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王都編

11(ウィンテール過去)

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 すると、元気いっぱいだった彼女の瞳から、大粒の涙がポロリと流れた。

「私……私……」

 ぽろぽろと涙が溢れだす。

 普段の元気な姿からは想像できない彼女の姿に、ぎょっとしたウィンテールは、彼女を頭から抱きしめる。

「辛いなら言わなくていいのじゃ! すまんのう」

「違うの……私……」

 泣いているエスティレーナの背中をウィンテールはしばらく撫で続けた。

 少し落ち着いたのか、エスティレーナはゆっくりと顔を上げる。

「私、光脈が開通できないみたいなの」

「……そうか」

 我はさほど驚きはしなかった。

 王族でも光脈はあっても開通しなくて力が使えない者が数百人に一人は現れるということは知っていた。

 でも、それがエスティとは。

 我は胸が苦しくなる。

「お医者様にはもうしばらくすれば開通するでしょうと言われたけれど、いつ開通するかなんてわからないし」

「……医者がわかるのかの?」

「なんか光の反応がないとかで、わかるみたい……」

 ウィンテールはそっと彼女の体に手を当てて感じてみた。

 確かに光のエネルギー自体は奥底に埋まっているような感じだった。

 もしかしたら開通するかもしれないし、一生開通しないかもしれない。

 それはさすがの我でも分からない。

 ただ、エスティの光脈は果てしなく遠くに感じるため、このままでは開通しない可能性の方が高いだろう。

「私、歌も踊りも下手なの。物覚えも悪いから詠唱なんてできないし。……だからみんなと同じように祈祷も浄化もできない。お父様は次期王だから、お母様は必死になって私に教えてくれるんだけど、全然できなくて……だから、毎日逃げてる」

 悲しそうに笑うエスティレーナ。

 彼女の悲しそうな表情を見た我は、自身の胸に刃物を突き立てられているようで、とても痛かった。

「その傷は?」

「うまくできないからお仕置きされた痕。あの日が一番お母様にお仕置きされた日だったから、逃げたの」

「そうじゃったのか……」

 ウィンテールはエスティレーナの頬を両手でそっと包む。

「でも、それでウィンに出会えたわ」

「そうじゃな」

「ありがとう」

「我もエスティに会えて嬉しいぞ。ここは一人では退屈じゃったからのう」

「本当!? これからもこっそりと毎日抜け出してくるね!」

 にこにこ笑ってお菓子を食べ始めるエスティレーナに、ウィンテールはあることを考えていた。

「のう、エスティ」

「何?」

「我が光脈を使えるようにしてやろう」

「え!?」

「我に楽しい気持ちを教えてくれた。その恩返しとして、力を貸そう。大切な友達であるお主の苦しむ姿は見たくないのじゃ……」

 エスティレーナの口からぽろりと焼き菓子が落ちた。

「……でも、無理やりするのは体に負担がかかるってお母様が」

「そうじゃな……寿命が縮むかもしれん」

「でも、私……このままじゃ、ずっといてもいなくてもいい存在だわ」

 エスティレーナはしばらく考えてから、顔を上げた。

「頼める?」

「ああ。もちろんじゃ。少し痛いかもしれんが、大丈夫じゃ。我を信じるのじゃ」


 ✯✯✯


 それから、エスティレーナは奥の部屋に置いてある、ふわふわのベッドに横になった。

「大丈夫じゃ。力を抜かんか」

 そっと額に手を置き、ウィンテールがほほ笑んだ。

「……わかった」

「目を閉じて」

 我はそっと額から頬、首、鎖骨、両腕。胸からお腹、両足へと手を滑らせる。

 じんわりと発汗しはじめた彼女の体を目下に、心臓の位置に手を置いた。

「遥か彼方から伝わりし我の血脈よ、閉ざされた道を開きたまえ」

 ぐ、と両手に力を込めた瞬間、彼女の体がドクンと大きく脈打った。

 それからバチバチバチと光が彼女の体の周りを飛び散り始める。

「う……あ……」

「もう少しじゃ、エスティ」

 痛みに顔を歪めるエスティレーナに、ウィンテールも同じように顔を歪めた。

 全身が焼けるように痛いはずじゃ。

 じゃが、もう少し。

 頑張れ。

 ドクン、ドクン、と両手の平へ光脈の拍動が伝わってくる。

 完全に開通するまでもう少し。

 ぐ、と力を込めるとバチバチバチと火花が激しく散りはじめた。

「ああああああああああああ……!」

 光エネルギーの出力量が一気に跳ね上がる。

 ごっ、と勢いよく光脈を駆け抜けるエネルギーを感じ取った直後、ぱあああ、と光が弾けた。

「終わったぞ。お疲れじゃったな」

 びっしょりと汗をかいたエスティレーナに、ウィンテールは冷たい濡れたタオルを差し出した。

「ありがとう……」

「今日はゆっくりと休むんじゃぞ。きっとお主もこれで立派な祈祷師になれる」

「ありがとう……。本当にありがとう」

 うっすらと瞳に涙を浮かべるエスティレーナに、ウィンテールはほほ笑んだ。

 でもそれが彼女と別れてしまう原因を作ってしまったとは、我は気づかずに。
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