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王都編

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 光の中で、母を見た気がした。

 こちらを愛おしそうに眺める母。

 そっと伸ばす手に、サラも手を伸ばした。

『母さん……』

 指と指が触れ合った瞬間、母が嬉しそうに小さく笑った。

 でもそれも一瞬のこと。

 触れた指先から、ほろほろと消えてゆくように母は光に溶けていく。

 手に残ったのは光だけで。

 でも、その手に残る光は温かく、なぜか体の芯は熱かった。

 リレーのように『何か』をこの手に受け継いだ気がした。

 それは彼女の生前の意思かもしれないし、光の力かもしれない。

 もしかしたら母からだけではないのかもしれない。

 もっと古くからの『何か』を受け継いだのかもしれない。

 それがもしかしたら、ウィンテールの血ということになるのかもしれない。

 光脈を開通させるということは、そういうことなのかもしれない。

 光が視界一面に乱反射する。

 眩しくて目を細めていれば、体の奥底から弾けるような痛みが押し寄せ、サラは息が出来なくなった。

 頭の中も体の中も、何かが激しく駆け巡る。

 水の中に沈むような感覚、いや。

 もしかしたら光に溺れているのかもしれない。

 サラは光の中で意識を手放した。


 ✯✯✯


「気分はどうじゃ?」

 うっすらと目を開ければ、ウィンテールが心配そうにこちらをのぞき込んでいた。

 体中にびっしょりと汗をかいていたが、気持ち悪くはなかった。

 むしろすっきりして、体が軽い気がした。

「……最高だ」

 小さく笑えば、ウィンテールは怪訝そうな顔をした。

「……お主は痛めつけられて喜ぶタイプの人間なのかの?」

「は? 違う。体が軽い気がして、気分は最高だと言ったんだ」

「……そうなのかの?」

「私も実は前々から、サラはドМなのではないかと思っていたよ」

 アルグランドが横になっているサラのそばにのそっと寄ってきた。

「何だよ、それ――って……アル!?」

「何だ?」

 サラがアルグランドの姿を目にして、驚きすぎて体を跳ね起こした。

 なんと、アルグランドの体毛がもっさりとしていたのだ。

 ふわふわの毛の量が異常に増えすぎて、アルグランドの体自体が一つの毛玉のようになってしまっている。

「アルが丸い! 一体どういうことだ!?」

 その姿を見たウィンテールが噴き出して腹を抱えて笑い出した。

「力が増大したんじゃろうな!」

「これ、元に戻らないのか?」とサラがアルグランドのモフモフ過ぎる頭をなでる。

「私はそんなにもおかしいのか?」

「ぷぷ……かなりのう……ぷっ」とウィンテールが涙をぬぐう。

「おい、あんた笑いすぎだろ」

 サラがムッとしていれば、「すまん、すまん」とウィンテールは息を整えた。

「アルグランドよ、自身で自身の力のコントロールをすればよい。そうすれば自身の姿など自在じゃろう?」

「そうなのか」

 サラはアルグランドをじっと見つめる。

「では、やってみよう」

 こくんと頷くアルグランドは、すっと目を閉じた。

 しばらくするとアルグランドの体がほんのりと光り出す。

 ざあ、と姿がみるみる変わってゆき、もっさりとしていた毛が整い、艶のある白銀の毛並みは以前よりも美しくなった。

 疲れの見えていた顔も、若々しく凛々しく。

 引き締まった筋肉は体の曲線美を際立たせた。

「これでどうだ?」

 纏う雰囲気が神々しくなった自分の精霊に、サラは息を呑んだ。

「アル……いい感じだ」

「そうか」

「これからもよろくな」

「ああ、よろしく頼む」

「我も忘れるでないぞ! 我はこれからも友達じゃ! よろしく頼むぞ!」

「はいはい。わかってるって」

「我に対しては適当じゃな!」

「そんなことはない」

 サラはウィンテールをまっすぐ見つめる。

「な、何じゃ?」

「ありがとう」

 お礼を言ったら、ウィンテールは目をぱちくりと瞬かせた。

 何か変なことを言っただろうか?

「お主、きちんと感謝できるんじゃな」

「失礼だな」

「いや、感謝することはいいことじゃ。全てのことに感謝をするという心持ちでいることが何よりも大切なことじゃからな」

 ふわりと笑うウィンテールに、サラはあることを考えていた。

「……そうだな。じゃあ、私はアンジェリカのところへ行ってくる。彼女にはいろいろと世話になったからな」

 戻ったらまた踊りや歌漬けになるのかもしれない、という考えがよぎって一瞬ぞっとしたが、光脈が開通したことを伝えれば、回避できるかもしれない。

 使い方はいまいち分かっていないが、まあ、それはどうにかなるだろう。

「そういえばお主に触れて思ったが」

「何だ?」

 サラが窓から出ようとするとウィンテールに声をかけられた。

「お主は精霊に愛された子――光の愛娘じゃな」

「それはどういう意味だ?」

「……いや、何も聞いておらぬのなら気にしなくてよい」

 首を傾げるが、「気にするな。じゃあの!」と背中を強引に押されて、サラは窓から落ちた。
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