上 下
61 / 201
故郷編

9

しおりを挟む

 キイイイン、と鋭い音が静寂を貫く。

「おっとっと……」

 距離を取るようにしてバックステップを踏んだグラヴァンが「思ったよりも遅かったねえ」と嗤うが、剣を弾いた張本人を見て表情が消えた。

「……君は誰だ?」

 剣を弾いたのは白い団服を着た騎士――シリウスだった。

 シリウスは涼しい顔をして、剣先をグラヴァンの方へ向ける。

「名乗る必要はないかな。君は……もしかして闇の使者かな?」

「……答える義務はないねえ」

 つまらなさそうに、そっけなく呟き、シリウスの背後へ視線を這わせた。

 その先には、お目当ての人物が。

 見つけたグラヴァンの口角がにっと上がった。

「おい、動けるか?」

 サラはカイとマリアへ近づき、カイの状態を見て息を呑む。

 体には複数の傷。

 床に滴る程、出血していた。

 痛々しい状態になってもなお、マリアを守ろうと体を抱きしめている彼に、サラはよく頑張ったな、と労いの言葉をかける。

「あんた……そういえば……騎士だったんだな……」

「喋るな」

「頼む……彼女……だけは……」

「ああ。彼女もあんたも救う。立てるか?」

 そう、手を差し出し、カイが掴もうとした時、カイの手がだらりと力が抜けた。

「……っ!」

 慌てて息を確認したが、もう息をしていなかった。

「あ、あの……彼は……?」

「……残念だが」

 サラは首を小さく振って、ため息をついた。

「すまない……」

 カイの体を担いで、震えるマリアを立たせる。

 ここでグズグズしてはいられない。

 グラヴァンは王族騎士に任せよう。

 今の私では太刀打ちできない。

 サラがマリアを連れて行こうとした直後。

「逃がさないよ」

 グラヴァンが急に肉薄し、空気を裂くように斬り上げた。

 行く手を阻む程度の攻撃ではなく、まさに命を狩るような鋭い攻撃だった。

 サラはマリアを庇いながら攻撃を避ける。避けきれなかった余波で頬をピッと切った。

「君と遊ぶために私は待っていたんだからねえ。みすみす逃がすわけないだろう?」

「貴様……」

「ここは俺に任せて、君は早くマリアを」

 横からシリウスがグラヴァンに斬りかかる。研ぎ澄まされた剣が瞬く間にグラヴァンの胴体へ。

「邪魔だなあ……!」

 弾き返すように黒い剣で、薙ぎ払われる。グラヴァンが一歩踏み込んでシリウスへ激打を叩き込もうとする。 
 
 けれどそれを、シリウスは真上から剣先を振り下ろし勢いを殺した。直後首を跳ねる如くシリウスの剣が踊った。

 間一髪で避けたグラヴァンはサラへ一瞥をよこし、手の平を向けた。

「どこを向いているんだ」

 シリウスが斬撃を撃ち込もうと踏み込んだ――その直後。

 サラの背後から急に闇の気配が濃くなった。

 何だ!?

 と思っていれば、黒いもやが辺りに霧散。その爆風でサラもマリアも弾き飛ばされた。

 現れた姿は絶望を塊にしたような深い黒い影。

 今さっきまで背に担いでいたカイが、スカルにされてしまったのだ。

「おい、大丈夫か?」

 マリアの無事を確認したサラは、床にへたり込んでいる彼女をなんとか立たせようとするが。

「な、なんてことなの……」

 マリアは真っ青な顔をして、その場から動けなくなってしまった。

 自分を守ってくれた人物が殺され、しかもスカルにされてしまったというショックで、彼女は放心状態になってしまっているのだ。

 くそ……!

 こんな時に……!

 どうして、私は力を使えないんだ……!

 自身の胸に手を当てても光を感じることができない。

 ――アル。

 問いかけても、返答はない。

 唇を噛んだ。

「……君、光の力は!?」

 何をぼさっとしているんだ、と怒鳴る声が響く。

「……今は使えない」

「……は?」

 シリウスが「嘘だろう?」と信じられないという表情をサラに向けた。

 騎士なのに、しかも、この危機的状況で力が使えないなんて。

 私だって、望んで失ったわけじゃない。

 いや、あの時は必死だった。

 姉さんをあそこから助け出せるなら、力を失ってもいいと、確かにそう思った。

 でも。

「へえ。好都合」

 にやり、とグラヴァンがほくそ笑む。

「君、無茶だ! 早く逃げるんだ!」とシリウスが吠えるが。

「本当に君は邪魔だ……」

 グラヴァンが隙を突いてシリウスの脇腹へ強烈な蹴りを入れて吹っ飛ばす。脆くなった壁を突き抜け、シリウスの体は外へ放り出されてしまった。

 素早く立ち上がってグラヴァンの方へ疾駆するが、それをスカルが阻止するように立ちまわる。

 シリウスは薙ぎ払おうと攻撃を繰り出すも、スカルにするり、するり、とかわされてしまう。そして先へ進もうとすると行く手を阻まれる。

「くそ……!」

「邪魔者はそこで遊んでいたらいいんだ」  

 グラヴァンはゆっくりとサラの方を向いて笑みを深くした。

「やっとこれで邪魔者は消えた」

「……」

 サラはじりっと背後へ後ずさる。

 どうする。

 ギリギリの状況下で、人間は潜在能力を引き出せるという。

 だが、マリアを守りながら、この状況を抜け出すことは難しい。

 今の私には攻撃を避けるので精いっぱいだからだ。

「……」

 真っ青な顔で放心状態のマリアを見てサラは首を振った。

 いや、力が使えなくてもやるしかない。

 何か策を考えなければ……!

 グラヴァンがにやりと笑って攻撃を仕掛けてくる。

 二閃三閃と続けざまに振るわれる剣を、サラは躱して肉薄した。

 鳩尾に掌底打ちを叩き込み、反対の手で顎を狙った。突き上げられた拳が見事に入った。

 だが、びくともしなかった。

「……そんな攻撃、効かないよね」

 軽薄な視線を向けたグラヴァンが、サラに向かって剣を振るった。

「う…」

 深い、深い、一撃がサラの体を抉った。


 ✯✯✯


 サラは浅い息を繰り返しながら、天井を仰ぐ。

 本当に、一人じゃ何もできない。

 ああ、思いだす。

 何もできない、あの頃を。

 冷たく見下ろすグラヴァンは、サラの頬を剣先で撫でる。つう、と傷が入った。

「全然やりがいが無くてつまらなかったよ……」

 でも。

 こんなところで死ぬわけにはいかなかった。

 姉さんをあの冷たく、寂しいところから救い出すために。

 私は。

 私は――……!

 諦めたくない……!

 ――アル。

 じゃあね、そう言ってグラヴァンが剣をサラへ突き刺す――。
しおりを挟む

処理中です...