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第1部2章 捜索任務
040 あいきゃんふらーい
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洞窟を出た俺は慎重にあたりをうかがいながら進む。
巣があるのは、獲物を埋めたあの不気味な小山のあたりに違いない。
ヤマバシリはヒナの餌を確保するために、ああいう小山をつくって獲物を埋める。
前回はあまりの衝撃に足がとまってしまったが、本来ならば、あれを見た瞬間に逃走しなければならないのだ。
向こうに先に見つけられたら不味い。
かといって、見つけられないようにする絶対の方法などない。
気配を消すように努力し、神に祈り、仏に祈り、とりあえず、なんでも良いから祈りながら進むだけである。
びくびくしながら、小山のほうを目指して進む。
手には石をいくつか持っている。
〈あそこだ!〉
小山の横にヤマバシリのつがいがいるのが見える。
ここまで気づかれずに来ることができた俺はその幸運に感謝する。
気配を消したまま、位置を確認したら、できる限り遠くに移動する。2羽に囲まれていたぶられる光景が脳裏に浮かんできそうになるたびに、あわててそれを打ち消す。俺は大丈夫。俺は見つからない。俺は囲まれない。俺は生きて帰る。
鼻からゆっくりと息を吸う。
腹と胸に空気をためると、持っていた石を思いっきり投げてから、逃げ出す。
けたたましい鳴き声がして、こちらを追ってくる気配がする。
〈1羽なのか2羽とも追いかけてきてるのか?〉
後ろを振り向くこともできずにひたすら走る。
〈巣の見張りがいるんだから、2羽とも来ることはないはず。というか2羽来たら、十中八九俺は死ぬ〉
恐竜映画とかで追いかけられる人間の気持ちが今なら痛いほどよくわかる。
ヤマバシリという名前は障害の多い山を素早く走り獲物を追い詰めるから付いた名だという。飛ぶ力を捨てて山を我がものとした山の王と女王だ。
こんなやつらのホームで人間が逃げ切ろうとするのがおこがましいんことなんだ。
衝撃。
後ろから頭をつつかれる。
くちばしがかすめたらしい後頭部がかっと熱くなる。
もつれる足を必死で動かし、俺は走る。
再び衝撃。
次の一撃は背中にきた。
背中をついばまれた俺はバランスを崩して転倒する。
湿った土が口に入る。じゃりじゃりする。
土を吐き出しながら振り返った俺は、チョコレート色の羽毛に埋もれた黒く小さい目と見つめ合ってしまう。
やつはクチバシを大きく開けて嫌な鳴き声をあげ、腐敗臭を撒き散らす。
クチバシが俺に近づいてくる。
ヤマバシリに向かって、俺は泣きわめきながらナイフを振り回す。
涙と血、汗とツバ、口に入った土を振りまきながら、俺はチョコレート色の悪魔を追い払おうとする。
でたらめに振り回したナイフが偶然やつの舌に当たる。
ヤマバシリが怯んだすきに、必死に飛び退くと俺は再び走り出す。
洞窟の入り口が見える。
後少し。
衝撃。
また背中に一撃食らった。
今度は後ろから思い切り蹴飛ばされたようだ。
足がもつれる。
あと数歩。
飛び込め、俺。
〈あいきゃんふらーい〉
俺は昔テレビで見た映画のセリフを心の中で唱えながら、洞窟の中に飛び込む。
我ながらバカみたいだ。なんで、英語なんだよ。なんという発音だよ。何もかもわけがわからない。
洞窟の中に前回り受け身をとるように飛び込み、罠のトリガーとなる紐をつかみ穴に転げ落ちる。
生暖かい腐臭が飛び込む俺を追いかけてくる。
ミカが俺を受け止めるとぎゅっと抱きしめてくれる。
彼女の華奢な腕をどれほど頼もしいと感じたことか。
あとは任せた!
