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北都市編 後編

21(ウィルソン視点)

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「はああああああ!」

 青い光がウィルソンの体からほとばしる。

 振り下ろされた爪が光に弾かれ、ウィルソンの体を貫いていた針が弾け飛んだ。

 ふっと一瞬意識が遠のいたが、なんてことはない。ウィルソンは自分の手を見下ろした。

 大丈夫、俺だ。

「あーっはっはっは! 出てやったぜ! 外だぜ! 見ろよ、へっぽこウィルソンよお!」

 真横で高らかに笑うレギオーラが姿を見せていた。

 鋭い牙を光らせた、巨大なホオジロザメ。

「これで俺も自由か!」

 清々しい表情を浮かべ、スイーッと猛スピードで空中を滑空し、どこかへ行こうとする。が。

 見えなくなったと思えば、ウィルソンの真横にぱっと現れた。

「は?」とレギオーラは不思議そうな表情を浮かべるが、もう一度ウィルソンから距離を取るも結果は同じ。

「何なんだよ、これ! お前から遠くに行けないんだけど!」

「まあ、レギオーラの精石は俺の中にあるからね。……だからじゃない?」

「は!? ふざけんなよ! 騙したな!?」

「いや、騙してないよ。言ってないだけかな? というか今俺も知った」

 意外とバカなのだろうかと、ウィルソンは思ったが、そんな悠長なやりとりをしている場合ではない。

 デイジーが倒れたのだ。彼女は酷い出血だったし、もはや立っているのもやっとだったのだろう。

「デイジー……!」

 呼び掛けても返事がない。気を失っているようだ。

 スカルは剣が突き刺さったまま、こちらの異変に気づいたのか、様子を窺っていた。

 早くこのスカルを倒さなければ、デイジーを助けられないし、自分自身の体ももたない。

「レギオーラ、力を貸して!」

 ウィルソンの要望に、レギオーラはフイッとそっぽを向く。

「やだね」

「あっそ、いいよ、勝手に使うから」

 ウィルソンは強引にも力を引き出そうとする。

「うおおおおおお……!」

 レギオーラの体が剣と融合し、スカルに突き刺さっていた剣がウィルソンの手に収まる。

 な、なんだよこれ! というレギオーラの叫び声は無視した。

 ウィルソンはぐっと剣を握って地を蹴った。

 スカルもウィルソンに応戦すべく臨戦態勢を取った。

 スカルは迫り来るウィルソンへ空を切り裂くような爪の猛攻を繰り出すが、ウィルソンが華麗に弾き返しながら滑り込むようにして背後へ回り込む。

 そしてスパンと勢いよく後ろの左足を切り落とした。

 相当硬かったのに、力が漲っているせいか難なく切り落とせる。これならいける。

 スカルの体がぐらりと傾ぐが、ウィルソンに向かって尾で刺突を繰り出した。ドドド、と地面に尾が突き立つ。

 しかし、攻撃を躱すように跳躍したウィルソンには当たっていない。

 そして姿が消えている。一体どこに行ったのか、スカルがウィルソンを見失っていれば。

 頭上からきらり、と剣が閃いた。

 かと思えば、ズブリ、とスカルの頭部に深く刺さり、スカルの動きがピタリと止まった。

「今だ!」

 ウィルソンが一気に力を解放すれば、青い光がバチバチと体を駆け巡る。

 まるで血流が全身に一気に流れ出すみたいに、溢れんばかりの光の力がウィルソンを包み込んだ。

 意識が持っていかれるわけではない。

 力が強すぎて、コントロールできないわけでもない。この力の奔流が、心地いい。

 今なら、いける。 

群青の豪剣インディゴ・ソード!!」

 澄んだ水のような剣がいくつもウィルソンの周りに出てきたかと思えば、ザン、と音を立ててスカルに突き立った。

 そして一つ一つが意思を持っているかのように円を描くように動き出す。

「キイイイイイイイイイイイイイイ!」

 高速で回ってゆく剣は硬い甲羅などなんのその。

 鋭い刃がスカルをちりじりに刻み込んでゆく。

 二つの精霊の力は今まで自分が出したことのない程の威力で、剣は喜びを表すようかのようにどんな硬い物をも刻んでゆく。

 その光景は圧巻で、心を縛っていた鎖を壊して何もかもを開放してゆくような心地がした。

 もう、閉じ込めることは何もないのだ。

 感情も想いも、力も、レギオーラも。

 そして、もう誰かに守ってもらわなくても、誰かに頼らなくても、自分を守ることができ、誰かを守ることができる。

 スカルはやがて浄化されて消えていった。

 完全にスカルが消え去った後、水の剣は一気に弾け飛んで、辺りに水滴がきらきらと輝いた。

 その水滴はウィルソンの瞳も輝かせた。

 自分もやればできるのだ。

 でも、ずっと逃げていた問題に向き合えたのは、デイジーやシンディのおかげだ。

 会わなければ、今もずっとレギオーラと向き合うことをしなかっただろう。

 ありがとう、とウィルソンは小さく微笑んだ。

 元の姿に戻ったレギオーラとリプニーチェが空中を漂う。

 レギオーラが、何やらかたかたと震えていた。

「な、何だこれ……」

「どうかした?」

