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出題篇 □■□■君は
第十九話 (5) 『悪意と体育倉庫荒し』
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夜の自習時間、僕は二人の人物を食堂前の水飲み場に呼び出した。
ここなら人がぽつぽつとしか来ないし、先生にもとやかく言われない。
「やぁ、急にごめんね」
指定した時刻ぴったりに表れた二人――――鴨川さんと、わっきーに向かって、僕は挨拶をした。
「ちょっと確認したいことがあってさ」
「あぁ……分かってる」
わっきーは言葉少なく、静かにうなずいた。
思えばここ数日、わっきーは寮内でも大人しかった気がする。
一方の鴨川さんはというと……こちらはもう、顔色が悪い。
彼女が全くの悪人ではないことを知っているから、僕は少し心が痛んだ。
それでもやっぱり、真実を明らかにしたくちゃいけないと思うから、伝えなくちゃいけないと思うから。
僕は話し始める。
「体育倉庫を荒らしたのは、わっきーだよね」
「……そうだよ」
わっきーは頷いた。
「一応聞いておきたいんだけど、どうして俺だって分かったの? あの現場を見ただけじゃ、誰が犯人かなんてわからないと思うんだけど……」
「順番、だよ」
体育倉庫の中は確かにひどい有様だった。
棚やマットは倒れ、バスケットボールは転がり、おまけに蛍光灯は割れていた。けれど、決して無秩序ではなかった。その荒れ方には、一定の法則があった。
「バスケットボールの籠が倒れて、その上にマットがあった。つまり、バスケットボールの籠が倒れたのは、マットが倒れるよりも前って事になる」
そしてそれは、蛍光灯の割れた破片のかぶり方を見ても分かる。
マットの下にあったボールにまで、蛍光灯の破片がかかっていたのだから。
同様に、跳び箱が崩れたのは、棚が倒れてきたからだ。
「つまり順番としては、バスケットボールの籠が倒れて、蛍光灯が割れて、マットや棚が倒れたって事になる」
「それがなんだって――――」
「もう一つ。バスケットボールの散らばり方にも規則性があった」
バスケットボールは全て、扉の反対側に散らばっていた。
籠が倒れた方向そのままだ。一つを除いて。
「一個だけ、全く違う場所に転がってるバスケットボールがあった。それで分かったんだ。この惨状は、一つのバスケットボールを叩きつけたことによって連鎖的に生じたんだって」
「……っ」
恐らくわっきーは、バスケットボールを籠に向かって叩きつけたのだろう。
それが跳ね変えって、天井の蛍光灯を割り、更にはマット、棚に当たってしまい、それぞれ崩れ落ちた。そんなところだろう。
仮にあの状況が何らかの作為的に行われたとするならば、こんな秩序だった荒れ方はしなかっただろう。それこそ、壁にかかったバドミントンのラケットも、バレーボールの籠も、被害にあっていたかもしれない。
加えてもう一点。
「わっきー、蛍光灯が割れた時、真下にいたでしょ。大丈夫だった?」
「……あぁ。何とか破片は吸い込まずにすんだよ」
体育館の入り口付近にあった白い粉、あれは蛍光灯の破片が更に粉々になったものだ。
わっきーはバスケットボールを叩きつけて、それが蛍光灯に命中。真下にいたワッキーは、その破片をもろに被る形となった。
これが、あの状況から僕が悪意を感じ取らなかったもう一つの理由。
もしあれが意図的に引き起こされたものだとするならば、蛍光灯が割れた時に真下にいるようなへまはしないだろう。
あれは突発的な感情、そう、例えば「苛立ち」なんかがトリガーとなって引き起こされた事件なんだ。
「バスケットボールを叩きつけたから、バスケ部の誰かが犯人ってこと?」
