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中央都市編

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「よー」と片手を挙げるバートル。

「サラ、会うのは久しぶりだな。ザグジーやリリナは初めてかな」とゆっくりと腰を上げたフレデリック。

 フレデリックは穏やかに笑っているようだが、バートルの顔が若干強張っている。

 この組み合わせ……珍しいな。

 新しい任務なら、無線で伝えればいいことだ。

 それなのに、わざわざ中央長や特務長がここへやってくるということは。

 何か重大な発表があるのか?

 それとも、無線ではなく、直接伝えるべきことがあるのか?

 一体、何だ?

 先ほどのヒルドハイムの言葉が蘇る。

 最前線。

 私たちの知らないところで何かが起きている?

 そんなサラの思考を遮るように「傷の具合はどうだ? ちゃんと病院食食べてるのか?」と母のように心配し始めたフレデリックに、サラはその質問を無視して単刀直入に聞いた。

「一体何の用だ、任務か?」

 自身の質問が無視されたフレデリックは、「相変わらずだな」と小さくため息をつく。

「それもあるが、今回の報告をしてくれ」

「任務の報告……? 今まで任務の報告なんてしてこなかったが、一体どういうことだ?」

「ああ……。今、聖域が何者かによって狙われているのは、直接戦ったお前たちなら知っていると思う。闇から人々を守るためには、あまりにもその者たちの情報が少ない。だから必死になって情報を集めているんだ」

「なるほどな……」

「正直その情報も大事だ。だが、以前に南の聖域が闇に染まっていたと聞いたぜ。今回は中央で、現場を見てみたが、あれは相当酷かった。それにあの時、何があの場で起きていたのかを、俺は知りてえんだ」

 バートルがまっすぐサラに視線を向けていたため、サラはしばらく考えてから報告した。

「南都市の聖域を闇に染めた奴らと、今回中央都市の聖域を闇に染めた奴らが同一人物かはわからないが、奴らは闇の使者と名乗っている。今回、闇の使者が聖域を闇に染めていたところを、私は止めに入ったわけだが……まあ、スカルにされたあげく助けにきたウィルソンを攻撃した。正直、中央長が来なければ、ウィルソンは命を落していたかもしれない」

「スカルになったのか……?」とフレデリックが瞠目する。

「ああ……。闇の使者は人間をスカルにすることができる。それは騎士も例外じゃない……」

「……そう、か」

 フレデリックとバートルはサラの報告に硬い表情で聞き入っていた。

 知っていることと今回の報告を終えたが、サラは闇の使者たちが『あの方』と敬愛しているノヴァの姿が自身の姉であることは報告しなかった。

「奴らは相当な戦闘能力を有している。しかもスカルも操っているから、騎士一人ではなかなか太刀打ちできないだろう」

「そうか……」

「ああ……でも、奴らが何のために聖域を闇に染めているのかはわからない。おそらくは浄化する能力のある聖域が邪魔だからだろうけど」

 苦虫を噛み潰すように、フレデリックが「なるほどな……」と呟く。

「実は今、北が狙われているんだ」

「北……。南、中央ときて、今度は北か」

 するとリリナが、

「え……北が狙われてるって……大変なことじゃないですか! 北の聖域って言ったら、この世界の要の聖域ですよね? そこが闇に堕ちたら……他の聖域も力を落してしまうじゃないですか……!」

 と顔を青くする。

「そんなにも大変なのか? だったら人数を送り込んで、奴らを倒せばいい」

「サラ先輩って意外と脳筋……」というリリナの呟きにザグジーも「実は俺も前々から思ってたっす」と同調する。

「おい、聞こえてるぞ」

「落ち着け。まあ、あの聖域が完全に闇に堕ちたら、祈祷師の力をもってしても、聖域の完全なる浄化は難しいだろう。だから、阻止するために結局はそこに落ち着くんだが……」

 フレデリックが歯切れ悪く言うと、バートルが「そこで、だ」と口を開く。

「てめえらの傷が回復次第、北へ行け。リリナ、てめえは中央から特務へ異動だ」

「え……?! 私が……ですか?」

「ああ、てめえだ。そこにいるメンバーと隊を組んで北へ行け。……もう大丈夫だろ? 顔見りゃわかる」

「私が……特務」

「そうだ。中央の復興が終わったらバーバラは西へ戻るし、他のメンバーも欠員の出ている隊とかもあるから、組み直しをしなきゃなんねえ。てめえは元々特務に行ける実力を持っていたが、トラウマがあるから中央で様子を見てた」

 嬉しいのか、悲しいのか、リリナは戸惑いを隠せない表情を浮かべている。

 まあそうだろう。いきなり異動を言われるんだ。しかも今まで中央でそれなりの任務についたことのないリリナが。

「だが、もうその必要はなくなった。てめえならできる」

「中央長……」

 ずっと自分は出来ないと暗示をかけていた彼女に、バートルからのその一言は十分すぎるほどの誉め言葉だった。

「ちょうどいい機会だ。今日でてめえはひよっこ騎士から卒業だ。行ってこい」

 行ってこい、そう背中を押されるようにして言われた言葉に、リリナはビシッと敬礼をする。

「はい! 今日から特務へ異動します! お世話になりました!」

 
 ✯✯✯


 しばらくして、サラたちの傷は回復した。

 もう任務に就ける。

「よし、これから北へ向かうぞ」

 サラたちは団服をばさりと羽織った。

「ウィルさんはまだまだ傷の回復に時間がかかるみたいっすから、俺らだけでとりあえず北へ向かったらいいっすかね?」

「そうするしかないだろ」

「早く元気になったらいいっすね……!」

「そうだな」

 廊下を進んで、病院を出る。

 街の復興がかなり進んでいて、活気もそれなりに戻ってきていた。

「……北へ行ったら、恐らく厳しい戦いになるかもしれない」

「……そうっすね」

「覚悟はいいか?」

 緊張した面持ちの二人。

 答えなんて『はい』しかない。

 それでも聞くのは、確認したいからだ。

 後悔しないように。

 自分の意志で行くと決めるために。

「俺は戦う気満々っす!」

「私も……頑張ります! よろしくお願いします!」

 瞳の奥で燃える闘志を垣間見たサラは安堵したように、背を向ける。

 さあ行こう。

 北へ。

 想像を超える戦いが待っていたとしても。

「そういえば、先輩」

 一歩踏み出そうとした瞬間、怪訝そうなリリナに声をかけられた。

「どうした?」

「……ずっと思っていたんですけど、アルグランドさんは?」

「え……?」

 サラは問われている意味が分からなかった。

「ここに――」

 はっとする。

 いつもそばにいた、彼の気配が――ない。

 どういうことだ?

 カタカタと震える、自身の手を呆然と眺めていた。

 そんなはずは。

 でも、感じることができない。

「嘘、だろ……光の力が、なくなった?」

 声が、震えた。
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