78 / 110
第十章 戦火は突然に
4
しおりを挟む
笑顔で話しかけると、農民たちもにこやかに答えた。
「おお、お客人の方」
「お出かけですか? 何も無い場所ですから、ご退屈でしょう」
「ハルカ、と申します。空気は気持ち良いし、快適ですよ」
好意的な反応にほっとしつつ、私は答えた。
「しばらく、こちらの地域でお世話になるので、よろしくお願いします……。今は、収穫作業をなさっているのですか? 大変ですね」
無造作に盛られた大量の生姜を眺めながら労うと、彼らはいやいやとかぶりを振った。
「慣れた仕事ですからね。それに、領主様が何かとご配慮くださるので、助かっていますよ」
「そうそう! 労働環境は整えてくださるし、税金だって抑えていただいていますから」
私は、感心した。
「そうなんですね」
「ええ。ここだけの話、他領と比べても、生活はかなり楽な方だと思いますよ。ありがたい限りです」
農民たちは、心底グレゴールに感謝している様子だ。先ほど見てきた、領民たちの柔らかい表情からも、それは確信できた。
「それは何よりです……。それにしても、収穫現場を見られるなんて、感慨深いですわ。いえ、実は私、生姜を用いた新しいメニューを王都で広めていまして。割と好評なのですよ」
ほう、と農民たちは目を輝かせた。
「どんな料理なんです?」
「紅生姜といいまして……」
作り方を説明すると、彼らは興味深げに聞いていたが、牛肉料理と、パンまたは米に合わせるのだと告げると、表情は一転曇った。
「それは、俺たちでは無理ですねえ」
「肉なんて、滅多に食べられるものじゃないですから」
そうかあ、と私は肩を落とした。いくら他領よりは裕福とはいえ、肉が行き渡るところまではいかないのだろう。
「米もねえ。戦争が終わって、ロスキラと良い関係が築けるようになったら、手に入るかもですけどねえ」
本当にそうなればよいなあ、と私は思った。それにしても、せっかく紅生姜に興味を持ってくれたのだから、他に紹介できるレシピは無いだろうか。あれこれ考えを巡らせるが、お好み焼きなどの付け合わせのイメージしかない。
(あ、そうだ。紅生姜の天ぷらはどうだろう?)
私は、途中ではたと思い出した。関西で人気だ、とテレビで観た記憶がある。思い切って紹介すると、農民たちは意外にも喜んだ。
「油で揚げるのか! そりゃ美味そうだ」
「女房に言って、作ってもらうとするか。作り方、教えてやってもらえます?」
「ええ、もちろん……」
張り切って頷いていた私だったが、その時ふと、生姜畑の片隅で、女性がうずくまっているのに気付いた。何だか顔色がよろしくない。
「大丈夫ですか?」
私は、駆け寄って声をかけた。
「ありがとうございます。ご心配無く。農作業をしていると、いつもこうなるんです」
女性は、脚をさすっている。
「もしかして、脚、冷えます?」
「はあ。なるべく温かくはしているんですけどねえ……」
外で作業していたらそうなるだろうなあ、と私は思った。おまけに、この地域は気温が低めときている。
「女性は、下半身を冷やさない方がいいんですけどねえ……。獲れた生姜、食べてます? 体が温まりますよ」
せっかくこんなに獲れるのだからと思ったのだが、女性からは意外な言葉が返って来た。
「クッキーやプディングで、美味しくいただいてますよ」
「え、お菓子だけですか? 他のお料理では?」
私はきょとんとしたのだが、女性はかぶりを振った。
「男どもは、ジンジャービールを飲みますけど。使い方といったら、それくらいですかねえ」
まあ、と私は眉をひそめた。日本では生姜といえば、体を温める効果があるからと、様々なレシピが開発されていたというのに。
(よし、決めたわ)
私は、大きく頷いた。この領内の人たちに、色々な生姜料理を教えてあげよう。あんかけ、スープ……。材料は手に入るだろうか。少しだけ役に立てそうな予感がして、私はわくわくしてきたのだった。
それからというもの、私はハイネマン家の別邸に領民の女性たちを招いて、様々な生姜レシピを伝授するようになった。男性陣には紅生姜の天ぷらがウケたようだが、女性たちの一番人気は、シンプルな生姜湯であった。
「甘いし温まるし、いいですねえ。こんな使い方があったとは」
女性らは、口々に言った。
「それに最近、農作業をしていても体が楽なんです。生姜効果ですね」
「うちの子も、これがお気に入りでね。風邪気味だったのが、けろっと治ったんですよ」
喜んでもらえている様子に、私はほっと胸を撫で下ろした。すると一人の女性が、とんでもないことを言い出した。
「ハルカ様が領主様の奥方になられたら、いいのにねえ? ご婚約者ではないなんて、残念」
「ええ!? いえ、私なんて……」
私は目を剥いたのだが、他の女性たちも頷き合っている。
「お綺麗だしお優しいし、何より、私どものことを考えてくださっていますもの」
「そうですよ。でも、一時滞在されているだけなんですよね? となると、いつかは帰られてしまうんですね……」
「……まあ、そうですね」
側妃になるにせよ仕事を持つにせよ、いずれはハイネマン邸から出て行かなければいけない。そうなれば、このハイネマン領ともお別れだ。
そこで私は、ふと王都のことに思いを巡らせた。ここへ来て五日になるが、戦況に関する知らせは、まだ入らない。
(戦争、一体どうなっているのかしら……)
グレゴールは、無事なのだろうか。屋敷を守っている、メルセデスやヘルマンたちも心配だ。榎本さんも、どうしているのだろう。自分一人が、ここでのんきに料理をしていていいのだろうか。
