道化の世界探索記

黒石廉

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第3部1章 探索稼業

112 この指だって

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 地下1階が洞窟小人たちにとって神聖な場所だとすれば、その場で宗教儀式みたいなのをやっているやつらさえ排除すれば、その後しばらくの間はそうそう大人数でなだれ込んでくることはないのではないか。
 事前の情報とも照らし合わせ、家探しをするくらいの時間は安全だと判断した俺たちは、手早く、しかしながら、念入りに探索をすることにした。

 解剖台のある部屋の北側は実験の記録でも取る場所だったのだろうか。
 机と椅子、椅子には……。

 「人骨……」
 思わず腰が引けてしまう。嫌なんだよ。ホラーでもしっとり系のやつは怖いから。どうせなら、からっと明るく血がどばーのほうが景気よくてよいだろ。

 「にしては小さいよね……洞窟小人じゃない?」

 確かに頭蓋骨の形からして違う。
 これも古の再現とかなのだろう。こいつは「研究員」の模倣か。

 洞窟小人の骸骨の前の机の上には一冊の本が置かれている。
 印刷はところどころかすれているし、ページも破れているが朽ちてはいないのは奇跡か、それとも未来の技術ゆえか。
 
 あやとりをする手の向こうに太陽のようなものが書かれている表紙には、
 「きゃっつ……くれーどる?」
 と記してあった。著者名はかすれていて読めなかった。

 本を手に取ろうとすると、持ったはしから崩れていく。本が残っていた理由は未来の技術ではなく、奇跡の方だったらしい。

 「これは……持ち帰れませんね」
 横にはペンがあった。
 この世界の筆記具といえば、羽ペンぐらいしかなかったので、それなりに価値があるだろう。

 解剖台の南側の部屋はかつては物置だったようだ。
 棚があるだけで、中身はすべて持ち去られている。
 サゴさんがペットボトルキャップみたいなものをまたポーチにつめていた。

 東の奥は個人の研究室だったのか、書棚と机椅子が並ぶ部屋がいくつかあった。
 ペンを2本見つけ、サゴさんのキャップコレクションも増えた。

 研究室の北側はおりが並ぶ部屋だった。
 洞窟小人の猟犬の骨らしきものがいくつか並んでいた。
 散乱していないところを見ると、これも彼らの宗教的行為であったのだろう。
 価値のありそうなものは何も見つけることができなかった。

 何もなかった……。
 少し落ち込むが、努めてそれを顔に出さないようにする。

 「あとは解剖部屋と階段のある部屋くらいか」
 解剖部屋にあるのは、解剖係が持っていた武器くらいだ。

 薙刀っぽい武器の穂先として使われていた包丁のような刃物は金属製だが錆一つなく、なかなかの切れ味であった。
 長柄でも刀の柄のようなものでもよいので、何かしら柄をつけなおせば、良い武器となるのではないだろうか。

 「なぁ、チュウジよ。これ、両手持ちの剣の柄とか巻いたらさ、お前の好きそうな中2病大剣になりそうじゃね?」
 珍しくチュウジが無言でうなずく。
 黒い刃を持つ切れ味抜群の大剣をもつ剣士。
 そりゃ、中2心をくするぐるだろう。

 「他に使ってみたい人は?」
 ミカもサゴさんも首をふる。

 「そういうわけで、お前が持って帰れ」
 手切らないように布で巻いておけよと忠告して、でかい包丁はチュウジにまかせた。
 
 火炎放射器は1メートル弱の筒で手元には車のガソリンメーターのような燃料計がついていた。
 メーターの針は半分くらいを指している。

 「これはサチさんに持っていてもらおうか。燃料補充ができない以上、常用できるものではないし、だったら、俺たちの生命線が接敵されたときの奥の手として使うのが良さそうだ」

 最後にチェーンソー。
 おっかなびっくり調べてみたが、ホラー映画であるようなガソリン式で引っ張って起動するとか言うわけではないらしい。
 トリガーのようなものがあって、安全装置とおぼしきものを外してトリガーを引くと回転し始める。

 「これ、使いこなす自信のある人いる?」

 試しに聞いてみたが、誰も手をあげなかった。
 ホラー映画的にはマストアイテムと言ってもいい武器だし、結構金をかけた武器付きの義手を切り落とされるぐらいに強力なのだが……。
 遣い手の派手な自爆シーンを見せられた後にこいつを使う勇気はない。
 練習して使いこなせるようにしようにも、燃料補充がきかない動力式だと練習も気軽にできない。
 切り札でぶっつけ本番で使う勇気はない。
 嫌だよ、自爆して肉片となって飛び散ると最期とか。

 「じゃあ、持ち帰って換金だな」
 遺物として高く売れるだろう。

 「神様も一撃なんですけどねぇ」
 サゴさんがよくわからないことをつぶやいていた。
 神様が斬れるかどうかはしらないけど、ロマンのある武器ではある。
 それでも「血沸き肉踊る」が「(自分の)血撒き肉飛び散る」とかやっぱり嫌だわ。

 武器以外は何もなさそうだった。
 期待なんかしていなかったつもりだが、やはりどこかで期待していたんだな。
 ちょっと落ち込む。 

 階段のある部屋に移動しようとしたときのことだった。

 「きらりと光るは未来の通貨、キャップでしょうか?」
 サゴさんが訳のわからないことをつぶやきながら、部屋の隅に向かう。
 うわ、こんなところまで肉片飛び散っていますよと独り言を言っていたかと思うと、「おっ!」と声をあげる。

 振り返るとサゴさんは肉片つきの金属容器を持っていた。
 チェーンソー自爆で飛び散ったもののようだった。

 「読めそうで読めない言葉ですけど……もしかしたら、君が泣いて欲しがるものかもしれませんよ。いらなかったら、私が頭に使いますけどね」

 そう言いながら、見せてくれた金属の小箱の表面には”Textus pro Cellula Regenerationis”と書いてあった。
 「細胞《セル》」とか「再生《リジェネレーション》」によく似た単語が書いてある小箱をひっくり返すとと絵付きの説明書きがあった。
 
 皆で額を突き合わせて、覗き込む。
 なくした足に貼ると足が生えてきたり、禿頭に貼ると髪の毛が生えてきたりするシートが描かれている。

 「これでとうとうサゴさんの頭に……髪の毛が帰ってくるんですね!」
 興奮をごまかそうと俺はおどける。

 「阿呆なことを言っていると、本当に私が使いますよ」
 そういうサゴさんを俺は感極まって抱きしめる。
 ここは多分、ミカを抱きしめるところなのだろうけれど、なんか体が動いちゃったからしょうがない。
 彼女も許して生モノネタとして消費してくれることだろう。
 
 「キャップは役に立つでしょう」
 サゴさんの言葉に俺は心底同意した。

 ◆◆◆

 帰り道、俺たちは洞窟小人と再び鉢合わせとなり、追い立てられるように逃げ延びた。
 人数の多さでサチさんまで囲まれることになり、ここでさっき見つけたばかりの火炎放射器がさっそく役に立つことになった。

 妖かし鉱山から何とか脱出した俺たちは階段キャンプ場まで注意しながら戻る。
 ここまで来れば安全だ。
 絶対に落とさなそうなところに入れて、何度も何度も確認した金属の小箱を取り出す。
 もう一度、裏面のマンガチックな説明書きを眺めて、使い方を確認する。
 そして、金属の小箱に入っていたシートを俺の右腕の切断部分に貼る。
 包帯で軽くシートを貼った部分をおおい、その上から、小箱に同封されていたジェル状のものを塗る。
 
 「どうしようか? 別の生き物の手とか生えてきたら……」

 「そうしたら、見世物小屋に売ろうではないか? 元よりも高く売れるから貴様も嬉しいだろう?」
 俺を煽るのが趣味らしい中2病の呪いの人形がむかつくことをいう。
 焚き火の横で座るホラー映画の人気者の背後に回ったサチさんがげんこつをつくると、やつの両こめかみにあててぐりぐりと力をいれる。
 呪いの人形の形相がゆがむ。うわっ、気持ち悪いわ。

 「ふざけて良いときと悪い時があるでしょう! この! バカっ!」
 ああ、俺が腕をなくしたときに感じなくても良い責任を感じてしまっていたんだ、この子は。
 ごめん。悪かった。

 「あんたもさっと手を生やしなさい!」
 普段からは考えられない言葉遣いでサチさんが俺の胸もたたく。
 
 「と、おっしゃられても、そんな急にニョキニョキとは……ああ、でもなんか妙にむずむずするわ」
 サチさんの顔が泣き笑いのような変な顔になった。
 綺麗な顔をしているんだから、もったいない。
 ついでにいえば、呪いの人形なんかに熱をあげているのももったいない。
 まぁ、すでにウマに蹴られかけた俺としては人の恋路を邪魔するつもりはないけれどさ。

 「説明書きの数字に48みたいなことが書かれていたし、2日程は待たないといけないかもしれませんね」
 サゴさんが言う。
 食料もまだ十分にありますから、ここで2晩くらいはキャンプしていきましょう。
 彼の言葉に俺たちはしたがう。
 
 むずむずはずっと続いた。
 2日目の朝、再び幻肢痛というか幻肢かゆみが俺の右手に現われる。
 ものすごく痒くてたまらず、俺は左手でかきむしろうとする。

 痒いところをかこうとする俺の左手は常に空を切り、俺はどうしようもできない痒みにいらつく。
 はずだったが……今回は痒みの震源地に指が届いた。
 力を入れると、ぎこちなくだが、包帯の下で右手の指が動く。

 包帯を1人で解くのが怖いので、となりで寝ているミカのほおをいつも俺がやられているようにひっぱろうとする。
 包帯ごしの右手のほうはあまりうまくつかめなかったが、それでもなんとか左右のほっぺたをつかむとみょーんと左右に引っ張ってやる。
 しかし、女の子の肌というのは男のそれとつくりが違うのだろうか。
 すべすべしている。

 彼女が目を覚ます。
 「ひっぱらないでよぉ。もう、なに?」
 俺の顔をじっと見ると、くりくりとした目で左右を見ようとする。
 そして、右手で俺の左手を握り、左手で自分の頬をつかんでいるものを恐る恐る確認する。

 「ほっぺたつままれている気がするけど……」 

 「鉤爪とかだったらどうしようと思うと怖くてさ。一緒にほどいてくれないかな」
 2人で包帯をほどく。

 ……腕の先に生えていたのは鉤爪でもなく、緑色の手でもなく俺の手だった。

 俺は泣きそうだったので、それをごまかすために彼女を抱きしめると、右手で彼女の頬をなで続けた。
 彼女の頬に流れる涙を右手でぬぐいながら、彼女を抱きしめる左手に顔をこすりつけて自分の涙をぬぐう。
 彼女の肩が震える。俺の胸も震える。

 「恥ずかしいから、顔触らないでよ」

 「この指だって君をおぼえたいさ」
 
 「いやらしいんだから。誰かに聞かれたら誤解されるよ」

 「いいじゃん。誤解されたって」

 「そうかもね」
 彼女は俺を一度ぐっと突き放すと、額をつきつけて、しばらくとまる。
 そして、遠慮がちに口づけをした。

 「こういうのは普通、男の子がリードするんじゃないかな?」
 顔を離したあとに口をとがらせてそんなことをいう彼女を俺は無言で抱きしめた。
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