114 / 201
王都編
6
しおりを挟むアンジェリカが分厚い本を机の上に置く。数ページめくって、一節を読み上げた。
「『黒き太陽が大地を埋め尽くすとき、聖なる太陽が世界を潤す』。あなたが見たヴィジョンでこのシーンがあったはずですわ」
「ああ、あった」
「それによって人間が誕生したというわけですわ」
「……は?」
「あなた、本当におバカですわね! 黒い太陽と黄色い太陽の混じり込んだもの、それが人間ですのよ。だから、わたくしたちは腐敗すればスカルとなりますの。おわかり?」
「……わかった」
アンジェリカは数ページめくってゆく。
「精霊たちは初め人間と共存したくはなかったんですの。人間はスカルになるから、人間を全てこの世界から葬りさろうとしたのですわ。でも、人間がいなければ、精霊たちも存在できないことを知ってしまうのです。わたくしたち人間の生きる希望や祈りというものが彼らの存在する根源となるから。そこで、人間と精霊は手を組むのですわ。人間もスカルにはなりたくはなかったからですわね」
ぴらり、とページをめくると、一人の精霊の前に一人の人間が頭を垂れている姿の絵が描かれていた。
「精霊は人間を闇から守ること、人間は生命力を精霊に与えること、を双方合意の上で契約を結んだんですわ」
「契約……」
「光の神――ウィンテールは特定の人間――それが後に王族となる者に血を与えたんですわ。血を与えることによって、より人間の祈りが精霊たちに反映されやすくなるからですわ。これがウィンテールの血がわたくしたち王族に流れている由縁ですのよ」
「……はあ。……疑問なんだが、ウィンテールの血が流れていることと、騎士が精石を埋め込んでいることは意味が違うのか?」
「全く違いますわ!」
鼻息荒く否定するアンジェリカはばたんと本を閉じ、用紙とペンを準備した。気迫に気圧されたサラは、アンジェリカが何かを描いているのをじっと待っていたが。
「……それは一体なんだ?」
「……体ですわ」
「……何の」
「……人間のですわ」
「……」
あまりにもアンジェリカの絵が下手くそすぎて、一体何が描いているのかわからない。
人間の体という割には頭が大きすぎるし、かなり歪んでいる。
表情も人生の終わりのような顔をしているし。
「人間というよりは、これはスカ――」
「人間ですわ!」
「……」
「人・間・で・す・わ」
「……そうだな、人間だな」
人間と言い張るアンジェリカに気圧されるが、正直なことを言うと更に怒ってこれからの説明に支障をきたしそうなので、サラは黙っておくことにする。
「わたくしたち王族の体には、先ほども言ったようにウィンテールの血が受け継がれていますの。その血は受け継がれてゆくごとに、体の中に光脈というものを形成したのですわ」
「光脈?」
「ええ。そうですの」
アンジェリカが先ほどの人間の絵の中に血管のようなものを描いてゆく。
「光脈というのは、ウィンテールの血――要するに彼女の力に自分たちの祈りを乗せ、自分の体の外に放出するための、いわゆるエネルギーの通り道ですわ」
「はあ……」
「普通の人間が精石を埋め込んで体になじんだ場合、そのような光脈は形成されませんの。それは精霊がいるから、自分の体にエネルギーの通り道を作らなくても、精霊と協力することで光の力を外界へ放出できるからですわ」
「なるほどな。つまり、王族は体のつくりが違うって訳だな」
「初めからそう言っていますわ。もう一度繰り返しますけれど、祈祷とは祈りを捧げることでウィンテール様自身の力をより強め、光の加護をこの世界にいきわたらせること。そして全ての精霊たちの源となるように、自分たちの生命力を捧げるということですのよ。わたくしたちが祈祷で歌ったり踊ったりするのは、光脈からの光エネルギーを外へ放出しやすくするためなのですわ。お分かりかしら?」
「……ああ」
王族はウィンテールとの契約の元、代々この世界に平和と安寧をもたらすために日々祈りを捧げている。
祈祷師のおかげで、精霊たちがこの世界に存在していると言っても過言ではないな、とサラはそんなことを思った。
だが、話を聞いても、サラ自身が踊ったり歌ったりするところは想像できなかった。
「そういえば、話を聞いていて思ったが、光の加護というのはウィンテールがこの世界を守っている力でいいのか?」
「光の加護の主力はそうですわね。助力は他の精霊たちの力になりますわ。それで人間がスカルとならないように腐敗から、闇から、人間を守っているのですわ。今強大な闇の存在がいると聞いておりますけれど、そのせいで世界の均衡が崩れ始めているのは、言うまでもありませんわ」
「分かるのか?」
「わたくしたち王族は分かりますわ。あなたも王族の端くれならお分かりでしょ?」
「……」
「話になりませんわ。……まあ、これから分かるようになればいいんですけれど」
「分かるようになるのか?」