「ギェギェ!」
俺をつかまえようと洞窟の中に頭を突っ込んだヤマバシリの首が針金とロープでつくった輪っかに挟まっている。
暴れるヤマバシリに向かって上からサゴさんが酸のブレスを浴びせる。
肉の焦げる臭いがする。
ミカが盾を傘にして、俺たちをかばってくれたようだった。
チュウジがヤマバシリの首に抱きついて叫ぶ。
「闇の女神に抱かれてー以下省略っ!」
〈ちゃんと中二病セリフで決めろって言ったのに〉
俺の記憶はここで途切れている。
気がつくと、俺はうつぶせになって地面に転がされていた。
「……よ。思い出せ。えい、お前には……」
聞き覚えのある独特の節回しの詠唱が聞こえる。
俺は治療されているらしい。とりあえず、俺は死んでいないみたいだ。
そう考えると、俺は再び意識を失った。
再び目が覚めると、俺は壁際で毛布をかけて寝かされていた。
目を開けてぼんやりとあたりを見回すとすぐそばに座っていたミカが気づいて、微笑んだ。
「お疲れ様。よく頑張ったね。ご褒美は何がいい?」
「まだ考え中。キャーって顔赤らめちゃうレベルのすごいこと考え中」
「バカなんだから」
洞窟の中は血の臭いが充満している。
俺を散々ついばんでくれたヤマバシリと目があった。真っ黒だった目は白く濁りかけている。その白くなりつつ目がこちらを見つめる。首から下は……ない。
体は解体されている最中だった。
「こうやって考えると、人間と動物、どちらが危険生物なんでしょうね」
サゴさんがヤマバシリの内臓を取り出しながら言った。
「何であれ、久しぶりに焼いた肉を食えるというのは良いことであろう」
チュウジは羽をむしりながら答える。
「そうそう、こいつね。最初に私たちが会ったやつでしたよ。体に酸の火傷痕があったし、足に傷がついていました」
あいつは俺たちに復讐をしたかったのだろうか。なんにせよ、傷ついたほうが食いついてきてくれたおかげで、俺は逃げ切れたのかもしれない。
俺もできる範囲で解体の手伝いをすることにした。
内臓は薬として高く売れるという肝を除いて、全て穴を掘って埋めた。
内臓を洗って処理するだけの水の余裕は今の俺たちにはない。あったとしても、この鳥の内臓に入っているものを想像すると食べる気にはならない。それにみんな初めての経験で内臓を傷つけずに取り出すということはできなかった。肝がちゃんと取れたのは奇跡といってよい。
この幸運の肝は腐らず乾燥させることができれば、街で売れるだろう。
羽も売れるらしいのでまとめて袋につめておく。
「脚はねぇ、これ多分良いラーメンスープができると思うんだけどねぇ」
サゴさんは惜しそうに眺めていた、これも寸胴鍋と大量の水を持っていない俺たちには用のないものだ。
悪いなと心のなかでヤマバシリに謝って穴に埋める。
「ラーメン食いたいっすねぇ」
「ですねぇ……」
肉はそのまま焼くことにした。
ナイフの先に肉をつけると、そのまま火で炙る。
焼けた皮から脂が落ちる度に、焚き火が一時的に炎を強くする。
「水がなくて煮込みができなくても、土に埋めて蒸し焼きにするとか色々とあるのだがな……」
チュウジは悔しそうだが、まだもう1羽いる時に外に食材を包む葉や石は探しに行けない。
「最高のソースは空腹なり。まぁ、パパン直伝の料理は今度食わせてくれ」
「黙るのだ、このハゲ」
チュウジが俺を罵る。
「ハゲてないわ!この中二病」
そう言い返しながら、髪の毛を手ぐしでなでつける。
ほら、ハゲてるわけ………………ハゲてる、俺。
俺、後頭部ハゲてる……。
サチさんが申し訳無さそうに言う。
「皮膚は術で回復しましたし、髪の毛もそのうち生えてくると思いますが……」
