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王都編

25(アンジェリカ視点)

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 まだわたくしが小さな頃、見習いで現地へ赴いた時だった。

『ねえ、わたくしたちのしている事って何の意味があるんですの?』

 ただただ教えに従って祈祷と浄化を繰り返すことに、本当に意味があるのかよくわからなかったわたくしに、彼女はふんわりと笑った。

『お腹がすいたら悲しいでしょう?』

 質問の答えになってない。

 意味のわからない事を言われて、わたくしは無言になった。

『眠たくてもスカルに襲われると思ったら不安で眠れなかったら、辛いでしょう?』

『……』

『だから感謝をするの』

 どこがどうなって、そうなるのか全く理解できなかった。

 彼女の初めの印象は頭が弱いということだった。

 例えがわかりにくすぎて大切な事が見えないし、彼女が一体何を言いたいのかも全然理解できなかった。

 でも、その印象はすぐに塗り替えられることになる。

 町の遺体焼却場で、亡くなった人を一気に浄化する時だ。

『死んでしまった人……スカルになるかもしれないわ。怖い……』

『怖くないわ』

『どうしてですの?』

『だって、私たちは守られているもの。いえ、共に戦っているから、の方が正しいかもね』

 一体何に、と思った直後、一人の死体が腐敗してスカルとなって襲いかかってきたのだ。

『きゃああああああ!?』

 わたしは怯えてその場にうずくまったけれど、彼女は襲い掛かってくるスカルに怯えることはなかった。

 むしろ少し悲しそうな表情を浮かべていた。

『闇に染まりし者たちに光の祝福を――!!』

 彼女が浄化詠唱文の一節を唱えた途端、目を開けられないほどの光が満ち溢れ、スカルが瞬く間に浄化されて人の姿へ戻ったのだ。

 スカルは元に戻って安全になったけれど、わたくしは襲われるという初めての体験をして、とても怖かった。

『アンジェリカ。立って。見てごらん』

『……』

 でも、今でも覚えている。

『精霊に命を、人々に笑顔を。全てに感謝をささげ、光を生み出す事、それが私たちの生きる意味と役割。だから、世界から守られ、そして守るために祈祷と浄化をするの。……つまり』

 エスティレーナがアンジェリカを見てほほ笑んだ。

『私たちが光、なの』

 そう言った彼女の顔が、誰よりも凛としていて、慈愛に満ちていたこと。

 そして、浄化した人たちがみなほほ笑んでいたこと。

 そのほほ笑みはまるで、みな天国へ行ったかのように安らかな表情を浮かべていたのだ。

 そしてこれが自分たちの役割だと実感したこと。

 王族として自分の生きる意味なのだと実感したこと。

 彼女のようになりたいと心からそう思ったこと。

 強烈な体験は、強く、強く自分の心に刻んだのだ。

 この人のようになりたいという憧れと、未来への自分の姿の希望を――。

 でも、そんな彼女が姿を消したのは駆け落ちしたからだと、祈祷師の中でそう噂され始めた。

 崇拝する彼女がその道を進んだことがあまりにも信じられなくて、裏切られたような感覚が自分の中で広がり、そのことを受け入れたくなかった。

 受け入れたくなかったのに、目の前に現れたのはエスティレーナ様の娘。

 噂は真実だと認めざるを得なかった。

 納得できないことと、嫉妬が織り交ぜになってしまう自分が醜かった。

 でも、もうその気持ちはどうしようもできなかった。

 本人に当たるという幼稚なことをしたが、もはや弁明の余地もない。

 でも、サラと関わる中で、エスティレーナ様の背中と、彼女の背中が似ていることに、苦笑してしまった。

 彼女の娘なのだと実感した。

 そして、どこまでもまっすぐな言葉に、ゆるぎない王の背まで見えてしまったのだ。

 こんな危機的状況でいろんな感情や懐かしい事を思い出し、アンジェリカは唇を噛み締めた。

「わたくしたちは、絶対にあなた方には屈しませんわ。たとえ、わたくしの命が散ろうと」

 わたしくしは、わたくし。

 王族だけれど、いつでも心は自由。

 多くの精霊たちに感謝をしている。

 今守ろうと必死に戦ってくれている騎士たちにも。

 でも、守られているばかりではいけない。

 そう。

『共に戦っている』

 闇には屈しない。

 どんなに闇が深かろうと広がろうと、必ず光が照らしてみせる。

 それを王族である自分が諦めてはいけないのだ。

 不安になってはいけないのだ。

 希望はいついかなるときも捨ててはいけないのだ。

 なぜならば。

「わたくしたちが……光ですもの!」

 全てが明瞭になったかのように視界が明るくなった。

 光の渦が彼女の体を包み、周りにいる祈祷師も共に包んでゆく。

 そして傷が癒されてゆく。

 気を失っていた祈祷師たちも目を覚ましてゆく。

 これは……何?

 祈祷と浄化を融合したような感覚。

 そう、か。

「祈祷と浄化を一緒に行えばよいのですわ!」

「それってどうやってやるの……?」

「同時にするなんて、そんなこと出来っこないわ!」

 他の祈祷師たちが口々に言い募るが、マリオンはじっとアンジェリカを見つめていた。

 その意見は実行できることなのか、そして効果があることなのか。

 期待半分、懸念半分という感じで、成り行きを見守っていた。

 祈祷と浄化を共に行う、とそうは言ってみたものの、アンジェリカ自身、確かにどうするのかなんてわからない。

 でも、やらなければ、このまま死を待つだけだ。

 やるしかない。

 それならば、自分が先駆者となって、道を照らせばいい。

 祈祷と浄化しかできないのではない。力は自分の意志によって、変幻自在なのだ。

 それを決めつけていたのは、伝統と固定観念。

 そして自分自身。

『精霊に命を、人々に笑顔を。全てに感謝をささげ、光を生み出す事、それが私たちの生きる意味と役割』

 その言葉を忘れてはいけないと、心に刻む。 

 エスティレーナ様、ありがとうございますわ。

 どうか、見ていてくださいまし。

 この世界は闇になんて染めさせませんわ。

 光で包み込んでみせますから。

「みなさん、見ていてくださいまし! わたくしがやってみせますわ! 出来ないことを、出来ると証明してみせますわ……!」

 わたくしは、胸を張って前へ進みますわ……!

 温かな風と共にアンジェリカの周りをきらきらと瞬く流れ星が鳥かごの中で暴れ出そうと動き出す。

「サセナイ」

 ビュン、と蔓がアンジェリカの心臓を狙って一直線に目にもとまらぬ速さで伸びてきたが、アンジェリカは目を逸らさなかった。

 もう、怖くはない。

「希望で満たして差し上げますわ」

 ふ、と笑った直後。

 ゴウ、と旋風が巻き起こり、光と黒い蔓薔薇がぶつかった。
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