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13、想い

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 目が覚めたら、ソファーの上で横たわっていた。

「目、覚めた?」

 智紀が何故か団扇うちわで扇いでくれている。

「え……?」
「大丈夫……?」

「……はい」
「ほら、お水。飲む?」

 そう言って手渡された水を飲もうと体を起こす。少しだけ、ふらついた。

「おっと、大丈夫?」
「……あ、はい……大丈夫です。ありがとうございます」

 ゆっくりとソファーに体を預け、水を飲む。ひんやりとした水が、喉を潤してくれて、とても気持ちよかった。ローテーブルにコップを置く。

 扇いでくれてるその風が柔らかくて涼しい。

「えっと……どうして、私は、横になっていたんですかね……? 確か……お風呂に入ってましたよね?」
逆上のぼせたんだよ……。お風呂場でセックスしちゃったから……ごめん」

 智紀の口からセックスの言葉を聞いて、ぼん、と頬が赤くなった。実際にした時のことを思い出してしまって、折角体の熱が冷めてきたというのに、再び熱くなりそうだ。

「そ、そうだったんですか! いや、あの、謝らないでください……!! 逆上せちゃった私も私ですから……。それで、あの……すごく……気持ちよかったですから、謝らないでください!」

 ちょっと言っていることが支離滅裂過ぎて、自分でも訳がわからない。けれど浴室でセックスをして逆上せてしまったということが恥ずかしくて、バッと顔を両手で隠す。

 すると、智紀にふんわりと顔を隠す手を退けられた。智紀の幸せそうな顔が見える。

「俺も……すごく気持ちよかったから、よかった。……敦美が逆上せちゃったけど」

 唇が重なる。優しく、そして労わる様なキスだった。唇は触れては離れ、触れては離れ、お互いの存在を確認するように繰り返される。

 敦美は、唇から智紀の瞳へと視線を移動させた。

「智紀さん……」
「ん?」

 智紀の瞳を見つめたら、何故か、言葉が溢れ出す。でもそれは感情任せの意味のない言葉ではない。敦美が、智紀に対して、そして、自分自身に対して想っている気持ち。

「……私、智紀さんのこと、好きです。とても……」
「うん。俺も、敦美のことが好きだよ」

「向井さんに智紀さんには婚約者がいるって言われただけで、智紀さんに確認せずに勝手に不安になって……。私、自分が嫌になります……」
「どうして? 婚約者がいるかもしれないって思ったら、誰だって不安になるよ」

「そうかもしれませんけど……。でも、そんなの、智紀さんを信じてないことになるじゃないですか。だから、そんなことで不安にならないような、強い人になりたいんです」

「ふふふ」
「な、なんで笑うんですか?」

「いや、可愛いなって思って」
「も~! 私、真剣なんですよ!」

「うん」
「すごく些細な事ですけど、こういう事が重なったりして、智紀さんとの仲が悪くなったり気まずくなったりしたくないんです。それに、智紀さんを不安な気持ちにさせたくないし、悲しませたくないし。……私も智紀さんのこと、大事にしたいんです」

 だんだんと俯く敦美の顔を智紀が覗き込もうとする。

「ありがとう。じゃあさ、これからは思ってることとか、気になること、不安な事はお互いに黙ってなくて言うことにしよう? そうしたら、悩みとか不安とかも解消されるし、変な勘違いとかもなくなるだろうからさ」
「はい」

 こくりと頷いたら、智紀にぎゅ、と抱き寄せられた。

 智紀さんの腕の中、安心できて気持ちいい。

 この温もりを、彼からの気持ちを、大切にしたい。彼が私のことをとても大切にしてくれているように、私も彼を大切にするのだ。

 何があっても、彼を信じよう。

 敦美はそんな想いを胸に抱いた。
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