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守護精編
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しおりを挟む色あせた世界と、不気味な笑みと。
ここはそんな世界だった。
だが、それは彼女たちには違う世界に見えている。
✯✯✯
学校の屋上にたどり着いたサラはグラウンドを見下ろしているクラビスに近づく。
「ねえ、生きることに、意味はあるの?」
サラはクラビス越しに夕日を眺めていた。
「私は今この瞬間を生きることに最も意味があると思っている」
「どうして?」
「今は今しかない。未来は今の連続だ。過去は今を生きた証だ。だから、今を必死に生きようと思うだろ。未来がたとえ今の連続だとしても、本当に未来が訪れるのかどうかなんて誰にも分らないからな。それに必死に生きた先に何があるのかは人それぞれだ。……あんたには、何があった?」
「私は……」
クラビスはじっと下を見つめたまま、小さく呟く。
「私は、必死に生きてないからわからない」
彼女はそう言っているが、本当にそうだろうか。
彼女自身のことは知らないが、その分身たちを見て私はそうだとは思わない。
「違うだろ」
「え?」
「クラビスたちを見て思った。自分の願いをかなえようと生きていた。たとえそれが一瞬だとしても。あんたは、実際にそうではなかったのか?」
そう言われてクラビスはゆっくりとこちらを向いた。
苦しそうに表情が歪んでいる。
「違うの。全部、できなかったの。私は臆病で何もできなくて、命を手放した人間。生きることに意味を見出せなかった人間なの……」
クラビスは子どもだ。
子どもの時こそ未来に希望を見出してほしいと思う。
それなのに世界を悲観し、彼女自身大人びて見えるのは、彼女が生きていた世界が少しばかり残酷だったからなのかもしれない。
生きるには勇気や忍耐が必要なのだ。
しばらくの沈黙の後、クラビスはぽろぽろと泣き始めた。
「違うの……」
その涙は、誰かに言えなかった想い、なのか。
それともずっと溜め込んできた想い、なのか。
いずれにせよ彼女の想いが涙となって溢れている。
「……本当は、心の奥底ではもっと生きたいと思っていた。別の未来を想像していた。でも、実際に私は何も変えることができなかった」
「……」
サラは彼女への言葉が見つからなかった。
何を言っても何の慰めにもならない気がしたからだ。
誤魔化すように「かくれんぼうは楽しかったか?」と問うことしか出来なかった。
クラビスはゆっくりと顔を上げた。涙を拭い、小さく笑う。
「……うん。楽しかった」
「……そうか」
サラはクラビスを見つめた。
夕日が沈めばかくれんぼうも終わる。
恐らくこの世界も終わるだろう。
終わりが近づいているのに、クラビスは先程とは違って清々しい顔をしていた。
「ねえ、もう出てるんでしょ? 答え」
「ああ」
解答権は一回だけ。笑っても泣いても、これが最後だ。
「本当は隠れていなかった。ここにいいるクラビスは、全員あんたなんだろ?」
「……それが、あなたの答え?」
「ああ」
クラビスはゆっくりと空を眺めた。薄い夜空だった。
「正解。……そう、偽者なんていない。全部、私だった」
すると世界を構成しているものが徐々に形を失ってゆく。
この世界がゆっくりと崩壊しているのだろう。
名残惜しむように、クラビスはグラウンドへ視線を向ける。
「死ぬまでに、やってみたかったこと」
「え?」
「みんなでかくれんぼうをすること。心から笑うこと。友達を作ること。思いっきりみんなで走ること。ブランコの順番待ちをして自分の番になったら乗ること。大縄跳びで100回飛べるかチャレンジすること……。全部小さなこと。でも、一人ぼっちだった私には難しいことだった」
「……」
「たくさん友達がいたらどれだけ楽しいだろうかって、いつもいつも考えてた。やりたいことが簡単にできるってどんな気分なんだろうって、いつもいつも考えてた」
世界の崩壊が激しくなる。
建物も地面も空も、どんどん消えてゆく。
クラビスはサラの方を振り向いた。
もう、彼女の瞳に悲哀の色も後悔の色も絶望の色もない。
ただただ綺麗な真紅の瞳で笑っている。
「ねえ、騎士さん」
「なんだ?」
「いつも下ばかり見て歩いていたから、空がこんなにも青いなんて知らなかった。初めて鉄棒ができてうれしかった。すっごいたくさん走って苦しかったけど、とても気持ちよかった。それに新しい友達ができるなんて、思ってもみなかったし。一人じゃできないこと。たくさんできて楽しかった。たくさん走って、笑って、一生が詰め込まれた素敵な今だった」
「そうだな……。なあ、生きるって、素晴らしいことだろ?」
サラのその一言にクラビスは満面の笑顔で頷く。
「うん。生まれ変われたら、もっと生きたい」
クラビスを目にしたのは、その笑顔が最後だった。
ごおおお、と世界が揺れて立っていた地面も自分自身もクラビスも掻き消える。
その直前に、ありがとう、そう聞こえたような気がした。
サラは、気づけば聖域に突っ立っていた。何もかもが元に戻っていたのだ。
「あれ、ここは……」
カーティスがぼんやりと空を見上げている。太陽に照らされて今にも召されそうな感じだ。
「帰ってきたんだね」
「そうみたいだな」
「そうか。……じゃあ、僕は別のところに行くね」
そう言ってカーティスはどこかへ駆けて行った。どうやら上官は忙しいようだ。
「私もクロウから承諾を得ないとな」
先ほど寝ていたところを見てみれば、そこにクロウが横になっていた。
起きたのか、サラに気がついて体を起こした。探す手間が省けてよかった。
「あれ? まだいたの?」
「……あんたが寝たからだろ」
「ん? そうだったっけ?? ま、思い出せないから、良しとして。で?? 用は何かな?」
勝手に良しとするな! と突っ込みたいことろだが、サラは諦めたようにため息をつく。
「精霊の進化の承諾を」
「え? それ、いいよ、て言わなかったかな?」
「は? 言ってない」
「あ、そうなんだ。僕は全然構わないよ。これで、いいかな?」
「……」
物凄く適当に返事をされたような気がするが、返事は返事だ。
最後は呆気なかったような気もするが、気にしないことにしよう。
これで全ての守護精の承諾を得た。サラはフレデリックに無線を繋ぐ。
「サラだ。守護精からの承諾を全員分取った」
『ありがとう。報告しておくよ。そういえば』
「なんだ?」
『ウィルソン達と無線が繋がらないんだ。至急様子を見に行ってくれないか』
「言われなくても」
サラは無線を切り、クロウに別れを告げて走り出す。目的地は地下都市だ。
ウィルソン達は一体大丈夫なのだろうか。信じていないわけではないが、嫌な予感しかしなかった。
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