「それもあるけど、バレーボールの籠は、バスケットボールの籠よりも奥にあったからね。バレーボールの部員は先に帰ってたんじゃないかと思って」
もし片付けが終わっても体育館に残り続けていたとすれば、流石に誰かの記憶に残りそうなものだ。
なるほど、とわっきーは呟いて、続ける。
「けど、そこから俺に絞り込むのは無理じゃないか? 昨日活動してたバスケ部員は俺を入れても十人近くいるんだ」
わっきーの言う通りだった。
ここからは論理的な展開はできない。どうしたって、少し感情論が入る。
「一つは……バスケ部員の中で、バスケットボールを強く叩きつけるほどの大きな「負の感情」を、練習後に抱くのは、わっきーだけだろうって思ったこと」
食事中、播磨さんと交わした会話を思い出す。
『わっきー先輩、バスケ部のエースなんですよねー。この前の交流試合とか、大大大活躍だったって聞きました!』
『へー、交流試合なんてあったんだ?』
『はいです! スポーツ系の部活は、現地校の人と定期的に交流戦をしてるんですよー! 惜しくも負けちゃったみたいですけど、わっきー先輩の活躍が見られたから超満足って友達が言ってました!』
『負けちゃったんだ』
『はいす! でもバスケ部の皆さんもそんなに落ち込んでませんでしたし、むしろ善戦したことでわっきーさんのすごさが際立ったみたいな!』
「負けた事を悔しがらない部活。これは賛否両論あるだろうけど……わっきーは嫌だったんじゃないかな」
憂さ晴らしスポーツ大会でララちゃんに横を抜かれた時、すごく悔しそうだったわっきーの顔が脳裏をよぎる。
わっきーはもしかしたら負けず嫌いなのかもしれない。
バスケが大好きなのかもしれない。
どちらにせよ、交流試合で負けてなお笑っているような部活動に対して、憤りを感じていてもおかしくはないと思った。
「なるほど……だから俺、か……」
「うん。もう一つは、鴨川さん、かな」
僕に名前を呼ばれ、これまで発言をしていなかった鴨川さんの肩がびくりと震えた。
夢莉さんにメッセージを届けられた時点で、僕たちの背中を押したのは女子である可能性が非常に高くなった。
しかも手紙を届けた主は、夢莉さんが風邪で寝込み、別の部屋に移っていたことも知っていた。誰かに聞いた可能性もあるが、同学年である疑いは高まった。
ここからは若干循環論ではあるけれど、僕はこう考えた。
わっきーが犯人であれば、その話を、例えばあの時水飲み場に向かっていた鴨川さんに漏らしてしまう事があったかもしれない。そうなれば、鴨川さんが現場を確認しに行ってしまったとしても、不思議ではないと思う、と。
おそらくこの二人は……恋仲、なのだろうから。
「あの時、香子……鴨川さんに話したのは失敗だったって思ってるよ。鴨川さんはドジで猪突猛進だから、俺が体育倉庫をめちゃくちゃにしたって話をしたら、何するか分からないって分かってたのにな」
それでも思わず心を許している鴨川さんについ漏らしてしまうくらいには、わっきーも動揺していたという事なのだろう。
そして、僕たちの背中を押したのが鴨川さんなのであれば、わっきーが犯人である可能性がますます高まる。他の生徒が犯人である可能性と比較して、よりあり得そうな方を選択し、僕は二人を呼び出した。
これが、この事件の真相だ。
「言い出すかどうか、悩んでたでしょ」
「あぁ……悪い事をした自覚はあるし、何より間接的に七々扇さんを傷付けてしまったわけだからね……」
「そ、それは私がっ!」
「香子は悪くないよ。原因を作ったのは、間違いなく俺だ」
だけど、とわっきーは続ける。
「もうすぐ交流戦もある。この事件がバレれば俺は間違いなく暫く部活動をやらせてもらえないし……もしかしたら、部活動自体がしばらく停止になるかもしれない。強くなる気は、あんまりないけど……みんなバスケは好きだから、それは……嫌で……」
