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汽車編

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「私は真剣です! ふざけていません!」

「何言ってるんだ、お前は!」

 車内で喧嘩か? うるさいな……。場所をわきまえろよ。

 サラはちらりと声のする方へ視線向けた。

 若い女性と初老の男が言い争っている。

 若い女性は田舎から出てきたような雰囲気が漂っているが、顔立ちはとてもはっきりしている。初老の男は中肉中背だが、身なりをきっちり整えていた。

「どうして中央都市である舞台オーディションを受けないんだ! しかも前日に断っているなんて、聞いてないぞ!」

「すみません。でも、聞いてください! 私、女優じゃなくて、歌手になりたいんです!」

「どうして歌手なんだ! お前には歌の才能なんかないだろ!」

 周りにいる乗客が困惑状態で成り行きを見守っている。

 誰も止めようとはしない。

 その状況にサラは、深いため息をついた。

 うるさい……。

 これじゃあ、せっかくの睡眠時間が台無しじゃないか。

 サラは基本、睡眠が取れるときに睡眠をとることにしている。

 いつスカルと戦闘になるか分からないからだ。睡眠をとれる時間は貴重なのだ。

 面倒臭いな……。

 サラはのそっと立ち上がり、喧嘩を繰り広げている二人のところへずんずんと歩いてゆく。

「おい、うるさいぞ。ここをどこだと思ってんだ」

「あ? 誰だ?」

 初老の男は注意したサラへ視線を向けた。

「そこで寝ていた騎士だ。あんたらがうるさくて寝られない。黙ってくれないか?」

「は? こっちは一大事なんだよ! 外野は黙ってろ!」

「は? 私だけじゃない、他の乗客の迷惑にもなるだろ。騒ぐなら次の駅で降りろ」

「んだとお!?」

 喧嘩腰のサラと、ゆでたこになるほどの興奮状態の初老の男の間で火花が飛び散る。

 今にも殴り合いが始まりそうだ。

「わあああああ! ちょっと、サラちゃん! 何やってんの!?」

「サラさん! 一般の人と喧嘩は駄目っすよ!」

 騒ぎの中で深い睡眠から目覚めたウィルソンとザグジーが慌ててサラを止めに入る。

 二人ともサラに対して「何やってんの、この人!」という驚きを隠せない。

「喧嘩はしていない。注意しただけだ」

「え!? そうなの!? いや、明らかにサラちゃんが喧嘩吹っ掛けていたよね?」

「そうっすよ、とりあえず二人とも落ち着いてっす!」

 初老の男が「何なんだ、こいつらは」とため息をついて席に腰かける。横にいた女性がへこへこ頭を下げていた。

「すいません……」

「いや、あんたが謝る必要ないだろ。もとはと言えばそこのオヤジが怒鳴ったのがいけないんだ」

「サラちゃん!」

「サラさん!」

 二人は慌ててサラを制止するが、キレたのは初老の男の方だった。

「なんなんだ! もう知らん! 勝手にしろ!!」

 そう怒鳴って立ち上がった初老の男は、タイミングよく停車した駅で降りた。

「あっ……!」

 女性は追いかけようとしたが、汽車の扉が閉まって走り出す。

 悲しそうな、不安そうな、女性はなんとも言えない表情で立ち尽くしている。

「サラちゃんがやらかすからだよ! どうすんのさ!」

「は? 知らん。私は注意をしただけだって言ってるだろ」

「いやあ、明らかに今のはサラさんのせいっすよね」

「じゃあ、どうしたらよかったんだよ」

「うーん、まあ起きちゃったことは仕方ないし。ここはコミュニケーションに難ありのサラちゃんじゃなくて、俺に任せてよ」

 コミュニケーションに難ありってなんだよ。全く。

 不機嫌なサラをよそにウィルソンが女性に「さっきはサラちゃんがすいませんでした」と頭を下げる。

「おい、なんだよそれ。本当に私が悪いみたいじゃないか」

「ちょっと、サラちゃんは黙って!」とウィルソンに横腹を小突かれる。

「あ、いえ! こちらこそ、先ほどはお見苦しいところを見せてしまってすいませんでした……」

 そう謝ったあと、女性は大きな瞳から、涙をほろほろとこぼし始めたではないか。

 それを見たウィルソンがギョッと目を剥く。

「え!? ご、ごめんなさい……!? だ、大丈夫ですか!?」

「あーあ……、ウィルさんが泣かした」

「え!? マジ!? 俺!? ごめんなさい……! 泣かないで下さい……!!」

 女性の涙は一向に止まることはなく、むしろ堰を切ったように涙がとめどなく流れてゆく。

 そしてその女性はとうとうその場に泣き崩れてしまった。
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