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52日前【2】

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「なーんか藤堂君って、サバの味噌煮って感じの顔してるよねー」

 絶妙に反応に困るセリフをありがとうございます。
 ドリンクバーから戻ってきて早々、なかなかいいパンチを放ってくれる。

「そうですか……」 
「えー、反応薄くなーい? こんなに褒めてるのに」

 褒めてたのか。
 分かるか、そんなもん。

「そ、そんなことより、八さん――」
「次、私のことを苗字で呼んだら、藤堂君の体中にハチミツ塗りまくって山の中に放り出して、裸一貫男のカブトムシ祭りを開催する準備がこっちにはあるけど、どう?」
「すみません、こっちには準備がないです」
「ふっ、なら次から私のことは、織江ちゃん、と呼ぶことだな。もしくは織江さん、でもギリギリ可。じゃないと……この先の宇宙戦争で生きていけないぜ、藤堂将軍?」

 世界観が全然分からない。せめて統一して欲しい。
 女子を下の名前で呼ぶのには抵抗があるけど……仕方がないか。

 八さんが自分の苗字を好きでないことは有名だった。
 なんでも、犬っぽいから嫌なのだそうだ。猫派なのだろうか。

「ちなみに私は、藤堂君のこと、苗字で読んだらいい? 名前で呼んだらいい?」
「どっちでも大丈夫です」
「んじゃ、藤堂君で。いいよね、かっこいい苗字。私の結婚したい苗字ランキング第二十三位くらいにランクインしそー」

 また微妙な順位だな……。

「ちなみに、私が結婚したくない苗字、堂々の第一位はポチ。次いでぺス」

 そんな苗字の日本人がいてたまるか。
 どうにも、ツッコみどころの多い人だ。
 話す言葉の一つ一つが独特な感性で形作られていて、絶妙なバランスで仕上がっている、現代アートみたいな印象を受ける。

 猫毛なボブヘアーをくりくりといじりながら、八さん……もとい、織江さんは言う。

「なかなかツッコんでくれないにゃぁ」
「すみません」
「だけど心の中ではツッコんでくれてると見た」
「……」
「しかも割とキレキレの言葉で」

 キレがあるかどうかは置いとくとして、その他はまあ、当たりだ。
 そんなに顔に出ていただろうかと、頬をかく。

「ま、ぜーんぶ茜ちゃんの受け売りなんだけどー」
「四季宮さんの……?」
「そっ。『真崎君って普段はあんまり喋らないんだけど、でも実は結構お喋りだと思うんだよね。最近は段々と素の部分が出てきてる気がして嬉しいんだー』ってさ」

 心臓を。
 わしづかみにされたような気がした。
 四季宮さんが、そんなことを……。
 荒れた呼吸を整えつつ、織江さんの話に耳を傾ける。

「最近の茜ちゃんったら、藤堂君のことを話す話す。まったく、私ってば柄にもなく嫉妬しちゃいそうになるくらいだったぜー」

 あ、嘘だよ? 勢いで言っただけだから気にしないで? とすかさず織江さん。反応に困ったので、僕はメロンソーダに口をつけた。
 そうか、四季宮さんが僕の話を……。

「家で服装をほめてもらった話とか、プールで一緒に遊んだ話とか、その他もろもろまとめて全部、すっごい楽しそうに話してくれたんだよ。へい、思い出の活け造り盛り合わせ一丁あがりぃ! って感じ」

 織江さんは、一セリフに一回ボケないといけない縛りでも自分に課しているんだろうか。
 いちいち反応しているとキリがないので、適度にスルーすることにした。

「だからさ」

 一転。

「あんな風に言われたら、茜ちゃん、きっとショックだったと思うんだ」
「……はい」

 それまでのセリフとは打って変わって、飾らない、ストレートな言葉は、僕の胸をざくりと貫いた。
 じんじんと熱を持っているみたいにうずく気がして、思わず手を当てる。

「だからまあ、なんていうか、ほら、あれよ。そういう、茜ちゃんのピュアピュアで可愛いところを見てたから、ちょっと藤堂君に腹が立ったというか、焼きを入れたくなっちゃったというか……。つまり何が言いたいかというと――」

 乾いた音を立てて、織江さんは両手を合わせて頭を下げた。

「殴ってゴメン!」

 なんで謝られているのか一瞬理解できず、そういえばさっき鳩尾を殴られたなと思い出した。
 反応がなくて不安に思ったのか、合わせた手の脇からちらちらとこちらの様子をうかがってくる織江さんの仕草が面白くて、思わず笑ってしまいそうになる。

 ……この人も、いい人なんだな。
 色々と強烈だし、僕とは全く相容れない性質の人だとは思う。
 それでも、裏表のない真っすぐな人だということは、この短時間でも嫌と言うほど伝わってきた。

「いえ……謝らないでください。正直、あの時殴られて、少しほっとした自分がいたのも事実なので」
「え、藤堂君って殴られるのが好きなの?」
「はっ倒しますよ」
「きゃはは! ツッコまれたー!」

 やっぱり苦手だ、この人……。
 でも……さっきの言葉に嘘はなかった。
 自分の言葉で四季宮さんを傷つけてしまった僕を、織江さんは咎《とが》めてくれた。それだけで少し、救われた気がしたんだ。

「うーん。私が言うのもあれだけど……ダメだよ? ちゃんと本人にも謝らないと」
「分かってます……。ちゃんと、いつか……折を見て……絶対……」
「うわー、だめそー」
「言わないでください……。自分でも分かってます……」
「だいたいさー――っと、失礼」

 テーブルの上に置いていた織江さんのスマホが震えた。
 ぽちぽちとスマホを弄ったのち、織江さんは何とも言えない表情で、唇をぐにっと曲げた。

「芳しくないなあ」
「何がですか?」
「これ、茜ちゃんからメッセなんだけどさー」

 くるっとひっくり返して見せてくれた画面には「婚約者のこと、真崎君に説明しといてくれないかな」とあった。

「お前が自分で言うんだよっ! って、本当なら返したいところだけど……まあこればっかりは仕方がないかあ」

 当然だけれど、僕の方にはメッセは来ていなかった。
 あんな別れ方をしたのだから、当たり前だ。分かってはいても、心は沈む。どこまでも自分勝手だな、僕は……。

 すっくと織江さんは立ち上がり、空になったコップを掴んだ。

「藤堂君、ちょっと長い話になるから、ドリンクバーお代わりしようぜ。二杯目以降の代金は、私が奢るからさ」

 ドリンクバーはいくら飲んでも一杯目の代金だろうと思ったけれど、僕は何も言わずに黙って彼女に従った。

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