「今回の件も、わざとやったわけじゃないし……もしかしたら反省文くらいで済むかもしれないし……早く名乗り出た方が、いいと思うよ」
「……そうだよね。ありがとう、かなたっち。」
もともと名乗り出るかどうかはすごく悩んでいたんだと思う。わっきーは変態だけど、いいやつだ。性癖は曲がっているけれど、性格はまっすぐな子だ。
ただ、悪い事をすれば、しかもそれが故意ではなく、過失なのであれば。
名乗り出るには勇気がいる。誰だって。
ましてやあんな大ごとになってしまったのであれば、尚更だ。こうして謎を解き明かしたことで、彼の背中を押してあげることができたのであれば、良かったなと思う。
さて、と。
僕は鴨川さんの方を向く。
「鴨川さん」
「はいっ……」
「夢莉さんから伝言があるんだ」
「は、い……」
ぎゅぅっと目をつぶった鴨川さんに、僕は一字一句たがわず、彼女の伝言を言う。
「『こんど脇谷くんとの恋バナ、詳しく聞かせてね』」
「…………え?」
「全然気にしてないってことだよ」
そもそも鴨川さんに、僕たちを傷つけようという意思がなかったのは明らかだ。
僕たちの背中を押した手の力は全く強くなくて。夢莉さんだって万全の状態だったら、あんな風にはならなかったと思う。
わっきーがしでかしてしまった体育倉庫の惨状を確認しに来たら、何故か夢莉さんと僕がいて。
僕たち二人は、謎を解いたりしていることが、そこそこ知れ渡っていて。だからわっきーがやったことがこのままではばれてしまうのではないかと、パニックになって、思わず僕らの背中を押してしまったのだろう。
悪意はなかったんだ。
「でも、わたしっ……」
「直接本人に謝ったら、きっとそれで許してくれると思うよ。それでまた、いつも通り楽しくお喋りしようって。この伝言は、そういう意味だと思うよ」
「……ぁ……ぁあ……」
静かに泣き始めた鴨川さんの頭を、わっきーがぽんぽんと撫でた。
苛立ちと憤りが行き場所をなくしたが故に起こった体育倉庫の惨状。
焦りと焦燥、それからちょっとした不幸から起こった、夢莉さんの怪我。
どちらも、悪意から生じたものではなかったと分かった僕は、ほっと胸をなでおろした。
それが悪意でないのならば、いずれ傷は塞がって消えるだろうから。心も、体も。
◇◇◇
その後、わっきーは体育倉庫を荒らしたのは自分だと名乗り出た。
鴨川さんも自分がやってしまった事を包み隠さず話したそうだ。
この学院は恋愛禁止だから、恐らく二人が付き合っている件は隠したのだと思うけれど。
先生方からは少し不審に思われたかもしれない、と後でわっきーが話してくれた。
「まぁ香子には基本黙ってもらっておいて、大体は俺が報告したから、多分大丈夫だとは思うけど」
なんでも、しゅっ、とそつなくこなすわっきーのことだ。その辺はうまいことやったのだと思う。
結局部活動は禁止にならず、罰は反省文だけで済んだそうだ。枚数がえげつない、とげっそりした顔をしていたけれど、まぁそこは頑張ってもらうしかない。
二日後、風邪も治って完全復帰した夢莉さんに、わっきーと鴨川さんは平謝りをした。何故か僕も一緒に同行させられたのだけど、謝られている夢莉さんが慌てふためくレベルの謝りようだった。女の子の顔に傷が付いたのだから、逆の立場なら僕も同じくらい謝るかもしれないけど。
「傷は浅かったし、気にしなくていいよー。まぁ暫くはコンタクトはやめて、メガネで過ごすことになるかもだけど……。これも気分転換になって、いい感じだよね?」
とメガネの縁をきゅっと上げて決めポーズをとった夢莉さんは、大層可愛くてやっぱり何かエロかった。
彼女持ちのわっきーまでもが「エロい……」と呟いてしまったのだから、間違いない。
その後鴨川さんに無言で蹴られ続けていたけど、自業自得だと思う。
そんなこんなで、体育倉庫の事件は一件落着した、と言っていいだろう。
鴨川さんとわっきー、そして夢莉さんの間に確執は残らなかったし、クラスの雰囲気も良い。
あの謎は解き明かして正解だったんだと、僕はほっと胸をなでおろした。
ここなら人がぽつぽつとしか来ないし、先生にもとやかく言われない。
「やぁ、急にごめんね」
指定した時刻ぴったりに表れた二人――――鴨川さんと、わっきーに向かって、僕は挨拶をした。
「ちょっと確認したいことがあってさ」
「あぁ……分かってる」
わっきーは言葉少なく、静かにうなずいた。
思えばここ数日、わっきーは寮内でも大人しかった気がする。
一方の鴨川さんはというと……こちらはもう、顔色が悪い。
彼女が全くの悪人ではないことを知っているから、僕は少し心が痛んだ。
それでもやっぱり、真実を明らかにしたくちゃいけないと思うから、伝えなくちゃいけないと思うから。
僕は話し始める。
「体育倉庫を荒らしたのは、わっきーだよね」
「……そうだよ」
わっきーは頷いた。
「一応聞いておきたいんだけど、どうして俺だって分かったの? あの現場を見ただけじゃ、誰が犯人かなんてわからないと思うんだけど……」
「順番、だよ」
体育倉庫の中は確かにひどい有様だった。
棚やマットは倒れ、バスケットボールは転がり、おまけに蛍光灯は割れていた。けれど、決して無秩序ではなかった。その荒れ方には、一定の法則があった。
「バスケットボールの籠が倒れて、その上にマットがあった。つまり、バスケットボールの籠が倒れたのは、マットが倒れるよりも前って事になる」
そしてそれは、蛍光灯の割れた破片のかぶり方を見ても分かる。
マットの下にあったボールにまで、蛍光灯の破片がかかっていたのだから。
同様に、跳び箱が崩れたのは、棚が倒れてきたからだ。
「つまり順番としては、バスケットボールの籠が倒れて、蛍光灯が割れて、マットや棚が倒れたって事になる」
「それがなんだって――――」
「もう一つ。バスケットボールの散らばり方にも規則性があった」
バスケットボールは全て、扉の反対側に散らばっていた。
籠が倒れた方向そのままだ。一つを除いて。
「一個だけ、全く違う場所に転がってるバスケットボールがあった。それで分かったんだ。この惨状は、一つのバスケットボールを叩きつけたことによって連鎖的に生じたんだって」
「……っ」
恐らくわっきーは、バスケットボールを籠に向かって叩きつけたのだろう。
それが跳ね変えって、天井の蛍光灯を割り、更にはマット、棚に当たってしまい、それぞれ崩れ落ちた。そんなところだろう。
仮にあの状況が何らかの作為的に行われたとするならば、こんな秩序だった荒れ方はしなかっただろう。それこそ、壁にかかったバドミントンのラケットも、バレーボールの籠も、被害にあっていたかもしれない。
加えてもう一点。
「わっきー、蛍光灯が割れた時、真下にいたでしょ。大丈夫だった?」
「……あぁ。何とか破片は吸い込まずにすんだよ」
体育館の入り口付近にあった白い粉、あれは蛍光灯の破片が更に粉々になったものだ。
わっきーはバスケットボールを叩きつけて、それが蛍光灯に命中。真下にいたワッキーは、その破片をもろに被る形となった。
これが、あの状況から僕が悪意を感じ取らなかったもう一つの理由。
もしあれが意図的に引き起こされたものだとするならば、蛍光灯が割れた時に真下にいるようなへまはしないだろう。
あれは突発的な感情、そう、例えば「苛立ち」なんかがトリガーとなって引き起こされた事件なんだ。
「バスケットボールを叩きつけたから、バスケ部の誰かが犯人ってこと?」
「それもあるけど、バレーボールの籠は、バスケットボールの籠よりも奥にあったからね。バレーボールの部員は先に帰ってたんじゃないかと思って」
もし片付けが終わっても体育館に残り続けていたとすれば、流石に誰かの記憶に残りそうなものだ。
なるほど、とわっきーは呟いて、続ける。
