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9、不安の種

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「あれ、向井さん……買い物ですか?」
「ん、そうそう。ここの文房具かなりいいの揃ってるから。須藤は? 買い物?」

 向井は身長が高くてほっそりとしたモデルのようなスタイルをしている。短い短髪も彼の快活さを表していて、智紀と同じぐらい社内では人気があるイケメンだ。

「はい。そうです。奇遇ですね」
「そうだな……て、お、その靴いいね。須藤が履いてるの見たことない靴だけど……もしかして買ってもらったの?」

「え、なんでわかるんですか!」
「そりゃ、男の勘? てことは、彼氏か? おいおい、ニヤけちゃうねえ」

 若干お調子者だが、ノリがよく場を盛り上げてくれようとするいい人なのだ。

 敦美は智紀に靴を買ってもらった時のことを思い出して、一気に顔が赤くなった。

「お、正解だな。彼氏か~。あの長く付き合っている人?」
「いや、その人とは別れて、今は別の人と付き合ってるんです」

「マジ!? 別れたの!? でもって別の彼氏いんの!? 早くね!? やるねえ、須藤!!」
「いや、たまたまですよ」

「へえ、そかそか! いいねえ」
「向井さんも彼女さんいるでしょ」

「あー……。最近上手くいってなくてさ……。ま、その話は置いといて。須藤幸せそうだな。いいな~」
「はい。今すごく幸せです」
「こいつ、のろけかっ!」

 こつん、と軽く頭を小突かれる。

「もう、照れるんでやめて下さいって。……て、私、そろそろ行かなきゃ」
「そうだな、トイレから出てきたってことは、彼氏待たせてるもんな」

 ふいっと前を見れば、先ほどの店の袋を下げて智紀が壁に寄りかかってスマホを見ていた。壁に寄りかかる姿でも、絵になるのはイケメンの凄いところだ。

「あれ? 中村さんもいる。今日は会社の人に会う日だな……」
「実は……彼氏、なんですよ」

「って、え!? 中村さんなの!? マジ!?」
「大マジですよ」

 向井は驚きすぎて開いた口が閉まらない状態になっている。

「……確かにあの人はいい人だ。でも、うーん……あの人はやめといた方がいいんじゃない?」
「え? どうしてですか」
「え、知らないの?」

 首を横に振る敦美に、向井は耳打ちした。

「中村さんって、確か婚約者いるって噂だぞ?」
「え?」

 婚約者?

「いや、まあ、噂だから本当かどうかはちょっと知らないけど。デート、邪魔して悪いね。じゃ、楽しんで」
「は、はあ……」

 そんなこと言われて楽しめるかい!!

 向井は明るくていい人なのだが、若干空気が読めない時がある。まさに今がそうだった。

 デート中にそんな事を知りたくなかったが、知ってしまったからには仕方ない。初めのうちに知れたことは自分にとってはいいことだったのかもしれないが……。

 それに本当に婚約者がいるのかどうかわからない噂に左右されるのもどうかと思うが、それでも不安ではないというのは嘘になる。

 そもそも智紀に婚約者がいるとすれば、こんな風に付き合ったりしないだろう。真面目で優しい彼の事だ、婚約者がいればそちらを優先するに違いない。

 つまり、彼女という立場の人間がいると言うことは、婚約者はただの噂にすぎない。そう思いたいが、やはり気になる。

 ここはきちんと確かめるしかないわよね。でも、一体どうやって……?
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