道化の世界探索記

黒石廉

文字の大きさ
上 下
140 / 148
第3部3章 フォール・イントゥ……

131 サーチアンドデストロイ1:ケンタウロス

しおりを挟む
 第2層でタダミたちが破壊した培養装置のようなものが第3層でも見つかり、こちらも無事に破壊された。
 今回破壊された培養装置の中には街を襲った巨大おたまじゃくしと同じ姿のものを培養しているものもあった。
 全ての培養装置を破壊しおえたかどうかはわからないが、今後の街の危険は少し減ったことになる。
 多数の口と触手をもつ黒い獣の培養装置はまだ見つかっていない。

 「で、毎回、俺たちが真っ先に投入されるのはなぜだよ。俺たちはそんなに歌がうまいカナリアちゃんなの?」
 螺旋らせん階段を下りながら愚痴る俺にタダミが笑う。

 「歌のうまさなら俺だろ」
 全員がタダミをにらむ。タダミは気にせず、あるいは気づかずに続ける。

 「お前らは生存能力が異様に高いんだよ。知ってるか? 熟練組で結成当初から面子が誰も欠けていないパーティーってお前らだけらしいぜ」
 命を大事にというのがうちのパーティーの方針だが、どこだって似たようなものだろう。
 それでも長くやっていれば、不慮の事故は起こる。
 やはり俺は運が良いらしい。

 今回から初見の場所の偵察については、熟練隊同士で組ませることになった。
 ここで出会う危険は熟練だろうと経験が浅かろうと初見のものばかりである。それでも、熟練隊のほうが動きもよく、被害も少なかった。
 敵を知り、己を知ればとかいう故事成語があったはずだけど、熟練者は少なくとも経験の浅い隊よりも己を知っているから対処できるものが多いのかもしれない。

 踊り場と扉が見えてくる。
 剣と魔法の世界には不似合いな金属の扉にももう慣れた。
 第4層にたどり着いたようだ。
 扉の前で全員が待機する。

 タダミがジェスチャーで開けろと告げる。
 俺は慎重に扉を開ける。他の者たちは扉の先から死角になるように隠れている。

 仄暗い赤い灯りの下、奥でゆらゆらとゆれる4つの影が見える。

 「ケンタウロス。先制攻撃をしかけましょう」
 タダミ隊の長弓使いハナコさんが小声で提案する。
 タダミは無言でうなずく。やつが手をあげると、それにあわせて皆、飛び道具を準備する。ミカ、チュウジ、俺、それに合図を出したタダミは相手が突進してきた時に対処する役目だ。前衛で武器を構えて待つ。

 ケンタウロス、神話でおなじみの想像上の生き物の名を向こうでかすかにゆれるあいつらにつけたのは探索家の1人だ。
 3層で発見されたこいつは、シルエットだけみると半人半馬の生物に見える。
 ただし、目を凝らしてみると、2層で会った「黒目」にも負けないくらいにおぞましい代物である。

 この怪物は2体の人間の体をばらばらにし、それをパーツとして組み合わせるようにしてできている。
 仰向けになった人間の体の肩と太ももの部分からはそれぞれ人間の足が2対、つまり四足獣のごとく4本生えている。
 胴体の先端から生えるもう1体の胴体がこちらを向く。
 その胴体の両肩と脇腹からは武器や盾を構えた4本の腕が生えている。
 肩の上に乗った2つの頭は金属で補強されている。兜のように見えるが、これは直接肌に埋め込まれるようにして装着されている。
 金属で覆った顔がゆっくりとこちらを向く。
 顔を覆う金属片をこするような金切り声で8つの頭が次々と叫びだす。

 「射てっ!」
 金切り声を打ち消すようなタダミの号令。
 号令とともに放たれる無数の矢をあるものは盾で受け、武器で払い、かいくぐり、当たってもひるむことなく、こちらに突進してくる。
 人間および大抵の生物は怯むタダミの雄叫びもこいつらには効果がない。

 人間の足を4本つけたって走るのは速くなったりしない。
 それなのにケンタウロスが4つ足なのは、バランスをとるため、そして、相手に嫌悪感と恐怖を与えるためなのだろう。
 チェーンソーで人間を斬り殺して加工する殺人鬼が泣いて喜びそうな悪夢の産物と正面から1対1で戦うのは愚策だ。

 4本の腕がこちらの攻撃はいなされ、受け止められる。
 4本の腕がこちらの防御を崩し、斬りつけてくる。
 
 俺は右に飛ぶ。
 弓から近接武器に持ち替えた者が後ろからカバーに入る。

 4本の手をつけ、それぞれに武器や盾をもたせた代償として、ケンタウロスはバランスが悪い。
 それを支えるのがもう1つの胴体とそこについた4つの足だ。

 俺は叫びながら、ケンタウロスの上をむいたヘソのあたりに金砕棒を叩き込む。
 胴体がくの字、いやV字に曲がる。
 ケンタウロスが振り返る前に俺はそのまま胴体に飛び乗り、短剣を抜く。