「けど、そこから俺に絞り込むのは無理じゃないか? 昨日活動してたバスケ部員は俺を入れても十人近くいるんだ」
わっきーの言う通りだった。
ここからは論理的な展開はできない。どうしたって、少し感情論が入る。
「一つは……バスケ部員の中で、バスケットボールを強く叩きつけるほどの大きな「負の感情」を、練習後に抱くのは、わっきーだけだろうって思ったこと」
食事中、播磨さんと交わした会話を思い出す。
『わっきー先輩、バスケ部のエースなんですよねー。この前の交流試合とか、大大大活躍だったって聞きました!』
『へー、交流試合なんてあったんだ?』
『はいです! スポーツ系の部活は、現地校の人と定期的に交流戦をしてるんですよー! 惜しくも負けちゃったみたいですけど、わっきー先輩の活躍が見られたから超満足って友達が言ってました!』
『負けちゃったんだ』
『はいす! でもバスケ部の皆さんもそんなに落ち込んでませんでしたし、むしろ善戦したことでわっきーさんのすごさが際立ったみたいな!』
「負けた事を悔しがらない部活。これは賛否両論あるだろうけど……わっきーは嫌だったんじゃないかな」
憂さ晴らしスポーツ大会でララちゃんに横を抜かれた時、すごく悔しそうだったわっきーの顔が脳裏をよぎる。
わっきーはもしかしたら負けず嫌いなのかもしれない。
バスケが大好きなのかもしれない。
どちらにせよ、交流試合で負けてなお笑っているような部活動に対して、憤りを感じていてもおかしくはないと思った。
「なるほど……だから俺、か……」
「うん。もう一つは、鴨川さん、かな」
僕に名前を呼ばれ、これまで発言をしていなかった鴨川さんの肩がびくりと震えた。
夢莉さんにメッセージを届けられた時点で、僕たちの背中を押したのは女子である可能性が非常に高くなった。
しかも手紙を届けた主は、夢莉さんが風邪で寝込み、別の部屋に移っていたことも知っていた。誰かに聞いた可能性もあるが、同学年である疑いは高まった。
ここからは若干循環論ではあるけれど、僕はこう考えた。
わっきーが犯人であれば、その話を、例えばあの時水飲み場に向かっていた鴨川さんに漏らしてしまう事があったかもしれない。そうなれば、鴨川さんが現場を確認しに行ってしまったとしても、不思議ではないと思う、と。
おそらくこの二人は……恋仲、なのだろうから。
「あの時、香子……鴨川さんに話したのは失敗だったって思ってるよ。鴨川さんはドジで猪突猛進だから、俺が体育倉庫をめちゃくちゃにしたって話をしたら、何するか分からないって分かってたのにな」
それでも思わず心を許している鴨川さんについ漏らしてしまうくらいには、わっきーも動揺していたという事なのだろう。
そして、僕たちの背中を押したのが鴨川さんなのであれば、わっきーが犯人である可能性がますます高まる。他の生徒が犯人である可能性と比較して、よりあり得そうな方を選択し、僕は二人を呼び出した。
これが、この事件の真相だ。
「言い出すかどうか、悩んでたでしょ」
「あぁ……悪い事をした自覚はあるし、何より間接的に七々扇さんを傷付けてしまったわけだからね……」
「そ、それは私がっ!」
「香子は悪くないよ。原因を作ったのは、間違いなく俺だ」
だけど、とわっきーは続ける。
「もうすぐ交流戦もある。この事件がバレれば俺は間違いなく暫く部活動をやらせてもらえないし……もしかしたら、部活動自体がしばらく停止になるかもしれない。強くなる気は、あんまりないけど……みんなバスケは好きだから、それは……嫌で……」
「今回の件も、わざとやったわけじゃないし……もしかしたら反省文くらいで済むかもしれないし……早く名乗り出た方が、いいと思うよ」
「……そうだよね。ありがとう、かなたっち。」
もともと名乗り出るかどうかはすごく悩んでいたんだと思う。わっきーは変態だけど、いいやつだ。性癖は曲がっているけれど、性格はまっすぐな子だ。
