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守護精編

10(都市長会議)

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 会議室の中がしんと鎮まりかえる。

 この決断は非常に重たい決断であり、一歩間違えれば自分たちは闇に負けてしまう可能性は否めない。

 そうならないためにも、最善策は一体何なのかをみな神妙な顔つきで考える。

「その一時的に光の加護の薄まる期間はおおよそどれぐらいなんですか?」とフレデリックがウォルティオに問う。 

「一時的といっても最低でも三年はかかると申し上げる。長ければもう少しかかると存じ上げる。だが、各守護精の力の消耗後の回復速度は一定ではなく、そして守護精によっても違うため、少しづつの回復は見られるのではないかと存じ上げる。絶対三年で光の加護が回復するとは申し上げることは出来ないが、目安としてはそのぐらいかかると私は存じ上げる」

「三年か……」とそれぞれが呟く。

「……その三年を長いと取るか短いと取るかは各自の自由だが、闇の猛威はここ最近大いに振るわれ、一年も経たずしてこれほどまで甚大な被害をもたらしていることは動かしえない事実だ。その三年間という空白に我々が耐えうることが出来るのか、ということは不安要素ではある」

 ガレッドが小さくため息を吐いた。

「確かに光の加護が薄まってしまうのはかなり危険な状況であると考えるねえ、私は。だから、あまり賛成はしたくないねえ。光の加護が少なくなるということは、世界全体のスカルが圧倒的に増えると考えていいと思うんだよね。だから以前より聖域も闇に堕とされやすくなるってウォルティオさんが言っていたことに付け加えるんだけど、もしかしたら地下都市のように都市が闇堕ちする可能性も出てくるわけで。今はまだ光の加護があるから完全に闇堕ちして回復不能のところは地下都市しかないけれど、今後はそれが増えるかもしれないからねえ。だから、いくら精霊が進化して戦力になったとしても、土台となる光の加護が薄まってしまうのであれば、私はやめておいた方が得策なんじゃないかなぁと思うなあ」

 ジェイソンの意見に、モリスが「不安材料ばかりを語っていては前へは進みませんな」と咳払いする。

「まあ、研究も同じですな。何事も初めは不安はつきもので、自分たちの考えた理論上では成功するはずだったことも、失敗に終わることだって普通にありますからな。まあ、やったことのないことをするのですから、それは失敗して当たり前でしょう」

「精霊の進化が失敗してもいいっていうのかよ、あ? この世界が闇に堕ちる可能性だってあるんだぞ?」とバートルが睨み付ける。

「別に進化が失敗してもいいとは言ってはいないのですよ。そもそも失敗してもそれは致し方ない事だって言ってるんです。したことの無いことをさせて失敗するな、ということは無理な話ですからね。ですが、この世界には奇跡という言葉がふさわしい事だって起きますから。一体全体どうなって成功したのか理論上では説明できないことだってあるのです。確率的には低いですけれどね」

「だから何がいいてーんだよ」とバートルが突っ込む。

「人の話は最後まで聞くものです。まあ、ほぼほぼ我々の研究はたゆまぬ努力と、諦めない根性、そして数え切れない失敗の上に、絶妙なバランスで成功が成り立っております。つまり、成功とは本来そういうものであり、一度の失敗に怯えるのではなく、将来を見つめ、精霊たちが成功するまでこちらがサポートをすればよいわけです。研究とは何年も長い期間をかけて行うものですから、たかだか三年で怖気づいていてはその先の未来など見えないでしょうな」

 鼻で笑ったモリスはさらに続ける。

「まあ、その精霊の進化の失敗でどこかが闇堕ちして、スカルが蛆虫うじむしのように発生したとしても、絶望的かもしれませんが、そこから対策を練っても遅くは無いでしょう。我々の騎士の人数は確かに減ってはいるものの、実力のある騎士は上官含めまだまだ多いでしょうから。もちろん我々も擬似的な光増加装置を研究中でありますから、それが出来上がり次第実行に移そうと考えておりますので、精霊たちの負担軽減、そして世界の光の加護の増強も夢ではないでしょう」

 都市長会議で発言したことの無い研究内容に都市長たちは驚く。

 エクサイトもそうだったが、北の研究は想像を超える研究が多くされている。

 けれどそれはたくさんの知恵を出し合い考案されたものの中から選びぬかれたものであり、そして研究内容を現実にするために失敗を繰り返して出来上がったものなのだ。

 都市長たちは気づく。

 自分たちがどれだけ現状しか見ていないのか。

 確かに現状を見ることは重要だ。

 でもそれだけではいけないのだ。

 今だけを見るのではなく、長い目で見て考えなければこの精霊からの案を採用した場合、上手く軌道に乗せることなどできないだろう。

 それは『今』や『自分たち』だけを考えるのでなく『未来』も『精霊たち』も考えてゆく必要があるからだ。

「モリスよ、それはいつごろ完成する予定か?」とエドモンドが関心を示す。

「まだ未定ですな。研究施設の修復作業が終わってからの研究再開になりますからな。ですから、何かが起きる前、起きる前に対策するのはいいことですが、起きてから学んでも遅くはないでしょう。まだ未来のことなんて誰も想像もできませんし、失敗して死ぬわけでもないですから。まあ、死ぬ確率は高いかもしれませんけどね。ま、要はリスクなしでは成功は望めませんということです」

 挫折をものともしない北都市の研究所のメンバーの不屈の精神力は学ぶべきところだろう。

 そしてモリスはこの場にいる誰よりも策を多く考えている。

 それはいかにして闇と戦うかを常に考えていなければできないことだ。

 先を見通してのモリスの意見に都市長たちは感心した。

「珍しくいい意見を述べたな」とガレッドが驚く。

「たまにはいいでしょう」とモリスはニヒルに笑う。

 すると「私も北長の意見に賛同します」とダイナが発言する。

「闇は勢力を拡大してきてますから、保身ではおそらく何も解決しないでしょう。むしろこのままではこちらの戦力は闇に大幅に削られる可能性が高いです。ここは精霊の進化を信じ、賭けに出るべきだと私は思います。私たちは光と共にありますから、光が弱くなっているとき、私たちが支えるべきではないでしょうか」

 ダイナの意見に賛同するように、フレデリックが発言する。

「私も賛成です。今以上に苦しい戦いになるかもしれないことはみな承知の上です。でも私たち人間だけでは能力の限界がありますから、精霊たちの力を今まで以上に借りれることは、ありがたいことです。確かに三年は私の感覚では長いと思いますが、光の加護が薄まってしまうのであれば、もはや闇堕ちしないように守るしか選択肢はないでしょう。確かに騎士の全体的な人数が減っているとはいえ、より聖域を守るために全都市の隊を組みなおしたり配置を変えたりと、私たちにできることはまだ残されているはずです。私たちは精霊を進化させることはできないですから、人間と精霊はお互いできることをしていかないと、闇に対抗する手段は潰えてしまうと思います」

 それぞれが意見を言っている中で「俺は」とバートルが言葉を濁した。
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