91 / 201
北都市編 後編
9
しおりを挟むウィルソンは「外に行って頭冷やしてくる」と一人研究所を出て行った。
研究所内は騒然としていて、モリスは気にする素振りもなくエクサイトを連れて姿を消した。
けれど一人だけモリスについて行かずに、サラの方へ歩いてきた少女がいた。
「あの……」
「何だ?」
ウィルソンにデイジーと呼ばれていた少女だ。癖のある髪の毛に、愛嬌のある瞳。どことなくウィルソンと似ていると思った。
「私は、先ほどの人とどのような関係だったのでしょうか? 知り合いだったのでしょうか?」
おずおずと聞いてくる少女は、先ほどウィルソンに問い詰められていたのを気にしているようだった。
「さあ? 私が知るハズがないだろ。なぜ私に聞くんだ?」
「先ほどの人と会話をしていたので、もしかしたら何か知っているのではないかと思ったのです。ただ、それだけです」
「……私は何も知らないぞ」
「そう……ですか」
少女の表情に影が落ちる。
モリスがエクサイトとなった者は精霊に体も精神も委ねていると言っていた。
そして、元の人間の記憶がないとも。
では、その元の人間は一体どこへ行ったのだろうか。
もはや元の人間はこの世にはいないということなのだろうか。
それに落ち込んでいるのは精霊の方なのだろうが、なぜ落ち込む必要があるのだろう。
精霊とウィルソンは恐らく関係ないはずなのに。
ということは、元の人間がもしかしてどこかに存在しているということなのだろうか。
それとも体に沁み込んだ記憶が、彼女を落ち込ませているのだろうか。
そもそもの精霊の性格なのだろうか。そう言ってしまえばそれで方は付くが。
「……」
まあ、私がいくら考えたとしてもどうすることもできないのが現状だ。
でも、ウィルソン自身のことや、このエクサイトたちのことが少しでも分かれば、姉さんを助ける別の方法が何か思い浮かぶかもしれない。
あの研究員……確かアビーとか言ったな。聞いてみるか。答えてくれるかは、知らないが。
「シンディ」
吹き抜け廊下の三階辺りから、少女を呼ぶモリスの声が響いた。
「……呼ばれたので、失礼します」
「あ、おい」
サラは咄嗟に自分の口から出た言葉にはっと口を噤む。
引き留める気なんてなかったのに、なぜか引き留めてしまった。
それに声をかける言葉を何か考えていたわけでもない。
「はい」
不思議そうにこちらを見るシンディに、サラは少しだけばつが悪そうに視線を逸らす。
「もし……気になるんだったら、自分で確認したらどうだ?」
もしそれが、お互いに傷つくことになったとしても。
何も知らないよりはいいんじゃないのだろうか。
大切なモノをさらに失ってしまう前に。
「……そう、ですね」
表情が硬くなったシンディはぺこり、と頭を下げてぱたぱたと床を駆けて行った。
サラはシンディの立ち去った後、暫くその場を眺めていたが、頭を振って歩き出す。
私が気にかけていても仕方ない。それよりも、エクサイトについてだ。
サラはアビーを探し、研究施設内を歩き回る。
しかし、先ほどまでフロアAにいたのに、彼女を見つけることができないのだ。
おい、一体どこに行ったんだよ……。
深いため息をつき窓の外をなんとなしに眺めた。
するとふと、サラは何かを見つけて立ち止まった。窓の向こう側に別棟らしきものが見えるのだ。
この施設は巨大な建築物で、その構造としての建物は一つだと思っていたが、どうやら違うらしい。
「……あれは」
一回り小さく、木々と雪に覆われた白い建物。
周りからひっそりと隠されるように存在している。別棟は渡り廊下で繋がっているようで、もしかしたらそこにアビーがいるのかもしれない。
サラは別棟の入り口を探すべく一階へ降りて行こうとしたら。
ドオオオオオン。
爆音と激しい揺れが研究施設を襲った。
「なんだ?」
吹き抜けから爆発の方を見てみれば、ロックされていた扉が大破しており、そこからあふれ出てくるように黒煙がもくもくと上がっている。
あそこは……確か。
まさか、と記憶を手繰り寄せようとすると。嫌な予感を的中させるように、非常ベルがジリリリリ、と鳴り響いた。
「おい、あの研究室は……!」
「もしかして模擬異界が爆発したのか!?」
「状況を確認しに行くぞ!」
付近にいた研究員が慌てて黒煙の中へ勇敢にも入ろうとすると、黒煙の中から誰かが悠々と姿を見せた。
「ヤッホー! ここが命の木かイ? 手伝いに来たゼ! イエア!」
あいつ……! 何でここに……!
変なラップ調で話す、アフロヘアの男。そう、現れたのは闇の使者――ライヴンだった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
チートな幼女に転生しました。【本編完結済み】
Nau
恋愛
道路に飛び出した子供を庇って死んだ北野優子。
でもその庇った子が結構すごい女神が転生した姿だった?!
感謝を込めて別世界で転生することに!
めちゃくちゃ感謝されて…出来上がった新しい私もしかして規格外?
しかも学園に通うことになって行ってみたら、女嫌いの公爵家嫡男に気に入られて?!
どうなる?私の人生!
※R15は保険です。
※しれっと改正することがあります。
【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。
曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」
「分かったわ」
「えっ……」
男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。
毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。
裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。
何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……?
★小説家になろう様で先行更新中
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。
夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。
陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。
「お父様!助けてください!
私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません!
お父様ッ!!!!!」
ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。
ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。
しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…?
娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。
夢草 蝶
恋愛
侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。
そのため、当然婚約者もいない。
なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。
差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。
すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる