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第3部2章 饗宴あるいは狂宴
125 一変する景色、市街戦
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街は普段よりも静かだった。
幸運の星の下に生まれた人々はこの場所を去ったからだ。
でも、世の中の全ての人が幸運ではない。
幸運というのは不運という対義語があってこそ成り立つものだ。
ここで幸運という言葉が使用できるということは、不運があったからこそだ。
街は普段よりも静かだったが、決してゴーストタウンになったわけではなかった。
普段より人通りははるかに少なかったのは確かだ。
それでも市場には露天商が並び、人々は買い物をしていた。
それでも酒や軽食を楽しむ人々がいた。
道端で石を蹴って遊ぶ子どもたちがいた。
俺は英雄になれない。
かといって大義のために非情になれる反英雄にもなれない。
どこまでも小心者の凡人だ。
ゾンビ映画で人々が喰い殺されているのをポテトチップスばりばりかじりながら見る一方で、犬や子どもが傷つく場面でこっそり目元をぬぐう普通の人。それが俺だ。
そのうえ小心者のくせして調子にのってかっこうつけようとするところがある。
やめればいいのに女の子の前でかっこうつけた。
「ミカさん、サチさん、そこのクソガキどもを連れて宿まで退却して。あそこまでいけばウマもある。逃げられるかもしれない」
俺は指示を出す。
ぶんぶんと首を横にふるミカの肩をぽんぽんと叩いてから、「頼むね」とだけ声をかける。以前、頭を触ったら、「子ども扱いされてるみたいでイヤ」と怒られて以来、こんな形になった。
サチさんには「ごめん、あれ借りるわ」と言って、すでにご自慢の「魔剣」を構える呪いの人形を指差す。
「サゴさんとチュウジは俺と一緒に死ぬ気で踏ん張ろうぜ!」
「踏ん張るのはかまわんが、また漏らすなよ、貴様」「やだやだ、君は本当に嫌なやつです。彼女の前でかっこうつけたがるクソガキですよ……あとでお前、五厘刈りな」
ミカとサチさんは子どもたちを連れて、宿に向かった。
ここである程度時間を稼ぎながら、俺たちも撤退する。
「死亡フラグばりばりの中二病まるだしのセリフは考えたか? 化け物にみじめたらしく喰われるときの悲鳴と断末魔のセリフもばっちり準備
O.K.?」
「私、帰ったら……カツラ買おうと思うんです」
サゴさんは他人の笑いには厳しいが、相変わらず致命的に寒い。
「生還したら、指輪を買う! そしてパーティーだ!」
チュウジはばっちりと死亡フラグを建ててくれる。
「帰ったら、俺、結婚するんだ」
死亡フラグのお約束で俺は〆る。
いまだ、童帝だけどな。
「よし死ね、童帝!」「つまらないんですよ、ハゲ!」
仲間から温かい励ましの言葉が飛ぶ。
俺たちは武器を構える。
「俺たちの戦いはこれからだ!」
「貴様の人生打ち切りエンドだな」「つまらないんですよ、ハゲ!」
左右で武器を構える仲間のやる気も十分だ。
迫ってくる黒い獣は前脚をチュウジに切られてつんのめる。
すかさず金砕棒がぐしゃりとつぶす。
羽つきのおたまじゃくしが4つの足をまだ手足の動かし方に慣れていない子犬のように不器用に動かしながら、逃げてきた市民の男性に飛び付こうとする。
大きく開いた怪物の口を長柄についた半月の刃がさらに広げる。
遣い手の踏み込みに応じて長柄の得物の反対側にもしつらえられた鋭い刃が飛んでいく。
ゆらめく触手を数本まとめて飛ばした刃は黒い獣のかちかちとなる口を黙らせる。
踏み込んだサゴさんが別の黒い獣に噛みつかれる。
噛みついたやつを叩き潰す。
別の一体が至近距離に迫る。
歯ぎしりする口に篭手の一撃をねじ込んでやる。
折れた歯が飛び散り、バシネットにかちかちと当たる。
大剣をふりかぶりながら飛び込んできたチュウジがあたりの敵をなぎはらう。
数体倒したら、1ブロック分下がる。
怪物は共食いや死肉あさりをするので、味方や市民を誘導しながらでもなんとか後退できる。
