上 下
137 / 201
王都編

29(グライデン視点)

しおりを挟む

 見えるのは、過去のワンシーン。

 いきなり光脈が使えるようになったエスティレーナが初めて浄化へ行くときだった。

 私たちは飛空艇の中から、この世界を見下ろしていた。

『これが、私達王族が守るべき世界だ』

『世界……』

『そうだ。人々を襲う怪物を倒し、この光に満ち溢れた世界を守るんだ』

『怪物……?』

『怖いか?』

 じっと窓の外を見る少女の頭を撫でてやる。

 すると不意にこちらを見上げた。

『楽しみ!』

『楽しみ……』

 どこからそんな言葉が出てくるのか不思議だったが、『そうか』と小さく笑う。

 一番出来の悪い子だったから、一番かわいかったのかもしれない。

 これから世界へ飛び立つ彼女に、何か父として、次期王として、何か言葉をかけてやりたかった。

 そして、自分の娘の目標として、恥ずかしくないように生きねばならぬと、自分を戒める。

『エスティレーナ』

『なあに?』

『何があっても、自分を信じるんだ』

『うん』

 何か他の言葉をかけてやりたかったが、いい言葉が思い浮かばなかった。

 しかも彼女は私の言った言葉の意味をあまり理解していないようだった。

 まあ、そのうち理解するだろう。

 それでよい。

 少しづつ理解してゆけばよいのだ。

 だから、頭だけはしっかりと撫でてやった。

 この想いが伝わればいいと思って。

 会話という会話をしたのは、それが最後だったと思う。

 彼女は祈祷師として頭角を現し、私は次期王として忙しく、お互い言葉を交わす時間を設けることは中々できなかった。

 けれど、ある日私が執務室で書面と向かっている時に、いきなり入ってきた彼女が開口一番に言った言葉は今も忘れられない。

『私、王族をやめて結婚するわ』

『……お前は一体何を言っているんだ?』

『どこかへ身を隠すけれど、探さないでちょうだい。捜査なんてしていたら不穏な噂が立つでしょう? 王族が一般人と結婚しただなんて人々に知られたら大変だもの。それに光の加護が薄らいでしまうって思われてもいけないし』

『……諦めろ。お前の結婚相手は王族で、もう既にいる』

『いやよ! 私はもう決めたもの!』

『だめだ! お前は王族なんだぞ! 血から逃げるな!』

『いや! 私は誰に何を言われようと自分の道は自分で決めるの!!』

 そう言って、扉を開けて出て行ってしまった。

 王都を出て行く前に捕らえ、どこかへ監禁すればよかったのかもしれない。

 だが、そんな手荒な行為をしたとしても活発な彼女のことだ、恐らくこの手からすり抜けていってしまっただろう。

 それに怒り心頭だった私は、意地になって彼女を探そうとはしなかった。

 本当は心配だった。

 不安だったのだ。

 王族だから血から逃げるな、というのは建前で、目の届くところにいてほしかったのだ。

 でも、そんな言葉などかけられるはずも無く。

 私はゆっくりと目を開けた。

「彼女を、エスティレーナを殺したのは、私だ」

「……」

 サラは瞠目した。

 それでも、何も聞かずにただ耳を傾けている。

「規律に縛られている王族に、自由などない。王族をやめる決心をした彼女を説得はできず、姿を消した挙句、彼女は命を落してしまった。王都にいればまだ生きていたかもしれないのに」

