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王都編

33(エドモンド・シリウス視点)

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 彼は偉大だった。

 亡くなってもなお、みなの心の中に居続ける。

 それがどれだけ凄いことか。

 誇り高く、気高い王。

 だが、彼を近くで見てきた私は、彼のような王になりたいとは思わない。


 ✯✯✯


 サラが部屋を出て行った後に、エドモンドは早急にシリウスを呼んだ。

 自身の息子であり、優秀な騎士だ。

 王族内では、彼はいずれ王になるであろうと、誠しなやかに噂されている。

「何でしょうか?」

「お前に極秘任務を」

「……極秘任務」

「そうだ」

 エドモンドは視線を書類から上げた。

「本来ならば、エスティレーナが外部へ逃走したため、掟に従えば、その娘であるサラは処刑だ。だが。サラは騎士であり、使える人間と私は判断する」

 グライデンは偉大な心優しき王だと評価するだろう。

 けれど私はそんな優しさなど必要ないと思っている。

 優しさとは何なのか。

 誰かを許すことではない。

 彼の行いは王という立場ではなく、父という立場を優先していただけである。

 王に優しさなど必要ないのである。

 すべてを束ねるためには、冷酷さが必要なのだ。

 規律は守るためにあり、破る者にはそれなりの刑罰を与えなければならないと思っている。

 全ての者が平等であり、差別的に誰かが優遇されるなどあってはならない。

 そこから不平不満が生まれるのだ。

「彼女は姉を探している。その姉もまさしく処刑対象であり、さらに、闇の者だとの報告を受けた。姉もウィンテールの血を継ぐ、王族だ。その者が闇に染まったとなれば、それは一大事。だからサラ自身は泳がしておく。最も消し去らねばならない姉――ルナを見つけるまで」

 意図することを理解したシリウスの表情が固まった。

 何か言いたそうに口を開くが、私は彼の言葉を潰す。

「いいか、サラの姉を見つけ次第、早急に殺せ」


 ✯✯✯


 シリウスはエドモンドの執務室から逃げるようにして退出した。

 廊下を歩く足取りが重たい。

 エドモンドは慈悲というものがない。

 それは一番自分が分かっている。

 利用できるものは利用し、利用価値のないものは切り捨てる。

 自分だってその中に入っていることは分かっている。

 シリウスはため息をこぼした。

「……ルナ」

 君は生きているのかい?

 それとも、君はただ、存在しているだけなのかい?

 闇に堕ちてしまったのかい?

 君が生きているのならば、とても嬉しいはずなのに。

 君が生きているのならば、君の元へ飛んで行きたいはずなのに。

 脳裏にはほほ笑むルナの表情。シリウスは手に視線を落とした。

 それなのに。

 どうして、こんなにも絶望的な気持ちにならないといけないんだ。

 運命を呪いたい。

 本当は、この手で守りたい。君が消えてしまわないように、守りたい。

 でも。

 君が闇に堕ちてしまったのなら、それが本当なら、この手で守ることはできない。

 君をこの手で――。

 シリウスはぐっと握りしめた。

「……」

 爪が食い込むほど強く握っている自分の手に、穏やかな日の光が降り注ぐ。

 シリウスは不意に窓の外を眺めた。

 そこには見慣れた王都の景色。

 ――ああ。きっと君がいなくても、何事もなかったように今と何ら変わらない穏やかな日常が訪れるのだろう。

 それが、今後もただただ続いてゆくだけだ。

「冗談キツイな……」

 深い深いため息をついた。
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