのだ。

「ど、どうも、ありがとうございます」 

 恐らく彼らはただミナの祝賀会に来ているだけではないのだ。野心家たちがそれぞれに自分をアピールし、そして他の会社との関係を築く。そして仕事を生み出す。ここはまさに祝賀会という名の戦場なのだ。

 どこでいい出会いがあるのかはわからない。常にアンテナを張り巡らせておかなければ気づけないかもしれない。それは仕事においても恋愛においてもだ。

 よくよく見ればミナもいろんな人に話しかけている。そうやっていかなければこの世界では生き残れないのかもしれない。

 そんな事を思ったが疲労感が半端ない。この会が始まって数分しか経っていないのに、敦美は既に帰りたくなった。

「つ、疲れた……」
 
 疲労感がありすぎて食欲が急激になくなった敦美は、とにかく人のいないところを探す。

 あ、あそことかいいかも……。

 扉を開けてデッキへと逃げる。ひゅうっと生暖かい風がドレスの裾をさらった。港からあまり離れていない豪華客船からは港の美しい夜景が一望できる。

「わあ……きれい」

 するとそこには手すりに寄りかかるように、ワイン片手に夜景を見ている先客がいた。敦美の呟きが聞こえたのか、こちらを振り向く。

 え?

 外は真っ暗だが、広間からの明かりを頼りに見る。多少見えずらさはあるものの、それでもはっきりと誰か分かった。

 毎日見ていても見飽きない顔。やや垂れ気味の瞳に筋の通った高い鼻。髪の毛は少し撫で付けられていて、いつもと印象が違う。明るいブラウンスーツの胸ポケットには桃色の花が顔を出していた。

 敦美は思わず名前を口にする。

「と、智紀さん……?」

 しかし、智紀の口から出た言葉に耳を疑った。

「君、誰?」

「え? だ、誰って……須藤敦美です……。もしかして、私の事が、分からないんですか?」

 一体何を言っているの、という顔をしている。まさか、記憶喪失? え、嘘でしょ?

「……何か勘違いしてるみたいだけど、俺、智紀じゃなくて、裕紀ゆうきだから」
「え? どういう……こと?」

「智紀は俺の兄貴だよ」
「え……?」

 兄貴??

「……そういえば、弟がいるって言っていた気がする」

 敦美は上から下までジロジロ眺めた。彼は智紀に瓜二つ。違うと言われても似過ぎて違いが分からない。こんなにも似ている兄弟といえば。

「ま、まさか……」

 裕紀は驚愕している敦美に向かって、ニヒルな笑みを向けた。

「そう。俺と智紀は双子だよ」
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