ただ、悪い事をすれば、しかもそれが故意ではなく、過失なのであれば。
名乗り出るには勇気がいる。誰だって。
ましてやあんな大ごとになってしまったのであれば、尚更だ。こうして謎を解き明かしたことで、彼の背中を押してあげることができたのであれば、良かったなと思う。
さて、と。
僕は鴨川さんの方を向く。
「鴨川さん」
「はいっ……」
「夢莉さんから伝言があるんだ」
「は、い……」
ぎゅぅっと目をつぶった鴨川さんに、僕は一字一句たがわず、彼女の伝言を言う。
「『こんど脇谷くんとの恋バナ、詳しく聞かせてね』」
「…………え?」
「全然気にしてないってことだよ」
そもそも鴨川さんに、僕たちを傷つけようという意思がなかったのは明らかだ。
僕たちの背中を押した手の力は全く強くなくて。夢莉さんだって万全の状態だったら、あんな風にはならなかったと思う。
わっきーがしでかしてしまった体育倉庫の惨状を確認しに来たら、何故か夢莉さんと僕がいて。
僕たち二人は、謎を解いたりしていることが、そこそこ知れ渡っていて。だからわっきーがやったことがこのままではばれてしまうのではないかと、パニックになって、思わず僕らの背中を押してしまったのだろう。
悪意はなかったんだ。
「でも、わたしっ……」
「直接本人に謝ったら、きっとそれで許してくれると思うよ。それでまた、いつも通り楽しくお喋りしようって。この伝言は、そういう意味だと思うよ」
「……ぁ……ぁあ……」
静かに泣き始めた鴨川さんの頭を、わっきーがぽんぽんと撫でた。
苛立ちと憤りが行き場所をなくしたが故に起こった体育倉庫の惨状。
焦りと焦燥、それからちょっとした不幸から起こった、夢莉さんの怪我。
どちらも、悪意から生じたものではなかったと分かった僕は、ほっと胸をなでおろした。
それが悪意でないのならば、いずれ傷は塞がって消えるだろうから。心も、体も。
◇◇◇
その後、わっきーは体育倉庫を荒らしたのは自分だと名乗り出た。
鴨川さんも自分がやってしまった事を包み隠さず話したそうだ。
この学院は恋愛禁止だから、恐らく二人が付き合っている件は隠したのだと思うけれど。
先生方からは少し不審に思われたかもしれない、と後でわっきーが話してくれた。
「まぁ香子には基本黙ってもらっておいて、大体は俺が報告したから、多分大丈夫だとは思うけど」
なんでも、しゅっ、とそつなくこなすわっきーのことだ。その辺はうまいことやったのだと思う。
結局部活動は禁止にならず、罰は反省文だけで済んだそうだ。枚数がえげつない、とげっそりした顔をしていたけれど、まぁそこは頑張ってもらうしかない。
二日後、風邪も治って完全復帰した夢莉さんに、わっきーと鴨川さんは平謝りをした。何故か僕も一緒に同行させられたのだけど、謝られている夢莉さんが慌てふためくレベルの謝りようだった。女の子の顔に傷が付いたのだから、逆の立場なら僕も同じくらい謝るかもしれないけど。
「傷は浅かったし、気にしなくていいよー。まぁ暫くはコンタクトはやめて、メガネで過ごすことになるかもだけど……。これも気分転換になって、いい感じだよね?」
とメガネの縁をきゅっと上げて決めポーズをとった夢莉さんは、大層可愛くてやっぱり何かエロかった。
彼女持ちのわっきーまでもが「エロい……」と呟いてしまったのだから、間違いない。
その後鴨川さんに無言で蹴られ続けていたけど、自業自得だと思う。
そんなこんなで、体育倉庫の事件は一件落着した、と言っていいだろう。
鴨川さんとわっきー、そして夢莉さんの間に確執は残らなかったし、クラスの雰囲気も良い。
あの謎は解き明かして正解だったんだと、僕はほっと胸をなでおろした。
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