「……」

「私は、我が娘を愛していたよ。心の底から」

 愛していた。

 だから、彼女がしばらく経ってから、変な誇りや意地なんて捨てて、彼女を探し出して王都へ引き戻すことも考えた。

 彼女の意思など関係ないと言い切って。

 王族という立場を利用し、そばに置かせることなど容易い。

 でも、それをしなかったのは、彼女の幸せは何か、とふと考えたからだ。

 自分の中でも葛藤した。

 おそらくこの道を選んだ彼女も、相当葛藤があったのかもしれない。

 だから。

 私は王としてではなく父として、彼女を尊重し、探すことをしなかった。

 もちろん捜索することで民に知られてしまうことを警戒したというのもあり、真実は自分の中だけに秘め、行方不明になったということで、王族だけが知るのみとした。

 彼女は知らない土地で苦労しただろう。

 悲しいことも多くあったはずだ。

 そんな中でも楽しいことはあったに違いない。

 そう思いたい。

 自分の選んだ道なのだから、自分を信じその道を全うして欲しかった。

 だがあの日蝕の日、プリートヴィーチェへ祈祷に行っていた祈祷師を護衛していた王族騎士が、亡くなったエスティレーナを発見したと報告を受けた。

 その時の衝撃は今でも覚えている。

 きっと忘れることなどないだろう。

「私は……これでよかったのか、ずっと……考えていた。彼女の思い通りに人生を歩ませた。だが、それで命を落した。逸れてしまった道を正すことなど方法はいくらでもあったはずだ……。でも。それでも」

 ゆっくりと雲が動く。

 それに合わせるように、息を深く吸いこむ。

「エスティレーナは……幸せだったか?」

 声が、震えた。

 サラもゆっくりと息を吸った。 
 
 そして過去を思い返すようにゆっくりと目を閉じた。

 やがてこちらを見つめて、小さくほほ笑んだ。

 彼女のほほ笑む顔は、どことなくエスティレーナの顔とよく似ていると思った。

「ああ。母さんは、幸せそうだったよ」

「……そうか」

 視界が滲んだ。

 ああ、そうか。これで、よかったのだ。

 今まで、ずっとその言葉が、答えが、ほしかったのだ、と気づく。

 どうしたらよかったのか、を堂々巡りで考えて、ずっと答えを探していた。

 でも結局探しに行かないということが自分の選んだ答えであって、結果彼女は亡くなった。

 そのことを背負ってゆくつもりだった。

 たとえ後悔し、自身が苦しくても。

 だから、彼女が選び、その先の未来がどうだったかの答えは、そうあってほしいと願う自分の考える理想だけだった。

 だから、その言葉を聞くことはないと思っていた。感謝、せねばな。

「サラよ」

「何だ?」

「何かを言葉で伝えることは難しい。だが、それを諦めてしまえば伝わらないままだ」

「……」

「お前は私とよく似ているから、言っておく。態度や行動で伝えることはなかなかできることではない。100%伝えるには、言葉でないと伝わらないんだ。言葉でも十分に伝えきれないことはあるだろうが……」

 するとサラに鼻で笑われた。

「……私はあんたと違ってはっきり言うからそこは心配しなくていい。だが、じいさんの教訓として頭の片隅に入れておくよ」

「そうか、全く……」

 物事をはっきりと言う所もエスティレーナにそっくりで、王に全く気負いしないところは、たした度胸だ。

 グライデンは、ははっと小さく笑った。

 エスティレーナ。

 お前はさぞ、賑やかな生活を送っていただろうよ。

 幸せだったのなら、本当によかった。

「……ありがとう」

 雲に隠れていた満月が、のっそりと顔を出した。

 優しく照らす光は、まるで私の心まで照らしてゆくようだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

チートな幼女に転生しました。【本編完結済み】

Nau
恋愛
道路に飛び出した子供を庇って死んだ北野優子。 でもその庇った子が結構すごい女神が転生した姿だった?! 感謝を込めて別世界で転生することに! めちゃくちゃ感謝されて…出来上がった新しい私もしかして規格外? しかも学園に通うことになって行ってみたら、女嫌いの公爵家嫡男に気に入られて?! どうなる?私の人生! ※R15は保険です。 ※しれっと改正することがあります。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。

夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。 陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。 「お父様!助けてください! 私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません! お父様ッ!!!!!」 ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。 ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。 しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…? 娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶
恋愛
 侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。  そのため、当然婚約者もいない。  なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。  差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。  すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?

処理中です...