 腕が4つあろうと、人間の腕はそんなに器用に後ろに動かせない。
 ケンタウロスが手にした武器を孫の手でも使うように後ろにまわしてくるが、鎧に身を固めた俺にそんな攻撃は無意味だ。
 かつかつと頭や肩に当たるケンタウロスのナタを無視して、短剣を首や腕の付け根に差し込んでいく。

 ケンタウロスの体から力が抜けていく。
 見ると、他のケンタウロスも沈黙していた。

 「やっぱ、お前ら強いなぁ」
 俺は素直にタダミを褒める。
 彼らと一緒に戦っていると不安を感じることがない。
 でも、うるさい。
 タダミが口を開く前にいつものように「蚊の鳴くような声でな」と念押しする。
 あいつの出身地の蚊はさぞかしうるさいのだろう。俺はやつを褒めたことを後悔しはじめる。

 「ケンタウロスの盾、欲しいやついるか?」
 そんな声が聞こえてくる。
 彼らの武器は粗悪なものだが、どういうわけか盾だけは変わった良いものを装備している。
 機動隊が持っていそうな透明の大きな盾は丈夫だし、とても軽い。
 当然、これも貴重な遺物だが、逆さ塔の探索で必要な場合は持ち帰った者が独占的に使用できるように制度が変わった。
 今ではケンタウロスと戦って生き残ったパーティーはたいていこちらの盾を装備している。
 うちでもミカとサチさん、たまにサゴさんがこの盾を使っている。
 軽量なのでこれまで盾を持っていなかったサチさんも重宝しているようだ。

 残った盾は前線基地で納めて謝金をもらう。
 ケンタウロスは気味が悪いし、戦いやすい相手でもないが勝った後の実入りは悪くない。

 第4層は大きな広間がいくつか続いていた。
 広間と広間をつなぐ通路では誰にも遭遇しなかったが、広間毎に数体のケンタウロスに遭遇した。
 負傷者は出たものの、治せないレベルの怪我を負うところまでいかず順調に進んだ。

 6つ目の、おそらく再び大広間に続く扉を開ける。
 大広間の向こうにいる怪物はケンタウロスをさらにおぞましくした代物であった。

 最初から素早く移動することを想定していないであろうそれは無数の手足と頭をでたらめにつけたような肉塊であった。
 肉塊が無数についた手足をぐちゃぐちゃと動かしながらじりじりと這い寄ってくる。

 あまりのおぞましさに動けない。
 そんな状況下で能天気な大声が響き渡る。
 
 「知識獲得カクトクしてやることが命への冒涜ボウトク
 誰得ダレトク悪徳アクトク隠匿イントクしとけ、てめぇの記憶キオクの中に!
 解き放つのが功徳クドク、斬り刻むさナマスのごとく!」

 タダミが気分良さそうにまた下手くそなラップをやっている。

 「さぁ、いつも通りだ。何ビビってんだ? 射て、切れ、潰せ!」
 タダミの掛け声で俺たちの体は動くようになる。

 俺は前方に立って構えると、叫ぶ。

 「よっしゃ! タダミや俺のケツに当てさえしなけりゃ、どこ射っても当たるぞ! ボーナスタイムだ!」

 「クソラッパー射ってもボーナス出ないのかよ?」
 誰かが笑う。

 「俺に当てたら、寝てる時に耳元で子守唄歌ってやるからな!」

 うごめく肉塊に向かって矢がひゅうひゅうと飛んでいく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

おっさん聖女!目指せ夢のスローライフ〜聖女召喚のミスで一緒に来たおっさんが更なるミスで本当の聖女になってしまった

ありあんと
ファンタジー
アラサー社会人、時田時夫は会社からアパートに帰る途中、女子高生が聖女として召喚されるのに巻き込まれて異世界に来てしまった。 そして、女神の更なるミスで、聖女の力は時夫の方に付与された。 そんな事とは知らずに時夫を不要なものと追い出す王室と神殿。 そんな時夫を匿ってくれたのは女神の依代となる美人女神官ルミィであった。 帰りたいと願う時夫に女神がチート能力を授けてくれるというので、色々有耶無耶になりつつ時夫は異世界に残留することに。 活躍したいけど、目立ち過ぎるのは危険だし、でもカリスマとして持て囃されたいし、のんびりと過ごしたいけど、ゆくゆくは日本に帰らないといけない。でも、この世界の人たちと別れたく無い。そんな時夫の冒険譚。 ハッピーエンドの予定。 なろう、カクヨムでも掲載

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

処理中です...