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王都編

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 アンジェリカが分厚い本を机の上に置く。数ページめくって、一節を読み上げた。

「『黒き太陽が大地を埋め尽くすとき、聖なる太陽が世界を潤す』。あなたが見たヴィジョンでこのシーンがあったはずですわ」

「ああ、あった」

「それによって人間が誕生したというわけですわ」

「……は?」

「あなた、本当におバカですわね! 黒い太陽と黄色い太陽の混じり込んだもの、それが人間ですのよ。だから、わたくしたちは腐敗すればスカルとなりますの。おわかり?」

「……わかった」

 アンジェリカは数ページめくってゆく。

「精霊たちは初め人間と共存したくはなかったんですの。人間はスカルになるから、人間を全てこの世界から葬りさろうとしたのですわ。でも、人間がいなければ、精霊たちも存在できないことを知ってしまうのです。わたくしたち人間の生きる希望や祈りというものが彼らの存在する根源となるから。そこで、人間と精霊は手を組むのですわ。人間もスカルにはなりたくはなかったからですわね」

 ぴらり、とページをめくると、一人の精霊の前に一人の人間が頭を垂れている姿の絵が描かれていた。

「精霊は人間を闇から守ること、人間は生命力を精霊に与えること、を双方合意の上で契約を結んだんですわ」

「契約……」

「光の神――ウィンテールは特定の人間――それが後に王族となる者に血を与えたんですわ。血を与えることによって、より人間の祈りが精霊たちに反映されやすくなるからですわ。これがウィンテールの血がわたくしたち王族に流れている由縁ですのよ」

「……はあ。……疑問なんだが、ウィンテールの血が流れていることと、騎士が精石を埋め込んでいることは意味が違うのか?」

「全く違いますわ!」

 鼻息荒く否定するアンジェリカはばたんと本を閉じ、用紙とペンを準備した。気迫に気圧されたサラは、アンジェリカが何かを描いているのをじっと待っていたが。

「……それは一体なんだ?」

「……体ですわ」

「……何の」

「……人間のですわ」

「……」

 あまりにもアンジェリカの絵が下手くそすぎて、一体何が描いているのかわからない。

 人間の体という割には頭が大きすぎるし、かなり歪んでいる。

 表情も人生の終わりのような顔をしているし。

「人間というよりは、これはスカ――」

「人間ですわ!」

「……」

「人・間・で・す・わ」

「……そうだな、人間だな」

 人間と言い張るアンジェリカに気圧されるが、正直なことを言うと更に怒ってこれからの説明に支障をきたしそうなので、サラは黙っておくことにする。

「わたくしたち王族の体には、先ほども言ったようにウィンテールの血が受け継がれていますの。その血は受け継がれてゆくごとに、体の中に光脈というものを形成したのですわ」

「光脈?」

「ええ。そうですの」

 アンジェリカが先ほどの人間の絵の中に血管のようなものを描いてゆく。

「光脈というのは、ウィンテールの血――要するに彼女の力に自分たちの祈りを乗せ、自分の体の外に放出するための、いわゆるエネルギーの通り道ですわ」

「はあ……」

「普通の人間が精石を埋め込んで体になじんだ場合、そのような光脈は形成されませんの。それは精霊がいるから、自分の体にエネルギーの通り道を作らなくても、精霊と協力することで光の力を外界へ放出できるからですわ」

「なるほどな。つまり、王族は体のつくりが違うって訳だな」

「初めからそう言っていますわ。もう一度繰り返しますけれど、祈祷とは祈りを捧げることでウィンテール様自身の力をより強め、光の加護をこの世界にいきわたらせること。そして全ての精霊たちの源となるように、自分たちの生命力を捧げるということですのよ。わたくしたちが祈祷で歌ったり踊ったりするのは、光脈からの光エネルギーを外へ放出しやすくするためなのですわ。お分かりかしら?」

「……ああ」

 王族はウィンテールとの契約の元、代々この世界に平和と安寧をもたらすために日々祈りを捧げている。

 祈祷師のおかげで、精霊たちがこの世界に存在していると言っても過言ではないな、とサラはそんなことを思った。

 だが、話を聞いても、サラ自身が踊ったり歌ったりするところは想像できなかった。

「そういえば、話を聞いていて思ったが、光の加護というのはウィンテールがこの世界を守っている力でいいのか?」

「光の加護の主力はそうですわね。助力は他の精霊たちの力になりますわ。それで人間がスカルとならないように腐敗から、闇から、人間を守っているのですわ。今強大な闇の存在がいると聞いておりますけれど、そのせいで世界の均衡が崩れ始めているのは、言うまでもありませんわ」

「分かるのか?」

「わたくしたち王族は分かりますわ。あなたも王族の端くれならお分かりでしょ?」

「……」

「話になりませんわ。……まあ、これから分かるようになればいいんですけれど」

「分かるようになるのか?」

「それはあなたの努力次第ではありませんこと?」

「そうか……」

 おそらく光脈があることによって光の力の流れが分かるのだろう。

 それは自身の体もそうだが、世界全体もそうなのだろう。

「それが分かったら何かいいことがあるのか?」

「分かることで、世界の均衡を保つためにわたくしたちは祈祷の時間を増やしたりと対応していまのよ。ですから分からなければただ祈っているだけになりますわ。それでは、世界の均衡は保てませんし、祈祷をしている意味が浅すぎますのよ」

「そうなのか……」

 世界の均衡を保つために祈りを捧げているのか。

 私たち騎士は目の前のスカルをただ倒しているだけで、世界の光と闇のバランスなど一つも気にしたことがなかった。

 王族はそういうわけではいけないらしい。

「……なあ、騎士がスカルを倒したときにも浄化はするが、祈祷師が浄化をすることとはやはり違いはあるのか?」

「根本的には変わりはありませんわ」

「そうなのか?」

「ええ。浄化というのは腐敗を正常な状態に戻すということですから、根本的には変わりませんわ。でも、祈祷師が行う浄化と騎士が行う浄化ではできる範囲が違いますわね」

「例えば……?」

 するとアンジェリカが再び用紙に何かを書き始めた。

 渦のようなものと、先ほどのおそらく人間のようなもの。

 片方は恐らく人間なのだろうが、もう片方は何だ。

 渦のように見えるが、別の何かなのだろうか。

 正直絵を描く必要があるのかが謎だ。

 何を書いているのか質問するのはやめようと思っていたが、その絵を理解しない事には説明を理解できないだろうと思い、それとなく聞いてみることに。

「それは何だ」

「見てわからないんですの? 街と人間ですわ」

「街と人間……そ、そうだな」

 街!? これが、街か……。

「騎士は一般的にはスカル単位でしか浄化能力がないのですけれど、わたくしたち祈祷師は街を浄化できるぐらいの浄化能力を有していますの」

「光脈があるからか?」

「そうですわ。まあ、個人の力量にもよりますけれど」

 ということは、私にも光脈があるのならば、それを使うことでもっと浄化能力を上げられるかもしれない。

 そうなれば姉さんを浄化できるぐらいの力を得られるかもしれない。

「アンジェリカ!」

 サラはアンジェリカの肩を掴む。

「な、何ですの……!?」

「私に光脈の使い方を教えてくれ!」

 ぽかんと口を開けているアンジェリカが、わなわなと体を震わせた。

「だから歌って踊りなさいって言ってますでしょうがっ!」
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