サゴさんと目が合う。
「オーケーマイボーイ。体験入学とはいえ、我々はあなたを歓迎します。ようこそ、こちら側へ」
菩薩のような微笑みで彼は微笑んだ。心なしか後光が見える。いや、反射している……。
「体験入学」ってなんだよ……。
巣があるのは、獲物を埋めたあの不気味な小山のあたりに違いない。
ヤマバシリはヒナの餌を確保するために、ああいう小山をつくって獲物を埋める。
前回はあまりの衝撃に足がとまってしまったが、本来ならば、あれを見た瞬間に逃走しなければならないのだ。
向こうに先に見つけられたら不味い。
かといって、見つけられないようにする絶対の方法などない。
気配を消すように努力し、神に祈り、仏に祈り、とりあえず、なんでも良いから祈りながら進むだけである。
びくびくしながら、小山のほうを目指して進む。
手には石をいくつか持っている。
〈あそこだ!〉
小山の横にヤマバシリのつがいがいるのが見える。
ここまで気づかれずに来ることができた俺はその幸運に感謝する。
気配を消したまま、位置を確認したら、できる限り遠くに移動する。2羽に囲まれていたぶられる光景が脳裏に浮かんできそうになるたびに、あわててそれを打ち消す。俺は大丈夫。俺は見つからない。俺は囲まれない。俺は生きて帰る。
鼻からゆっくりと息を吸う。
腹と胸に空気をためると、持っていた石を思いっきり投げてから、逃げ出す。
けたたましい鳴き声がして、こちらを追ってくる気配がする。
〈1羽なのか2羽とも追いかけてきてるのか?〉
後ろを振り向くこともできずにひたすら走る。
〈巣の見張りがいるんだから、2羽とも来ることはないはず。というか2羽来たら、十中八九俺は死ぬ〉
恐竜映画とかで追いかけられる人間の気持ちが今なら痛いほどよくわかる。
ヤマバシリという名前は障害の多い山を素早く走り獲物を追い詰めるから付いた名だという。飛ぶ力を捨てて山を我がものとした山の王と女王だ。
こんなやつらのホームで人間が逃げ切ろうとするのがおこがましいんことなんだ。
衝撃。
後ろから頭をつつかれる。
くちばしがかすめたらしい後頭部がかっと熱くなる。
もつれる足を必死で動かし、俺は走る。
再び衝撃。
次の一撃は背中にきた。
背中をついばまれた俺はバランスを崩して転倒する。
湿った土が口に入る。じゃりじゃりする。
土を吐き出しながら振り返った俺は、チョコレート色の羽毛に埋もれた黒く小さい目と見つめ合ってしまう。
やつはクチバシを大きく開けて嫌な鳴き声をあげ、腐敗臭を撒き散らす。
クチバシが俺に近づいてくる。
ヤマバシリに向かって、俺は泣きわめきながらナイフを振り回す。
涙と血、汗とツバ、口に入った土を振りまきながら、俺はチョコレート色の悪魔を追い払おうとする。
でたらめに振り回したナイフが偶然やつの舌に当たる。
ヤマバシリが怯んだすきに、必死に飛び退くと俺は再び走り出す。
洞窟の入り口が見える。
後少し。
衝撃。
また背中に一撃食らった。
今度は後ろから思い切り蹴飛ばされたようだ。
足がもつれる。
あと数歩。
飛び込め、俺。
〈あいきゃんふらーい〉
俺は昔テレビで見た映画のセリフを心の中で唱えながら、洞窟の中に飛び込む。
我ながらバカみたいだ。なんで、英語なんだよ。なんという発音だよ。何もかもわけがわからない。
洞窟の中に前回り受け身をとるように飛び込み、罠のトリガーとなる紐をつかみ穴に転げ落ちる。
生暖かい腐臭が飛び込む俺を追いかけてくる。
ミカが俺を受け止めるとぎゅっと抱きしめてくれる。
彼女の華奢な腕をどれほど頼もしいと感じたことか。
あとは任せた!
「ギェギェ!」
俺をつかまえようと洞窟の中に頭を突っ込んだヤマバシリの首が針金とロープでつくった輪っかに挟まっている。
暴れるヤマバシリに向かって上からサゴさんが酸のブレスを浴びせる。
肉の焦げる臭いがする。
ミカが盾を傘にして、俺たちをかばってくれたようだった。
チュウジがヤマバシリの首に抱きついて叫ぶ。
「闇の女神に抱かれてー以下省略っ!」
〈ちゃんと中二病セリフで決めろって言ったのに〉
俺の記憶はここで途切れている。
気がつくと、俺はうつぶせになって地面に転がされていた。
「……よ。思い出せ。えい、お前には……」
聞き覚えのある独特の節回しの詠唱が聞こえる。
俺は治療されているらしい。とりあえず、俺は死んでいないみたいだ。
そう考えると、俺は再び意識を失った。
再び目が覚めると、俺は壁際で毛布をかけて寝かされていた。
目を開けてぼんやりとあたりを見回すとすぐそばに座っていたミカが気づいて、微笑んだ。
「お疲れ様。よく頑張ったね。ご褒美は何がいい?」
「まだ考え中。キャーって顔赤らめちゃうレベルのすごいこと考え中」
「バカなんだから」
洞窟の中は血の臭いが充満している。
俺を散々ついばんでくれたヤマバシリと目があった。真っ黒だった目は白く濁りかけている。その白くなりつつ目がこちらを見つめる。首から下は……ない。
体は解体されている最中だった。
「こうやって考えると、人間と動物、どちらが危険生物なんでしょうね」
サゴさんがヤマバシリの内臓を取り出しながら言った。
「何であれ、久しぶりに焼いた肉を食えるというのは良いことであろう」
チュウジは羽をむしりながら答える。
「そうそう、こいつね。最初に私たちが会ったやつでしたよ。体に酸の火傷痕があったし、足に傷がついていました」
あいつは俺たちに復讐をしたかったのだろうか。なんにせよ、傷ついたほうが食いついてきてくれたおかげで、俺は逃げ切れたのかもしれない。
俺もできる範囲で解体の手伝いをすることにした。
内臓は薬として高く売れるという肝を除いて、全て穴を掘って埋めた。
内臓を洗って処理するだけの水の余裕は今の俺たちにはない。あったとしても、この鳥の内臓に入っているものを想像すると食べる気にはならない。それにみんな初めての経験で内臓を傷つけずに取り出すということはできなかった。肝がちゃんと取れたのは奇跡といってよい。
この幸運の肝は腐らず乾燥させることができれば、街で売れるだろう。
羽も売れるらしいのでまとめて袋につめておく。
「脚はねぇ、これ多分良いラーメンスープができると思うんだけどねぇ」
サゴさんは惜しそうに眺めていた、これも寸胴鍋と大量の水を持っていない俺たちには用のないものだ。
悪いなと心のなかでヤマバシリに謝って穴に埋める。
「ラーメン食いたいっすねぇ」
「ですねぇ……」
肉はそのまま焼くことにした。
ナイフの先に肉をつけると、そのまま火で炙る。
焼けた皮から脂が落ちる度に、焚き火が一時的に炎を強くする。
「水がなくて煮込みができなくても、土に埋めて蒸し焼きにするとか色々とあるのだがな……」
チュウジは悔しそうだが、まだもう1羽いる時に外に食材を包む葉や石は探しに行けない。
「最高のソースは空腹なり。まぁ、パパン直伝の料理は今度食わせてくれ」
「黙るのだ、このハゲ」
チュウジが俺を罵る。
「ハゲてないわ!この中二病」
そう言い返しながら、髪の毛を手ぐしでなでつける。
ほら、ハゲてるわけ………………ハゲてる、俺。
俺、後頭部ハゲてる……。
サチさんが申し訳無さそうに言う。
「皮膚は術で回復しましたし、髪の毛もそのうち生えてくると思いますが……」
サゴさんと目が合う。
「オーケーマイボーイ。体験入学とはいえ、我々はあなたを歓迎します。ようこそ、こちら側へ」
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