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勇者の心得
Ⅰ:世界の危機
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どうやってそういう状況になったのか、なんの記憶もなかった。
「どうかね、少しは落ち着いたかね?」
最初に耳に入ったのが、その言葉だった。我に返り、自分がカップを持っていることに気づく。少し、温かい。中には琥珀色の液体が入っている。それがなんなのかが、どうしても思い出せなかった。
「…………」
なにか言葉を出そうと思ったが、喉自体がまったく動かなかった。それに思考も。まるで、死んだようだった。
「ふむ、ショック状態からは回復していないようだね。無理もない、あんな状況だったわけだし。しばらくは、ゆっくりとしていればいい」
わからない。意味が、一つも。だからぼんやりとしていた。
自然と、涙があふれてきた。
「……おかー、さん」
言葉が、溢れてきた。
「……クディさん、ルチアさん、ベーデ婆ちゃん…………ミレナっ!」
嗚咽が、喉の奥からこみ上げてきた。
「ぅ、あぅ、あ、ぁあ……ッ!」
蘇る悪夢。涙はもう、あまり出てこなかった。出し過ぎて、既にもう枯れかけているのだろうか。声もあまり出せない。ガサガサに、掠れていた。
もう泣いているだけでは、いられなかった。
「あぅ、ぁ、あ……あの、化け物、は……な、なんなんですか?」
もう半分縋るような形で、目の前の女性に問いかけた。
女性は、安楽椅子に足を組んで座っていた。以前見たままの、不可解な野暮ったい格好のまま。左手に自分が持っているものと同じようなカップを持ち、顔の前に掲げている。右手で文庫本のようなものを持ち、それに目を落としていた。
最初に見たような、眠たそうな目で。
「きみが先ほど遭遇したものについてならば、それは魔物と呼ばれる存在だ」
「魔物……?」
初めて聞く単語だった。動物でも植物でもない。もちろん人間でもない。そんな生物がいること自体、エリューの想像の斜め上をいく事態だった。
「な、なんですか、それは? そ、それに、なんで俺の首に……俺の、村を……ッ!」
「落ち着きたまえ」
自分の言葉に事態が整理され、同時に理解、混乱、そして急速沸騰しかけた頭が、女性の言葉一つで抑えられた。女性は視線を文庫本に落としたまま、微動だにしていない。左手に持つカップをゆっくりと口元に、つけた。
「気持ちはわからないこともない。だが、まずは落ち着くことから始めよう。焦りその他もろもろの感情は、正確な物事の把握、理解を妨げる。先ほども言っただろう? ゆっくりとしたまえ」
そのあまりに落ち着いた言動に、エリューも言葉の意味を理解する。深呼吸して、
「ハァ、ハァ……わ、わかりました。落ち着きます。落ち着きますから、その……」
「まずはその手に持った紅茶に口をつけたまえ。せっかく淹れたというのに、もったいないだろう?」
「は、はぁ……」
「聞きたいことは、そのあとだ。この世界で起きている、現状もね」
現状を知ることが出来るという言葉に従って、カップに口をつける。甘く微かに苦いそれは、体の芯まで温め、心を落ち着かせてくれた。
「飲んだね。――ではさて、まずは魔物についてから始めようか。魔物とは、自然の化身だ。地球の守り神であり、地球を荒らす人間を退治しに来た存在だ」
その文章そのものを理解するのに、まずは数秒を要した。
「……自然の化身、ですか?」
「天候、そして波や風といった地球そのものの働きがあるね。それらは人間には左右できず、そしてそれらによって恩恵を受けているものだ」
「は、はい」
「だが逆に、天変地異や疫病といったものもある。それらに抗うすべを持たず、人間は一方的に裁かれる。そして、それの最たるものこそが、魔物だ」
「……天災だ、と?」
「そうだね」
それにエリューの心は、打ちのめされた。まるで信じられないような事態だったが、事実"アレ"に自分は手も出せなかった。現れたら諦めるしかない存在。今のエリューにはそう思われた。
「な……なんでそんなのが、突然?」
「相当辺境の地だったのだね、きみの村は。元々魔物は、私たちのすぐ傍にいたのだよ」
「…………え?」
不意の一言に、エリューは言葉を失った。こんな絶対的な敵が傍にいただなんて、悪い冗談にしか聞こえない。
「そ、そんなこと……だって、俺は今まで一度だって……」
「見たことがない?」
その通りだった。
「図星かね? それはそうだろう。彼らはずっと、自然を隠れ蓑に表舞台に出ることはなかった。人間の行いの間違いにも、天変地異を用いて自らが動くことはなかった。なぜだと思う?」
理由など、一つも思い浮かばなかった。
「人間の国家体制が、歯止めになっていたのだよ。団結し、策略を用い、個々ではありえない強大な力を発揮する。それは他のあらゆる生物を凌駕する力だ。魔物すらも、それだけは警戒し、表立った行動は控えてきた。しかし、人間は考えを改めなかった。
それゆえ魔物も、王を迎え入れたのだ」
