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第2部「黒魔女レカの復活」
第Ⅰ章「英雄のその後」
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魔王ヘルフィアが滅びてから、早四ヶ月。その間に、徐々に世界は元の機構を取り戻していった。そしてやがて、順応していった。平和な、魔物がいない当たり前な日常というものを。
それは、それを取り戻した本人たちにとっても例外ではなかった。
「おにーい、ちゃん!」
「おうふっ!?」
今朝もエリューは、妹のミレナに強烈な責めを受け、"起きさせられていた"。
「きゃははははっ、どーしたのおにーいちゃん?」
愛しの小悪魔、ミレナが笑っている。否、嗤っている。これは聞き覚えのある嗤い声だった。これは、そう――かつて死闘を繰り広げた、上位魔族たちのソレと、同じだった。
動かない下半身、上半身はそのまま、首だけを曲げて、妹と視線を合わせる。
その瞳は――かつてないほどの愉悦に、歪んでいた。
ゾクリ、と背筋を悪寒が走り抜けた。
「え、いや、あの……え、ミレナ?」
「なーに?」
妹は、嗤う。朝一からベッドで朝のまどろみに落ちていた自分に、その衝撃度からおそらくはうんやっぱり視界の隅に映る梯子を使ってたぶんその最上段から飛び降りしかも一般的なお尻ではなく曲げた膝頭で正確に鳩尾の上に墜ちてきた妹は、それで300点以上といって差し支えないくらいに自分を起こすという使命は確かにそう確かに果たしたはずなのに、それなのに――
「い、いやその……な、なんで俺の上から、降りないんだ?」
「降りてほしーの?」
「ほ、欲しいっていうか……そ、その質問の意味がわからないっていうか……」
「ふっふーん、だいじょうぶわかってるってー、おにーちゃんのことはなーんでもー」
「え、いや……な、なに言って……っていうか、そのにぎにぎしてるロープはなに、っていうか……」
「えーそんなに待ちきれないのー? しょーがないなー、じゃー頑張ったおにーちゃんに、ご褒美だねー」
「は、話聞いてない!? っていうか、が、頑張ったってなにを……?」
「魔王さんを、やっつけてくれたもんねー」
「いつの話っ!?」
「じゃあ今日も、ごほうびごほうびーっ」
「あふあッ!?」
こうしてエリューは今日もご褒美という名の気晴らしというか鬱憤晴らしというか気まぐれに付き合わされ、
「あひっ、うひっ、あ……いいいいいいいいいい!!」
不本意ながら、どこか恍惚とした表情を浮かべるハメになっていた。無自覚ながら、それはとてつもなく幸せな日常だったのだが――
「か、母さんおはよう……」
「あら、エリューおはよう。今日はその顔のあざは、どうしたのかしら?」
「う、うん……ちょっと、ムチ打ちというか、鞭打ちじゃなくて、硬結びにされたロープのこぶの部分で滅多打ちにされたというか……」
「そう。コーンスープ飲む?」
「あ、うん……ていうか母さんも、結構なアレだよね……」
「なにか言った?」
「なんにもないでーす……」
理解してもらうのを諦め、エリューはしずしずとテーブルに着いた。するとすぐに、湯気があがるあったかいスープ皿が目の前に置かれる。恐縮しながら会釈しつつ、エリューはそれを持ち上げ、ゆっくりと口元に傾けた。
喉を通るその甘く、温かい味わいに、全身が優しく愛撫されるような多幸感を味わう。
「あ……ふぅ……」
「今日も会えたわね」
向かいに、お母さんがいた。座って、両の指を絡ませ、その上にアゴをカワイらしく乗せて、そして柔らかい笑みを浮かべていた。
フッ、と泣きそうになった。
あれからもう、半年近く経つっていうのに。
恥ずかしくなって、顔を逸らして、カップで隠した。
「な、なにいってんだよ母さん……毎日、会ってるだろ?」
「だって二年よ?」
「え……?」
どういう意味なのかわからず、エリューは思わず母に顔を向けていた。
その瞳と、目が合った。
こちらの存在全てを慈しむような、そんな親愛に溢れた瞳がそこにはあった。
「だってお母さん、二年よ? 二年間も、エリューに会えなかったのよ? ずっと、ベーデおばあちゃんに蘇生してもらってから、ずっと。みなの蘇生の為に力を尽くして、エリューたちが魔王を倒すことを信じて、その邪魔をしないようにって我慢して、ずっと……」
「か、母さん……」
「ずっとずっと、我慢してきたんですもの……エリューが傷つき、魂をすり減らしていると知っても、なにもせず、出来ず、ただ待っていることしか出来なかったんですもの……そりゃあお母さん、嬉しいわよ。会うたび、泣きそうにだって、なりますもの……」
「母さん……」
その言葉に、ツーとエリューの右の瞳から一筋の涙が零れた。それに呼応するように、母の双眸からも盛り上がるように涙が溢れた。そのままなにを話すでもなく、ふたりは見つめ合った。そして、手を取った。
ボロボロと、涙がとめどなく溢れてきた。ずっと、エリューはこの時を待ち望み、そして叶える事が出来ないと諦めながらも悲願を達成し、そしてこの現実を手に入れた。奇跡の時間だった。あれから四ヶ月もの時が流れようとも、それが当たり前に堕ちる事などありえなかった。何度でも、何十っぺんでも、何百回でも噛み締め、涙を流し、今の有り難味を味わいたかった。
もう二度と、この砂を零れ落ちなどさせたりはしない。
「うっ……う、う……!」
「ありがとう……ありがとうね、エリュー」
