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王都編
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しおりを挟む一見すると街全体が一つの大きな城のように見えるが、すべての建物が繋がっているわけではない。
緻密な設計の元、一つの街を形成している。
静謐で、厳か。
それでいて、煌びやかな装飾品で飾られた、白く輝く都市。
王都――ルクセント。
一際目立つ宮殿の王の執務室に、サラは両脇にいる王族に跪くように抑えられていた。
「……いい加減離せ」
「黙りなさい」
ギャグか、と思わせるほどの丸メガネをかけた王族騎士が、冷めた目線でこちらを見下ろしている。
しかもその王族騎士の髪の毛がきっちりと切りそろえられていて、まるでキノコみたいだった。
見た目と冷めた目線とのギャップがありすぎて、この場でなかったら笑っていただろう。
「……チッ」
舌打ちするサラに、反対側で立っていた王族が前髪を掻き上げながら、ため息をついた。
「舌打ちするなんて! なんて下品な女なんだ! 僕のマリアとは大違いだね! マリアの爪の垢でも飲ませてやりたいよ!」
再び前髪を掻き上げる。
そして窓に映った自分を確認して前髪を整え始めた。
だったら掻き上げるな。というかナルシストか、こいつ。
「というかどうしてマリオン様はこの一般騎士を連れて行けだなんて言ったんだい?」
「……ルドルフ君、それはこれからわかることでしょう。というか、毎回格好をつけて、その前髪をわざわざ掻き上げる仕草なんてしないでくれますか? 目ざわりなんですけど。邪魔ならいっその事僕みたいに目にかからないようにすればいいでしょう」
丸メガネをくいくいっと上げながら、キノコ王族騎士が確信を突くようにナルシスト王族騎士――ルドルフに注意する。
「な、何を言っているんだい!? イグニードは全くわかっていないね!」
「……はい?」
「僕の魅力を200%引き出すには、常に前髪を美しく掻き上げる必要があるんだよ!」
そう言いながら、何度も前髪を掻き上げる。
「わかったかい!? ダサメガネ君!」
執拗までに何度も何度も。
そして掻き上げ終わったかと思えば、窓を鏡代わりに前髪を調節する。
それを横目に、イグニードのルドルフを見る目は白い。
「わかりません」
「何だって!?」
その会話を聞いていたサラは正直呆れていた。
この生産性のない阿保な会話は一体何なんだ。
会話に気品が無く、低俗すぎる。
阿保そうなこいつらは、本当に王族なのだろうか、とサラが眉根を寄せていたら。
「静かにせんか」
真っ白な団服を身に纏った王――グライデンがゆっくりと部屋に入ってきた。
その後ろをマリオンが付き添っている。
部屋の中のふざけていた空気が一瞬にして厳粛さを纏った。一瞬にして空気を変えてしまう王の威厳にサラは生唾を呑み込んだ。
「ルドルフ、イグニードよ、ご苦労だったな。暫くの間、席を外してくれないか」
「「はいっ」」
ルドルフとイグニードはちらりとサラへ視線を向けたが、押さえつけていた手を離してその部屋から退出した。
グライデンはしばらく窓の外を憂いを帯びた瞳で眺めていた。
天井まで届くほどの大きな窓の外には、一体何が見えるのだろう。
そんなことを考えながら、サラは「どうして私はここへ連れて来られたんだ」と最も疑問に思っていることを聞こうと口を開きかける。
けれど沈黙していたグライデンが大きなため息をつきながら、こちらを振り返ったその表情を見て、サラは閉口した。グライデンの表情があまりにも悲し気だったのだ。
「エスティレーナの娘というのは本当なのか? お前の名は?」
その表情とは裏腹に声音は鋭かった。
サラはゆっくりと立ち上がる。
「私はサラ。確かに私の母の名はエスティレーナだ。だが、それと王族と何が関係あるんだ?」
グライデンはもう一度深いため息をついて、感情を押し殺すように言葉を発した。
「かつて、三人の姫がいた。一人目は冷静沈着、二人目はおてんば、三人目は怖がり。彼女たちはすくすくと育ち、やがて立派な祈祷師へとなった。だがある日、二人目のおてんば姫が突然姿を消した。私たちはスカルに連れて行かれたのではないかと思って、必死になって探した。だが」
はあ、と何度目かのため息をこぼした。
口がわなわな震えている。
それから、何か込み上げるものを呑み込むように、ゆっくりと目を閉じた。