それにエリューは、目を見開いた。
「お、王……ですか?」
「そうだ」
すべては淡々とした言葉の中で語られた。
「どうかね、少しは落ち着いたかね?」
最初に耳に入ったのが、その言葉だった。我に返り、自分がカップを持っていることに気づく。少し、温かい。中には琥珀色の液体が入っている。それがなんなのかが、どうしても思い出せなかった。
「…………」
なにか言葉を出そうと思ったが、喉自体がまったく動かなかった。それに思考も。まるで、死んだようだった。
「ふむ、ショック状態からは回復していないようだね。無理もない、あんな状況だったわけだし。しばらくは、ゆっくりとしていればいい」
わからない。意味が、一つも。だからぼんやりとしていた。
自然と、涙があふれてきた。
「……おかー、さん」
言葉が、溢れてきた。
「……クディさん、ルチアさん、ベーデ婆ちゃん…………ミレナっ!」
嗚咽が、喉の奥からこみ上げてきた。
「ぅ、あぅ、あ、ぁあ……ッ!」
蘇る悪夢。涙はもう、あまり出てこなかった。出し過ぎて、既にもう枯れかけているのだろうか。声もあまり出せない。ガサガサに、掠れていた。
もう泣いているだけでは、いられなかった。
「あぅ、ぁ、あ……あの、化け物、は……な、なんなんですか?」
もう半分縋るような形で、目の前の女性に問いかけた。
女性は、安楽椅子に足を組んで座っていた。以前見たままの、不可解な野暮ったい格好のまま。左手に自分が持っているものと同じようなカップを持ち、顔の前に掲げている。右手で文庫本のようなものを持ち、それに目を落としていた。
最初に見たような、眠たそうな目で。
「きみが先ほど遭遇したものについてならば、それは魔物と呼ばれる存在だ」
「魔物……?」
初めて聞く単語だった。動物でも植物でもない。もちろん人間でもない。そんな生物がいること自体、エリューの想像の斜め上をいく事態だった。
「な、なんですか、それは? そ、それに、なんで俺の首に……俺の、村を……ッ!」
「落ち着きたまえ」
自分の言葉に事態が整理され、同時に理解、混乱、そして急速沸騰しかけた頭が、女性の言葉一つで抑えられた。女性は視線を文庫本に落としたまま、微動だにしていない。左手に持つカップをゆっくりと口元に、つけた。
「気持ちはわからないこともない。だが、まずは落ち着くことから始めよう。焦りその他もろもろの感情は、正確な物事の把握、理解を妨げる。先ほども言っただろう? ゆっくりとしたまえ」
そのあまりに落ち着いた言動に、エリューも言葉の意味を理解する。深呼吸して、
「ハァ、ハァ……わ、わかりました。落ち着きます。落ち着きますから、その……」
「まずはその手に持った紅茶に口をつけたまえ。せっかく淹れたというのに、もったいないだろう?」
「は、はぁ……」
「聞きたいことは、そのあとだ。この世界で起きている、現状もね」
現状を知ることが出来るという言葉に従って、カップに口をつける。甘く微かに苦いそれは、体の芯まで温め、心を落ち着かせてくれた。
「飲んだね。――ではさて、まずは魔物についてから始めようか。魔物とは、自然の化身だ。地球の守り神であり、地球を荒らす人間を退治しに来た存在だ」
その文章そのものを理解するのに、まずは数秒を要した。
「……自然の化身、ですか?」
「天候、そして波や風といった地球そのものの働きがあるね。それらは人間には左右できず、そしてそれらによって恩恵を受けているものだ」
「は、はい」
「だが逆に、天変地異や疫病といったものもある。それらに抗うすべを持たず、人間は一方的に裁かれる。そして、それの最たるものこそが、魔物だ」
「……天災だ、と?」
「そうだね」
それにエリューの心は、打ちのめされた。まるで信じられないような事態だったが、事実"アレ"に自分は手も出せなかった。現れたら諦めるしかない存在。今のエリューにはそう思われた。
「な……なんでそんなのが、突然?」
「相当辺境の地だったのだね、きみの村は。元々魔物は、私たちのすぐ傍にいたのだよ」
「…………え?」
不意の一言に、エリューは言葉を失った。こんな絶対的な敵が傍にいただなんて、悪い冗談にしか聞こえない。
「そ、そんなこと……だって、俺は今まで一度だって……」
「見たことがない?」
その通りだった。
「図星かね? それはそうだろう。彼らはずっと、自然を隠れ蓑に表舞台に出ることはなかった。人間の行いの間違いにも、天変地異を用いて自らが動くことはなかった。なぜだと思う?」
理由など、一つも思い浮かばなかった。
「人間の国家体制が、歯止めになっていたのだよ。団結し、策略を用い、個々ではありえない強大な力を発揮する。それは他のあらゆる生物を凌駕する力だ。魔物すらも、それだけは警戒し、表立った行動は控えてきた。しかし、人間は考えを改めなかった。
それゆえ魔物も、王を迎え入れたのだ」
それにエリューは、目を見開いた。
「お、王……ですか?」
「そうだ」
すべては淡々とした言葉の中で語られた。
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