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遊月怜華
その33
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「わかってないわね。この事態はそんな躊躇うとか、そういうレベルじゃないのよ」
そして亜希子は一息吸い、
「集中に集中して、全力に全力を尽くして、かつワタシたちの息がぴたりと合ってなお、惨敗する可能性が大という相手よ」
「な――」
頭の底である程度の戦力差は密かに計算していたが、いくらなんでもそんな――という意味での、驚愕だった。
そんな謙一にイラついたのか、亜希子はいきなり謙一の襟首を掴み後ろに大きく退き一旦危険地帯を脱したあと、無慈悲に感情を混じえず冷徹に、現状を告げた。
「今まで勝ってきたのが、そもそも奇跡に近いのよ? ワタシたちに武器があり、向こうにはそれを使う頭も能力もなかったからなんとかここまでは来れた。だけどこの相手は私たちと同様に頭も能力も持ち、かつ、今までの相手とは段違いの最強の力持つ、怪物よ。わかってる? 人間の間ですら握力が十キロ違うだけで、もう敵わないのよ? あなた、ライオンと戦おうと思う? それも、人間並みの知能を持ったのと」
「…………」
そのまっとうな意見に、謙一は言葉を失う。現実を見ないようにしていた意識が、覚醒していく。それに亜希子は、トドメをさす。
「見かけで判断したら、死ぬだけよ」
その言葉に謙一は、今までのことを思い返す。
――千夏、
思い出されるのは、楽しい記憶だけだった。最初の宿泊学習の班決めは、なにもわからなくて戸惑ってばかりだった。誰かと一緒に回れることが、話ができることが、感動を共有できることがどれほどの幸せか初めて知った。そのあといつも挨拶してくれたおかげで、学校にくることが楽しみになった。弁当を一緒に食べておかずを交換した時なんか、初めて昼食を美味しく感じた。古河を紹介された時は正直戸惑ったが、その笑顔を信じてよかったと思っている。亜希子もそうだ。真っ当な学生になれたのは、すべてキミのおかげだった。
目を瞑る。深く、それらを吸い込む。楽しかった、大切だった思い出の粒が脳裏に舞い――散る。
「……ゴメン」
最後に――初めて心からひとに――大切だった女(ひと)に、謝った。
儀式は、終えた。
「……覚悟は、出来たわね?」
亜希子の言葉に俯く千夏を視界に収めたまま、謙一は、頷いた。
「じゅんびは、いいかなァ?」
それに合わせるように、遊月の声が聞こえた。どうやらこちらの態勢が整うまで待っていてくれたようだ。随分と余裕の様子だ。それほど千夏に自信が
――ダメだ。
千夏と呼ぶと、せっかく決めた覚悟が鈍る。だから、呼び名を変えることにした
それほどその"敵"に、自信があるということか。
「じゃあ……いけ、ナッチン」
いきなり目の前に、伸ばされた両の掌。
「かっ……!」
それに、肩を掴まれた。そのまま超高速で押され、床を滑り――
爆発音。
「がっ……ぎ、ぐぉあ……ッ!!」
謙一は反対側の壁に、押し潰された。その際二つの本棚を巻き添えにして、大量の本が降り注ぎ、大量の埃が舞い上がる。それに謙一の姿は、埋没した。
ギギギ、と機械的に千夏が振り返る。
その瞳は白目ではなく、ただ機械的に光を失っていた。
「洒落になんねぇな、こりゃあ」
サブマシンガンを構えながらも、古河はほんの少し楽しそうだった。
「まったく、普通の学生にやらせることじゃないわよね」
小瓶を摘んで身構えながらも、亜希子はほんの少し愉しそうだった。
千夏が、疾る。
「この……喰らえや化けもんがッ!」
身を躍らせ、古河はありったけの弾丸を千夏目がけて、撒き散らす。雨のように降り注ぐ、無数の擬似弾丸。
それを千夏は、口から出した赤い舌を扇のように回転させ、弾き飛ばした。
「かァ……ったく、ホント化け物じみてきやがって!」
笑い、突っ込んできた千夏の棍棒のような右手を、身を翻して躱す。ブレザーの肩口が、吹き飛んだ。血が、噴き出す。ついでに骨も、外れた。
ニヤリ、と古河は笑う。
「これなら……避けらんねぇだろ!」
ピタリ、と銃口を頭につけて――零距離掃射。
「らああああああああああああ」
ガガガガガガガガガガガ、という図書館に響き渡る轟音。舞い上がる埃。弾け飛ぶ、薬莢。
その視線の先に――無傷の、千夏。
その脇に、その左手によって逸らされた、サブマシンガンMP5。
電撃的な、反射速度。
「くそっ……たれが!」
ぐしゃ、と銃口が潰される。そして残された右手が、古河の喉元に迫り――
「mordre」
降ってきた二つの小瓶が、青く、燃え上がった。
「!?」
初めて生まれる千夏の、動揺の表情。伸ばしかけた右手を引き、緊急回避を試みる。その時初めて、古河は千夏の動きを視認した。膝を一瞬で折り畳み、弾ける、まるでスプリングのような俊敏性――