「なーに泣いてんの、おにーちゃん?」
そんな二人の後ろに現れたミレナも、振り返れば涙を流していることにエリューはその時まで気づくこともなく、ただただ泣き続けた。
幸せだった。
それは、それを取り戻した本人たちにとっても例外ではなかった。
「おにーい、ちゃん!」
「おうふっ!?」
今朝もエリューは、妹のミレナに強烈な責めを受け、"起きさせられていた"。
「きゃははははっ、どーしたのおにーいちゃん?」
愛しの小悪魔、ミレナが笑っている。否、嗤っている。これは聞き覚えのある嗤い声だった。これは、そう――かつて死闘を繰り広げた、上位魔族たちのソレと、同じだった。
動かない下半身、上半身はそのまま、首だけを曲げて、妹と視線を合わせる。
その瞳は――かつてないほどの愉悦に、歪んでいた。
ゾクリ、と背筋を悪寒が走り抜けた。
「え、いや、あの……え、ミレナ?」
「なーに?」
妹は、嗤う。朝一からベッドで朝のまどろみに落ちていた自分に、その衝撃度からおそらくはうんやっぱり視界の隅に映る梯子を使ってたぶんその最上段から飛び降りしかも一般的なお尻ではなく曲げた膝頭で正確に鳩尾の上に墜ちてきた妹は、それで300点以上といって差し支えないくらいに自分を起こすという使命は確かにそう確かに果たしたはずなのに、それなのに――
「い、いやその……な、なんで俺の上から、降りないんだ?」
「降りてほしーの?」
「ほ、欲しいっていうか……そ、その質問の意味がわからないっていうか……」
「ふっふーん、だいじょうぶわかってるってー、おにーちゃんのことはなーんでもー」
「え、いや……な、なに言って……っていうか、そのにぎにぎしてるロープはなに、っていうか……」
「えーそんなに待ちきれないのー? しょーがないなー、じゃー頑張ったおにーちゃんに、ご褒美だねー」
「は、話聞いてない!? っていうか、が、頑張ったってなにを……?」
「魔王さんを、やっつけてくれたもんねー」
「いつの話っ!?」
「じゃあ今日も、ごほうびごほうびーっ」
「あふあッ!?」
こうしてエリューは今日もご褒美という名の気晴らしというか鬱憤晴らしというか気まぐれに付き合わされ、
「あひっ、うひっ、あ……いいいいいいいいいい!!」
不本意ながら、どこか恍惚とした表情を浮かべるハメになっていた。無自覚ながら、それはとてつもなく幸せな日常だったのだが――
「か、母さんおはよう……」
「あら、エリューおはよう。今日はその顔のあざは、どうしたのかしら?」
「う、うん……ちょっと、ムチ打ちというか、鞭打ちじゃなくて、硬結びにされたロープのこぶの部分で滅多打ちにされたというか……」
「そう。コーンスープ飲む?」
「あ、うん……ていうか母さんも、結構なアレだよね……」
「なにか言った?」
「なんにもないでーす……」
理解してもらうのを諦め、エリューはしずしずとテーブルに着いた。するとすぐに、湯気があがるあったかいスープ皿が目の前に置かれる。恐縮しながら会釈しつつ、エリューはそれを持ち上げ、ゆっくりと口元に傾けた。
喉を通るその甘く、温かい味わいに、全身が優しく愛撫されるような多幸感を味わう。
「あ……ふぅ……」
「今日も会えたわね」
向かいに、お母さんがいた。座って、両の指を絡ませ、その上にアゴをカワイらしく乗せて、そして柔らかい笑みを浮かべていた。
フッ、と泣きそうになった。
あれからもう、半年近く経つっていうのに。
恥ずかしくなって、顔を逸らして、カップで隠した。
「な、なにいってんだよ母さん……毎日、会ってるだろ?」
「だって二年よ?」
「え……?」
どういう意味なのかわからず、エリューは思わず母に顔を向けていた。
その瞳と、目が合った。
こちらの存在全てを慈しむような、そんな親愛に溢れた瞳がそこにはあった。
「だってお母さん、二年よ? 二年間も、エリューに会えなかったのよ? ずっと、ベーデおばあちゃんに蘇生してもらってから、ずっと。みなの蘇生の為に力を尽くして、エリューたちが魔王を倒すことを信じて、その邪魔をしないようにって我慢して、ずっと……」
「か、母さん……」
「ずっとずっと、我慢してきたんですもの……エリューが傷つき、魂をすり減らしていると知っても、なにもせず、出来ず、ただ待っていることしか出来なかったんですもの……そりゃあお母さん、嬉しいわよ。会うたび、泣きそうにだって、なりますもの……」
「母さん……」
その言葉に、ツーとエリューの右の瞳から一筋の涙が零れた。それに呼応するように、母の双眸からも盛り上がるように涙が溢れた。そのままなにを話すでもなく、ふたりは見つめ合った。そして、手を取った。
ボロボロと、涙がとめどなく溢れてきた。ずっと、エリューはこの時を待ち望み、そして叶える事が出来ないと諦めながらも悲願を達成し、そしてこの現実を手に入れた。奇跡の時間だった。あれから四ヶ月もの時が流れようとも、それが当たり前に堕ちる事などありえなかった。何度でも、何十っぺんでも、何百回でも噛み締め、涙を流し、今の有り難味を味わいたかった。
もう二度と、この砂を零れ落ちなどさせたりはしない。
「うっ……う、う……!」
「ありがとう……ありがとうね、エリュー」
「なーに泣いてんの、おにーちゃん?」
そんな二人の後ろに現れたミレナも、振り返れば涙を流していることにエリューはその時まで気づくこともなく、ただただ泣き続けた。
幸せだった。
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