あそこの飯屋は何を食っても美味かった。量がちょっと少なめなのが玉に瑕だったな。
向かいの店のばあさんはサゴさんいわく酒造りの名人だった。
ああ、あそこは二度と行かねぇと思った店じゃないか。
繁盛していた店も閑古鳥が鳴いていた店もどれもこれも今は無人だ。
別のブロックを通って撤退してきたらしい味方と合流する。
味方を少しずつ増やし、味方を少しずつ減らしながら、俺たちは撤退し続ける。
緊張感には温度があるのだろうか。それとも、この怪物どもは瘴気でもまき散らしているのだろうか。
肺にひりつくような痛みを感じる。
息がしづらい。
戦う。
市民を援護する。
1ブロック後退する。
戦う。
市民を援護する。
半ブロックで追いつかれる。
市民や味方に犠牲を出しながらなんとか切抜ける。
〈市民全員を逃がすだけのウマはないし、逃げたところでどうなるのだろう〉
〈戦えない者を置いて逃げようとか言ってもミカは反発しそうだしなぁ〉
〈何をしても結局追いつかれて喰われるだけなんじゃないかなぁ〉
嫌なことばかりが頭に思い浮かぶ。
再び1ブロック後退する。
向こうから懐かしい言葉が聞こえてくる。
ウシの臭い、革の臭い、血の臭い、そして草原の匂い。
異なる響きで紡がれる言葉が記憶の中の嗅覚を刺激する。
「邪悪で醜悪な化け物どもよ。何も生み出さず、何一つ利用価値もなく、ただ名誉も生への渇望もなく殺し続けるものどもよ。我らがおまえらの存在をすべて消し去ってやろう」
鬨の声とともに、槍と大盾で武装した筋骨隆々の戦士たちがなだれ込んでくる。
その中には先に後退してもらったミカとサチさんの姿もあった。
「あたしたちは味方! ソとオークの連合軍が未来の友人の危機を救うべく、ここに見参!」
叫んだ小柄な女の子の尻を横にいた男がもみしだこうとして殴られている。
たくましい体に皺の多い人生経験の深そうな顔を乗せたその男は長弓から矢継ぎ早に数本の矢を放ち、その全てを怪物たちに命中させてから、突撃を命じた。
やはり俺は英雄になれないようだ。くそじじいが良いところを持っていきやがった。
幸運の星の下に生まれた人々はこの場所を去ったからだ。
でも、世の中の全ての人が幸運ではない。
幸運というのは不運という対義語があってこそ成り立つものだ。
ここで幸運という言葉が使用できるということは、不運があったからこそだ。
街は普段よりも静かだったが、決してゴーストタウンになったわけではなかった。
普段より人通りははるかに少なかったのは確かだ。
それでも市場には露天商が並び、人々は買い物をしていた。
それでも酒や軽食を楽しむ人々がいた。
道端で石を蹴って遊ぶ子どもたちがいた。
俺は英雄になれない。
かといって大義のために非情になれる反英雄にもなれない。
どこまでも小心者の凡人だ。
ゾンビ映画で人々が喰い殺されているのをポテトチップスばりばりかじりながら見る一方で、犬や子どもが傷つく場面でこっそり目元をぬぐう普通の人。それが俺だ。
そのうえ小心者のくせして調子にのってかっこうつけようとするところがある。
やめればいいのに女の子の前でかっこうつけた。
「ミカさん、サチさん、そこのクソガキどもを連れて宿まで退却して。あそこまでいけばウマもある。逃げられるかもしれない」
俺は指示を出す。
ぶんぶんと首を横にふるミカの肩をぽんぽんと叩いてから、「頼むね」とだけ声をかける。以前、頭を触ったら、「子ども扱いされてるみたいでイヤ」と怒られて以来、こんな形になった。
サチさんには「ごめん、あれ借りるわ」と言って、すでにご自慢の「魔剣」を構える呪いの人形を指差す。
「サゴさんとチュウジは俺と一緒に死ぬ気で踏ん張ろうぜ!」
「踏ん張るのはかまわんが、また漏らすなよ、貴様」「やだやだ、君は本当に嫌なやつです。彼女の前でかっこうつけたがるクソガキですよ……あとでお前、五厘刈りな」
ミカとサチさんは子どもたちを連れて、宿に向かった。
ここである程度時間を稼ぎながら、俺たちも撤退する。
「死亡フラグばりばりの中二病まるだしのセリフは考えたか? 化け物にみじめたらしく喰われるときの悲鳴と断末魔のセリフもばっちり準備
O.K.?」
「私、帰ったら……カツラ買おうと思うんです」
サゴさんは他人の笑いには厳しいが、相変わらず致命的に寒い。
「生還したら、指輪を買う! そしてパーティーだ!」
チュウジはばっちりと死亡フラグを建ててくれる。
「帰ったら、俺、結婚するんだ」
死亡フラグのお約束で俺は〆る。
いまだ、童帝だけどな。
「よし死ね、童帝!」「つまらないんですよ、ハゲ!」
仲間から温かい励ましの言葉が飛ぶ。
俺たちは武器を構える。
「俺たちの戦いはこれからだ!」
「貴様の人生打ち切りエンドだな」「つまらないんですよ、ハゲ!」
左右で武器を構える仲間のやる気も十分だ。
迫ってくる黒い獣は前脚をチュウジに切られてつんのめる。
すかさず金砕棒がぐしゃりとつぶす。
羽つきのおたまじゃくしが4つの足をまだ手足の動かし方に慣れていない子犬のように不器用に動かしながら、逃げてきた市民の男性に飛び付こうとする。
大きく開いた怪物の口を長柄についた半月の刃がさらに広げる。
遣い手の踏み込みに応じて長柄の得物の反対側にもしつらえられた鋭い刃が飛んでいく。
ゆらめく触手を数本まとめて飛ばした刃は黒い獣のかちかちとなる口を黙らせる。
踏み込んだサゴさんが別の黒い獣に噛みつかれる。
噛みついたやつを叩き潰す。
別の一体が至近距離に迫る。
歯ぎしりする口に篭手の一撃をねじ込んでやる。
折れた歯が飛び散り、バシネットにかちかちと当たる。
大剣をふりかぶりながら飛び込んできたチュウジがあたりの敵をなぎはらう。
数体倒したら、1ブロック分下がる。
怪物は共食いや死肉あさりをするので、味方や市民を誘導しながらでもなんとか後退できる。
あそこの飯屋は何を食っても美味かった。量がちょっと少なめなのが玉に瑕だったな。
向かいの店のばあさんはサゴさんいわく酒造りの名人だった。
ああ、あそこは二度と行かねぇと思った店じゃないか。
繁盛していた店も閑古鳥が鳴いていた店もどれもこれも今は無人だ。
別のブロックを通って撤退してきたらしい味方と合流する。
味方を少しずつ増やし、味方を少しずつ減らしながら、俺たちは撤退し続ける。
緊張感には温度があるのだろうか。それとも、この怪物どもは瘴気でもまき散らしているのだろうか。
肺にひりつくような痛みを感じる。
息がしづらい。
戦う。
市民を援護する。
1ブロック後退する。
戦う。
市民を援護する。
半ブロックで追いつかれる。
市民や味方に犠牲を出しながらなんとか切抜ける。
〈市民全員を逃がすだけのウマはないし、逃げたところでどうなるのだろう〉
〈戦えない者を置いて逃げようとか言ってもミカは反発しそうだしなぁ〉
〈何をしても結局追いつかれて喰われるだけなんじゃないかなぁ〉
嫌なことばかりが頭に思い浮かぶ。
再び1ブロック後退する。
向こうから懐かしい言葉が聞こえてくる。
ウシの臭い、革の臭い、血の臭い、そして草原の匂い。
異なる響きで紡がれる言葉が記憶の中の嗅覚を刺激する。
「邪悪で醜悪な化け物どもよ。何も生み出さず、何一つ利用価値もなく、ただ名誉も生への渇望もなく殺し続けるものどもよ。我らがおまえらの存在をすべて消し去ってやろう」
鬨の声とともに、槍と大盾で武装した筋骨隆々の戦士たちがなだれ込んでくる。
その中には先に後退してもらったミカとサチさんの姿もあった。
「あたしたちは味方! ソとオークの連合軍が未来の友人の危機を救うべく、ここに見参!」
叫んだ小柄な女の子の尻を横にいた男がもみしだこうとして殴られている。
たくましい体に皺の多い人生経験の深そうな顔を乗せたその男は長弓から矢継ぎ早に数本の矢を放ち、その全てを怪物たちに命中させてから、突撃を命じた。
やはり俺は英雄になれないようだ。くそじじいが良いところを持っていきやがった。
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