降り注ぐ小瓶と青い炎は、不発に終わる。床に接し、しかし燃え移るすることはなくただ静かに酸素を食い続ける。
「……っパないわね、アレ」
そして亜希子は一息吸い、
「集中に集中して、全力に全力を尽くして、かつワタシたちの息がぴたりと合ってなお、惨敗する可能性が大という相手よ」
「な――」
頭の底である程度の戦力差は密かに計算していたが、いくらなんでもそんな――という意味での、驚愕だった。
そんな謙一にイラついたのか、亜希子はいきなり謙一の襟首を掴み後ろに大きく退き一旦危険地帯を脱したあと、無慈悲に感情を混じえず冷徹に、現状を告げた。
「今まで勝ってきたのが、そもそも奇跡に近いのよ? ワタシたちに武器があり、向こうにはそれを使う頭も能力もなかったからなんとかここまでは来れた。だけどこの相手は私たちと同様に頭も能力も持ち、かつ、今までの相手とは段違いの最強の力持つ、怪物よ。わかってる? 人間の間ですら握力が十キロ違うだけで、もう敵わないのよ? あなた、ライオンと戦おうと思う? それも、人間並みの知能を持ったのと」
「…………」
そのまっとうな意見に、謙一は言葉を失う。現実を見ないようにしていた意識が、覚醒していく。それに亜希子は、トドメをさす。
「見かけで判断したら、死ぬだけよ」
その言葉に謙一は、今までのことを思い返す。
――千夏、
思い出されるのは、楽しい記憶だけだった。最初の宿泊学習の班決めは、なにもわからなくて戸惑ってばかりだった。誰かと一緒に回れることが、話ができることが、感動を共有できることがどれほどの幸せか初めて知った。そのあといつも挨拶してくれたおかげで、学校にくることが楽しみになった。弁当を一緒に食べておかずを交換した時なんか、初めて昼食を美味しく感じた。古河を紹介された時は正直戸惑ったが、その笑顔を信じてよかったと思っている。亜希子もそうだ。真っ当な学生になれたのは、すべてキミのおかげだった。
目を瞑る。深く、それらを吸い込む。楽しかった、大切だった思い出の粒が脳裏に舞い――散る。
「……ゴメン」
最後に――初めて心からひとに――大切だった女(ひと)に、謝った。
儀式は、終えた。
「……覚悟は、出来たわね?」
亜希子の言葉に俯く千夏を視界に収めたまま、謙一は、頷いた。
「じゅんびは、いいかなァ?」
それに合わせるように、遊月の声が聞こえた。どうやらこちらの態勢が整うまで待っていてくれたようだ。随分と余裕の様子だ。それほど千夏に自信が
――ダメだ。
千夏と呼ぶと、せっかく決めた覚悟が鈍る。だから、呼び名を変えることにした
それほどその"敵"に、自信があるということか。
「じゃあ……いけ、ナッチン」
いきなり目の前に、伸ばされた両の掌。
「かっ……!」
それに、肩を掴まれた。そのまま超高速で押され、床を滑り――
爆発音。
「がっ……ぎ、ぐぉあ……ッ!!」
謙一は反対側の壁に、押し潰された。その際二つの本棚を巻き添えにして、大量の本が降り注ぎ、大量の埃が舞い上がる。それに謙一の姿は、埋没した。
ギギギ、と機械的に千夏が振り返る。
その瞳は白目ではなく、ただ機械的に光を失っていた。
「洒落になんねぇな、こりゃあ」
サブマシンガンを構えながらも、古河はほんの少し楽しそうだった。
「まったく、普通の学生にやらせることじゃないわよね」
小瓶を摘んで身構えながらも、亜希子はほんの少し愉しそうだった。
千夏が、疾る。
「この……喰らえや化けもんがッ!」
身を躍らせ、古河はありったけの弾丸を千夏目がけて、撒き散らす。雨のように降り注ぐ、無数の擬似弾丸。
それを千夏は、口から出した赤い舌を扇のように回転させ、弾き飛ばした。
「かァ……ったく、ホント化け物じみてきやがって!」
笑い、突っ込んできた千夏の棍棒のような右手を、身を翻して躱す。ブレザーの肩口が、吹き飛んだ。血が、噴き出す。ついでに骨も、外れた。
ニヤリ、と古河は笑う。
「これなら……避けらんねぇだろ!」
ピタリ、と銃口を頭につけて――零距離掃射。
「らああああああああああああ」
ガガガガガガガガガガガ、という図書館に響き渡る轟音。舞い上がる埃。弾け飛ぶ、薬莢。
その視線の先に――無傷の、千夏。
その脇に、その左手によって逸らされた、サブマシンガンMP5。
電撃的な、反射速度。
「くそっ……たれが!」
ぐしゃ、と銃口が潰される。そして残された右手が、古河の喉元に迫り――
「mordre」
降ってきた二つの小瓶が、青く、燃え上がった。
「!?」
初めて生まれる千夏の、動揺の表情。伸ばしかけた右手を引き、緊急回避を試みる。その時初めて、古河は千夏の動きを視認した。膝を一瞬で折り畳み、弾ける、まるでスプリングのような俊敏性――
降り注ぐ小瓶と青い炎は、不発に終わる。床に接し、しかし燃え移るすることはなくただ静かに酸素を食い続ける。
「……っパないわね、アレ」
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