「それはあなたの努力次第ではありませんこと?」
「そうか……」
おそらく光脈があることによって光の力の流れが分かるのだろう。
それは自身の体もそうだが、世界全体もそうなのだろう。
「それが分かったら何かいいことがあるのか?」
「分かることで、世界の均衡を保つためにわたくしたちは祈祷の時間を増やしたりと対応していまのよ。ですから分からなければただ祈っているだけになりますわ。それでは、世界の均衡は保てませんし、祈祷をしている意味が浅すぎますのよ」
「そうなのか……」
世界の均衡を保つために祈りを捧げているのか。
私たち騎士は目の前のスカルをただ倒しているだけで、世界の光と闇のバランスなど一つも気にしたことがなかった。
王族はそういうわけではいけないらしい。
「……なあ、騎士がスカルを倒したときにも浄化はするが、祈祷師が浄化をすることとはやはり違いはあるのか?」
「根本的には変わりはありませんわ」
「そうなのか?」
「ええ。浄化というのは腐敗を正常な状態に戻すということですから、根本的には変わりませんわ。でも、祈祷師が行う浄化と騎士が行う浄化ではできる範囲が違いますわね」
「例えば……?」
するとアンジェリカが再び用紙に何かを書き始めた。
渦のようなものと、先ほどのおそらく人間のようなもの。
片方は恐らく人間なのだろうが、もう片方は何だ。
渦のように見えるが、別の何かなのだろうか。
正直絵を描く必要があるのかが謎だ。
何を書いているのか質問するのはやめようと思っていたが、その絵を理解しない事には説明を理解できないだろうと思い、それとなく聞いてみることに。
「それは何だ」
「見てわからないんですの? 街と人間ですわ」
「街と人間……そ、そうだな」
街!? これが、街か……。
「騎士は一般的にはスカル単位でしか浄化能力がないのですけれど、わたくしたち祈祷師は街を浄化できるぐらいの浄化能力を有していますの」
「光脈があるからか?」
「そうですわ。まあ、個人の力量にもよりますけれど」
ということは、私にも光脈があるのならば、それを使うことでもっと浄化能力を上げられるかもしれない。
そうなれば姉さんを浄化できるぐらいの力を得られるかもしれない。
「アンジェリカ!」
サラはアンジェリカの肩を掴む。
「な、何ですの……!?」
「私に光脈の使い方を教えてくれ!」
ぽかんと口を開けているアンジェリカが、わなわなと体を震わせた。
「だから歌って踊りなさいって言ってますでしょうがっ!」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。
夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。
陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。
「お父様!助けてください!
私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません!
お父様ッ!!!!!」
ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。
ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。
しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…?
娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
チートな幼女に転生しました。【本編完結済み】
Nau
恋愛
道路に飛び出した子供を庇って死んだ北野優子。
でもその庇った子が結構すごい女神が転生した姿だった?!
感謝を込めて別世界で転生することに!
めちゃくちゃ感謝されて…出来上がった新しい私もしかして規格外?
しかも学園に通うことになって行ってみたら、女嫌いの公爵家嫡男に気に入られて?!
どうなる?私の人生!
※R15は保険です。
※しれっと改正することがあります。
婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。
夢草 蝶
恋愛
侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。
そのため、当然婚約者もいない。
なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。
差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。
すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる