道化の世界探索記

黒石廉

文字の大きさ
上 下
134 / 148
第3部2章 饗宴あるいは狂宴

125 一変する景色、市街戦

しおりを挟む
 街は普段よりも静かだった。
 幸運の星の下に生まれた人々はこの場所を去ったからだ。
 でも、世の中の全ての人が幸運ではない。
 幸運というのは不運という対義語があってこそ成り立つものだ。
 ここで幸運という言葉が使用できるということは、不運があったからこそだ。

 街は普段よりも静かだったが、決してゴーストタウンになったわけではなかった。
 普段より人通りははるかに少なかったのは確かだ。
 それでも市場には露天商が並び、人々は買い物をしていた。
 それでも酒や軽食を楽しむ人々がいた。
 道端で石を蹴って遊ぶ子どもたちがいた。

 俺は英雄ヒーローになれない。
 かといって大義のために非情になれる反英雄ダークヒーローにもなれない。
 どこまでも小心者の凡人だ。
 ゾンビ映画で人々が喰い殺されているのをポテトチップスばりばりかじりながら見る一方で、犬や子どもが傷つく場面でこっそり目元をぬぐう普通の人。それが俺だ。
 そのうえ小心者のくせして調子にのってかっこうつけようとするところがある。

 やめればいいのに女の子の前でかっこうつけた。
 
 「ミカさん、サチさん、そこのクソガキどもを連れて宿まで退却して。あそこまでいけばウマもある。逃げられるかもしれない」
 俺は指示を出す。
 ぶんぶんと首を横にふるミカの肩をぽんぽんと叩いてから、「頼むね」とだけ声をかける。以前、頭を触ったら、「子ども扱いされてるみたいでイヤ」と怒られて以来、こんな形になった。
 サチさんには「ごめん、あれ借りるわ」と言って、すでにご自慢の「魔剣」を構える呪いの人形を指差す。

 「サゴさんとチュウジは俺と一緒に死ぬ気で踏ん張ろうぜ!」

 「踏ん張るのはかまわんが、また漏らすなよ、貴様」「やだやだ、君は本当に嫌なやつです。彼女の前でかっこうつけたがるクソガキですよ……あとでお前、五厘刈りな」

 ミカとサチさんは子どもたちを連れて、宿に向かった。
 ここである程度時間を稼ぎながら、俺たちも撤退する。

 「死亡フラグばりばりの中二病まるだしのかっこいいセリフは考えたか? 化け物にみじめたらしく喰われるときの悲鳴と断末魔のセリフもばっちり準備
O.K.?」

 「私、帰ったら……カツラ買おうと思うんです」
 サゴさんは他人の笑いには厳しいが、相変わらず致命的に寒い。

 「生還したら、指輪を買う! そしてパーティーだ!」
 チュウジはばっちりと死亡フラグを建ててくれる。

 「帰ったら、俺、結婚するんだ」
 死亡フラグのお約束で俺はしめる。
 いまだ、童帝だけどな。
 
 「よし死ね、童帝!」「つまらないんですよ、ハゲ!」
 仲間から温かい励ましの言葉が飛ぶ。

 俺たちは武器を構える。

 「俺たちの戦いはこれからだ!」
 
 「貴様の人生打ち切りエンドだな」「つまらないんですよ、ハゲ!」
 左右で武器を構える仲間のやる気も十分だ。

 迫ってくる黒い獣は前脚をチュウジに切られてつんのめる。
 すかさず金砕棒がぐしゃりとつぶす。

 羽つきのおたまじゃくしが4つの足をまだ手足の動かし方に慣れていない子犬のように不器用に動かしながら、逃げてきた市民の男性に飛び付こうとする。
 大きく開いた怪物の口を長柄についた半月の刃がさらに広げる。
 遣い手の踏み込みに応じて長柄の得物の反対側にもしつらえられた鋭い刃が飛んでいく。
 ゆらめく触手を数本まとめて飛ばした刃は黒い獣のかちかちとなる口を黙らせる。
 
 踏み込んだサゴさんが別の黒い獣に噛みつかれる。
 噛みついたやつを叩き潰す。
 別の一体が至近距離に迫る。
 歯ぎしりする口に篭手の一撃をねじ込んでやる。
 折れた歯が飛び散り、バシネットにかちかちと当たる。
 大剣をふりかぶりながら飛び込んできたチュウジがあたりの敵をなぎはらう。
 
 数体倒したら、1ブロック分下がる。
 怪物は共食いや死肉あさりをするので、味方や市民を誘導しながらでもなんとか後退できる。

 あそこの飯屋は何を食っても美味かった。量がちょっと少なめなのが玉にきずだったな。
 向かいの店のばあさんはサゴさんいわく酒造りの名人だった。
 ああ、あそこは二度と行かねぇと思った店じゃないか。
 繁盛していた店も閑古鳥が鳴いていた店もどれもこれも今は無人だ。
 
 別のブロックを通って撤退してきたらしい味方と合流する。
 味方を少しずつ増やし、味方を少しずつ減らしながら、俺たちは撤退し続ける。
 緊張感には温度があるのだろうか。それとも、この怪物どもは瘴気でもまき散らしているのだろうか。
 肺にひりつくような痛みを感じる。
 息がしづらい。

 戦う。
 市民を援護する。
 1ブロック後退する。
 戦う。
 市民を援護する。
 半ブロックで追いつかれる。
 市民や味方に犠牲を出しながらなんとか切抜ける。

 〈市民全員を逃がすだけのウマはないし、逃げたところでどうなるのだろう〉
 〈戦えない者を置いて逃げようとか言ってもミカは反発しそうだしなぁ〉
 〈何をしても結局追いつかれて喰われるだけなんじゃないかなぁ〉
 嫌なことばかりが頭に思い浮かぶ。 

 再び1ブロック後退する。

 向こうから懐かしい言葉が聞こえてくる。
 ウシの臭い、革の臭い、血の臭い、そして草原の匂い。
 異なる響きで紡がれる言葉が記憶の中の嗅覚を刺激する。

 「邪悪で醜悪な化け物どもよ。何も生み出さず、何一つ利用価値もなく、ただ名誉も生への渇望もなく殺し続けるものどもよ。我らがおまえらの存在をすべて消し去ってやろう」
 ときの声とともに、槍と大盾で武装した筋骨隆々の戦士たちがなだれ込んでくる。
 その中には先に後退してもらったミカとサチさんの姿もあった。

 「あたしたちは味方! ソとオークの連合軍が未来の友人の危機を救うべく、ここに見参!」
 叫んだ小柄な女の子の尻を横にいた男がもみしだこうとして殴られている。
 たくましい体に皺の多い人生経験の深そうな顔を乗せたその男は長弓から矢継ぎ早に数本の矢を放ち、その全てを怪物たちに命中させてから、突撃を命じた。

 やはり俺は英雄になれないようだ。くそじじいが良いところを持っていきやがった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

継母の心得

トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10〜第二部スタート ☆書籍化 11/22ノベル5巻、コミックス1巻刊行予定☆】 ※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロが苦手の方にもお読みいただけます。 山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。 治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。 不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!? 前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった! 突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。 オタクの知識を使って、子育て頑張ります!! 子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です! 番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。

【異世界ショップ】無双 ~廃絶直前の貴族からの成り上がり~

クロン
ファンタジー
転生したら貴族の長男だった。 ラッキーと思いきや、未開地の領地で貧乏生活。 下手すれば飢死するレベル……毎日食べることすら危ういほどだ。 幸いにも転生特典で地球の物を手に入れる力を得ているので、何とかするしかない! 「大変です! 魔物が大暴れしています! 兵士では歯が立ちません!」 「兵士の武器の質を向上させる!」 「まだ勝てません!」 「ならば兵士に薬物投与するしか」 「いけません! 他の案を!」 くっ、貴族には制約が多すぎる! 貴族の制約に縛られ悪戦苦闘しつつ、領地を開発していくのだ! 「薬物投与は貴族関係なく、人道的にどうかと思います」 「勝てば正義。死ななきゃ安い」 これは地球の物を駆使して、領内を発展させる物語である。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

男爵令嬢に転生したら実は悪役令嬢でした! 伯爵家の養女になったヒロインよりも悲惨な目にあっているのに断罪なんてお断りです

古里@10/25シーモア発売『王子に婚約
恋愛
「お前との婚約を破棄する」 クラウディアはイケメンの男から婚約破棄されてしまった…… クラウディアはその瞬間ハッとして目を覚ました。 ええええ! 何なのこの夢は? 正夢? でも、クラウディアは属国のしがない男爵令嬢なのよ。婚約破棄ってそれ以前にあんな凛々しいイケメンが婚約者なわけないじゃない! それ以前に、クラウディアは継母とその妹によって男爵家の中では虐められていて、メイドのような雑用をさせられていたのだ。こんな婚約者がいるわけない。 しかし、そのクラウディアの前に宗主国の帝国から貴族の子弟が通う学園に通うようにと指示が来てクラウディアの運命は大きく変わっていくのだ。果たして白馬の皇子様との断罪を阻止できるのか? ぜひともお楽しみ下さい。

sweet!!

仔犬
BL
バイトに趣味と毎日を楽しく過ごしすぎてる3人が超絶美形不良に溺愛されるお話です。 「バイトが楽しすぎる……」 「唯のせいで羞恥心がなくなっちゃって」 「……いや、俺が媚び売れるとでも思ってんの?」

【完結】討伐対象の魔王が可愛い幼子だったので魔界に残ってお世話します!〜力を搾取され続けた聖女は幼子魔王を溺愛し、やがて溺愛される〜

水都 ミナト
ファンタジー
不本意ながら聖女を務めていたアリエッタは、国王の勅命を受けて勇者と共に魔界に乗り込んだ。 そして対面した討伐対象である魔王は――とても可愛い幼子だった。 え?あの可愛い少年を倒せとおっしゃる? 無理無理!私には無理! 人間界では常人離れした力を利用され、搾取され続けてきたアリエッタは、魔王討伐の暁には国を出ることを考えていた。 え?じゃあ魔界に残っても一緒じゃない? 可愛い魔王様のお世話をして毎日幸せな日々を送るなんて最高では? というわけで、あっさり勇者一行を人間界に転移魔法で送り返し、厳重な結界を張ったアリエッタは、なんやかんやあって晴れて魔王ルイスの教育係を拝命する。 魔界を統べる王たるべく日々勉学に励み、幼いながらに威厳を保とうと頑張るルイスを愛でに愛でつつ、彼の家臣らと共にのんびり平和な魔界ライフを満喫するアリエッタ。 だがしかし、魔王は魔界の王。 人間とは比べ物にならない早さで成長し、成人を迎えるルイス。 徐々に少年から男の人へと成長するルイスに戸惑い、翻弄されつつも側で支え続けるアリエッタ。 確かな信頼関係を築きながらも変わりゆく二人の関係。 あれ、いつの間にか溺愛していたルイスから、溺愛され始めている…? ちょっと待って!この溺愛は想定外なのですが…! ぐんぐん成長するルイスに翻弄されたり、諦めの悪い勇者がアリエッタを取り戻すべく魔界に乗り込もうとしてきたり、アリエッタのウキウキ魔界生活は前途多難! ◇ほのぼの魔界生活となっております。 ◇創造神:作者によるファンタジー作品です。 ◇アリエッタの頭の中は割とうるさいです。一緒に騒いでください。 ◇小説家になろう様でも公開中 ◇第16回ファンタジー小説大賞で32位でした!ありがとうございました!

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

処理中です...