 ウィルソンとリプニーチェが尋常じゃなく震えているレギオーラを、不思議そうに眺める。

「……けど」

「え?」

「ちょ、超きもちーんだけど! 力が外に解放されて超きもちーんだけど! マジできもちーんだけど!!!!!!」

 にっこーっと笑ってウィルソンの周りをぐるぐると回る。その光景に、リプニーチェは心底引いていた。

「レギオーラ……気持ち悪いわ」

「うるせえな、リプニーチェ」

「だって、気持ち悪いんですもの」

「黙れよ、せっかく外に出れたんだぜ? これぐらい喜ばせろよ!」

 興奮しすぎて鼻息が荒くなっているレギオーラに、ウィルソンは改めて聞く。

「じゃあ、もう一回聞くけど」

「……なんだよ」

「外で思いっきり暴れさせてあげるから、俺に力を貸して」

 う、と言葉を詰まらせたレギオーラは唇を尖らせた。

「……しゃーねえな。ずっとお前の中にいんの、つまらねえからな。力貸してやってもいいぜ」

 気持ちよかったからなあ……とにやけているレギオーラ。

 そんなレギオーラを見て不快感を露わにするリプニーチェ。

 ウィルソンはその二人を見て、少しだけほほ笑んだ。

「交渉成立だね」

「……そうだな。その代わり、力セーブすんなよ」

「わかってる」

「……うるさいのがそばにいるっていうのは、慣れないわね」とリプニーチェがぼそりと呟くが、それはレギオーラには聞こえていない。

「あの……ウィルソンさん。ありがとうございます」

 ゆっくり起き上がったデイジー(いや、おそらくシンディに変わっている)が、頭を下げた。

「傷は、大丈夫?」

「……ええ、まあ」

 大丈夫ではなさそうだが。

「暫く横になっていたので、出血は止まっています。普通の騎士の方よりも、私達エクサイトは傷の治りが早いのです」

「そうなんだ」

「ええ。本当に、ありがとうございます」

「いやいや! シンディさん、礼を言うのは俺の方だよ。シンディさん、本当にありがとう。君が妹の中にいてくれたから、妹はまだ生きることができている。そして、妹の夢を叶えてくれたこと、本当に感謝してる。ありがとう」

「いえ……そんなことは、ないです」

 少し戸惑いを浮かべた彼女は感謝され慣れてないのかもしれない。

 視線を落とし、暫く沈黙した彼女がゆっくりと語り出す。

 腹の底から何かを吐き出すように。

「私達、エクサイトは……捨て駒です。彼女にとってみれば、不幸が降りかかっていると捉えられていても仕方ありません。なので私は、彼女にとって負担なのです。でも、彼女は強いです。生きることに貪欲で、いつも前を向いている。私のことも気にかけてくれる、優しい子。本当に感謝すべきは私の方なのです。あなたの妹さんを奪ってしまって、ごめんなさい……」

 どうやらずっと思い詰めているようだ。

 デイジーにとってシンディは負担なのではないかと。

 だから、誰かに愛され、必要とされていたデイジーが羨ましい、と言っていたのだ。

 自分は必要ない存在だと思っているから。

 ウィルソンは首を振る。

「妹を奪ったなんて思ってないよ。それに、君は捨て駒でもない」

 シンディが顔を上げる。

「君が君自身どう思っているのかはわからないけど、デイジーにも俺にも君は必要な存在なんだ。妹が生きるためにっていうのは確かにある。でも、正直、精霊が君じゃなかったら妹は多分いなかった。妹のことを思ってくれている心優しい精霊だからこそ、妹が今も生きられているんだと思うよ。だから、本当に妹の中にいるのが君でよかったと思ってる」

「……」

「君は俺ら兄妹にとって、とても大切な存在だから、君にはこれからも生きて欲しい」

 その言葉に、くしゃり、と顔を歪めたシンディは今にも泣きそうだ。

 震える唇を噛みしめ、溢れそうな言葉を我慢している。

 でも、彼女が泣くことはなかった。

 一呼吸置いて、ありがとうございます、と小さく呟くだけで。

 彼女自身も強いと思う。

 エクサイトという未知の存在に仕立て上げられた中で、意識内にいるデイジーのことを気にかけながら今を生きている。

 自分を捨て駒と卑下しているが、居なくてはならない存在なのだ。

「……そう、ですね。私、大切に想ってくれている人のために生きようと思います……。それって、とても素晴らしいことですね」

「うん。そうだね」

 必要のない精霊も、人間もいない。

 誰かしら、必要とされているのだ。

 自分の事を必要ないと決めつけているのは、自分自身なのだ。

 何もかもを決めつけて、周りが見えなくなってしまう時は、ゆっくりと自分の周りをみればいい。

 必要としてくれているのは家族かもしれないし、仲間かもしれない。

 それは人によって違うからわからないが、きちんと自分の周りにいるのだ。

 そうだ。

 レギオーラは俺にとって必要ない存在ではない。

 これからうまくやっていけば、より強い光の力を使うことができるようになれるし、強くなれる。

 もう、惨めな気持ちを味あわなくて済むのだ。

 ウィルソンは、過去の想いもしがらみも、全てから解放されたような気分だった。

 君に会えて、本当によかった。
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