「数年かけてやっと見つけた時、彼女はすでに遺体となっていた。亡くなった彼女の名前こそが、エスティレーナ。つまりお前の母親だ」
「……娘がいたとはな」とグライデンが感慨深くぼそりと呟く。
衝撃的な事実だったが、サラには全くピンとこなかった。
私が王族だと? そんな馬鹿な。
「……私の母は確かにエスティレーナだが、同一人物という根拠は?」
私が王族の血を引いているわけがないのだ。
たまたま母親の名前が同じ名前なのではないのか。
この世界で同じ名前の人間がいてもおかしくはないのだから。
サラが王族説よりも、もはや母親の名前一緒説の可能性にかけたい。
けれどどうして、あの時にマリオンの口から母の名前が出てきたのだろう。
ふと疑問に思っていれば、マリオンはそんなサラの疑問を潰し、王族ではないという希望を打ち砕く。
「根拠なんてあなたの背中を見れば一発よ」
ゆっくりとマリオンがサラを指さす。
「王族にしかないイレズミが、あなたの背に入っていたの。ウィンテールの血を引く、光のイレズミが」
「……ウィンテールの、血?」
マリオンは「そうよ」と頷く。
「騎士になっていたなんてね。騎士養成学校の入学で精石を入れるときには、恐らく背にはあまり浮き出ていなかったのでしょう。だからわからなかったと思われるわ。背のイレズミがはっきり表れるのは、年齢と性別によって個人差があるから。でも大人になればなるほどはっきり表れる」
「……そのイレズミが私の背にあった、と」
マリオンが頷く。
「これではっきりしたわ。南都市の聖域の浄化の痕跡はあなただったのね。通りで一般騎士にしては浄化能力が高いと思ったのよ。王族なら納得できるわ」
「……」
サラは押し黙った。
光の力が他の一般騎士よりも強いのは、王族だからなのだろうか。そもそも関係あるのだろうか。
眉間に皴を寄せたサラに、グライデンがゴホン、と咳払いした。
「王族はみなが親族であるため、顔はすべて把握している。それなのにお前の顔は見た事がなかった。王族特有のイレズミが入っているということは、お前は王族ということだ。つまり、消えた我が娘の子どもと断定できる」
「……私は、あんたの孫?」
グライデンの言葉に、サラは理解できないという表情を浮かべた。
真実なのかもしれないが急にそんなことを言われてもわけがわからないし、納得したくない。
正直今のままでいい。
「そうね。そして、私はエスティの姉。あなたのおばに当たるわ」
「……」
「ということだ。これからは、お前は王族として、そして騎士ではなく、祈祷師として生きてもらう」
「……は?」
「急かもしれないが、これは決まりだ。王族の女は祈祷師、男は騎士として生きると決まっているのだ」
恐ろしい王族の決まりごとに、サラは背筋を凍らせた。
それは駄目だ。王族として生きることに縛られてしまうなど、あってはならない。
祈祷師は祈りを捧げるために各地を訪問する。
けれどその場所はすべて決められている。
それ以外の場所には行けないのだ。
それでは自由に姉を探しに行くことができないし、血のにじむ努力をし、騎士になった意味がない。
「私は騎士だ!」
それだけははっきり言える。
祈祷師として生きるなど言語道断。姉を救うと誓ったのだ。なぜ、途中で諦めなければならないのだ。
騎士であることを譲ろうとしないサラにグライデンは顔を強張らせたが、「仕方ない」とため息をつく。
「王族としての自覚を持つまで、外には出さない」
「は!?」
「ルドルフ、イグニード、彼女を別室で監禁しろ!」
グライデンの張り上げられた声に反応するように扉が開き、ルドルフとイグニードがぱたぱたと入ってくる。
「来なさい」
「君はこちらで監禁だ」
「おい! やめろ! 離せ!」
サラは抵抗虚しく両腕を拘束されて、引きずられるようにして執務室を退出していった。
✯✯✯
何とも言えない表情で眺めていたマリオンが小さなため息をつく。
「お父様、もっと正直になられてはどうですか?」
「どういう意味だ……? これでいいのだ」
「そう、ですか……」
淡々としているグライデンの横顔は憂いを帯びていたが、マリオンは気づかないふりをした。
影を探しているのは自分も同じか、とマリオンは深いため息をつく。
「彼女に王族としての教育を」
「……わかりました」
かつて小さな手を握っていた自身の手から、マリオンは視線を逸らした。
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