(でも、皆喜んでくれているし。私は、私にできることをやるしかない……)
改めてそう決意すると、私は自分を鼓舞したのだった。
「おお、お客人の方」
「お出かけですか? 何も無い場所ですから、ご退屈でしょう」
「ハルカ、と申します。空気は気持ち良いし、快適ですよ」
好意的な反応にほっとしつつ、私は答えた。
「しばらく、こちらの地域でお世話になるので、よろしくお願いします……。今は、収穫作業をなさっているのですか? 大変ですね」
無造作に盛られた大量の生姜を眺めながら労うと、彼らはいやいやとかぶりを振った。
「慣れた仕事ですからね。それに、領主様が何かとご配慮くださるので、助かっていますよ」
「そうそう! 労働環境は整えてくださるし、税金だって抑えていただいていますから」
私は、感心した。
「そうなんですね」
「ええ。ここだけの話、他領と比べても、生活はかなり楽な方だと思いますよ。ありがたい限りです」
農民たちは、心底グレゴールに感謝している様子だ。先ほど見てきた、領民たちの柔らかい表情からも、それは確信できた。
「それは何よりです……。それにしても、収穫現場を見られるなんて、感慨深いですわ。いえ、実は私、生姜を用いた新しいメニューを王都で広めていまして。割と好評なのですよ」
ほう、と農民たちは目を輝かせた。
「どんな料理なんです?」
「紅生姜といいまして……」
作り方を説明すると、彼らは興味深げに聞いていたが、牛肉料理と、パンまたは米に合わせるのだと告げると、表情は一転曇った。
「それは、俺たちでは無理ですねえ」
「肉なんて、滅多に食べられるものじゃないですから」
そうかあ、と私は肩を落とした。いくら他領よりは裕福とはいえ、肉が行き渡るところまではいかないのだろう。
「米もねえ。戦争が終わって、ロスキラと良い関係が築けるようになったら、手に入るかもですけどねえ」
本当にそうなればよいなあ、と私は思った。それにしても、せっかく紅生姜に興味を持ってくれたのだから、他に紹介できるレシピは無いだろうか。あれこれ考えを巡らせるが、お好み焼きなどの付け合わせのイメージしかない。
(あ、そうだ。紅生姜の天ぷらはどうだろう?)
私は、途中ではたと思い出した。関西で人気だ、とテレビで観た記憶がある。思い切って紹介すると、農民たちは意外にも喜んだ。
「油で揚げるのか! そりゃ美味そうだ」
「女房に言って、作ってもらうとするか。作り方、教えてやってもらえます?」
「ええ、もちろん……」
張り切って頷いていた私だったが、その時ふと、生姜畑の片隅で、女性がうずくまっているのに気付いた。何だか顔色がよろしくない。
「大丈夫ですか?」
私は、駆け寄って声をかけた。
「ありがとうございます。ご心配無く。農作業をしていると、いつもこうなるんです」
女性は、脚をさすっている。
「もしかして、脚、冷えます?」
「はあ。なるべく温かくはしているんですけどねえ……」
外で作業していたらそうなるだろうなあ、と私は思った。おまけに、この地域は気温が低めときている。
「女性は、下半身を冷やさない方がいいんですけどねえ……。獲れた生姜、食べてます? 体が温まりますよ」
せっかくこんなに獲れるのだからと思ったのだが、女性からは意外な言葉が返って来た。
「クッキーやプディングで、美味しくいただいてますよ」
「え、お菓子だけですか? 他のお料理では?」
私はきょとんとしたのだが、女性はかぶりを振った。
「男どもは、ジンジャービールを飲みますけど。使い方といったら、それくらいですかねえ」
まあ、と私は眉をひそめた。日本では生姜といえば、体を温める効果があるからと、様々なレシピが開発されていたというのに。
(よし、決めたわ)
私は、大きく頷いた。この領内の人たちに、色々な生姜料理を教えてあげよう。あんかけ、スープ……。材料は手に入るだろうか。少しだけ役に立てそうな予感がして、私はわくわくしてきたのだった。
それからというもの、私はハイネマン家の別邸に領民の女性たちを招いて、様々な生姜レシピを伝授するようになった。男性陣には紅生姜の天ぷらがウケたようだが、女性たちの一番人気は、シンプルな生姜湯であった。
「甘いし温まるし、いいですねえ。こんな使い方があったとは」
女性らは、口々に言った。
「それに最近、農作業をしていても体が楽なんです。生姜効果ですね」
「うちの子も、これがお気に入りでね。風邪気味だったのが、けろっと治ったんですよ」
喜んでもらえている様子に、私はほっと胸を撫で下ろした。すると一人の女性が、とんでもないことを言い出した。
「ハルカ様が領主様の奥方になられたら、いいのにねえ? ご婚約者ではないなんて、残念」
「ええ!? いえ、私なんて……」
私は目を剥いたのだが、他の女性たちも頷き合っている。
「お綺麗だしお優しいし、何より、私どものことを考えてくださっていますもの」
「そうですよ。でも、一時滞在されているだけなんですよね? となると、いつかは帰られてしまうんですね……」
「……まあ、そうですね」
側妃になるにせよ仕事を持つにせよ、いずれはハイネマン邸から出て行かなければいけない。そうなれば、このハイネマン領ともお別れだ。
そこで私は、ふと王都のことに思いを巡らせた。ここへ来て五日になるが、戦況に関する知らせは、まだ入らない。
(戦争、一体どうなっているのかしら……)
グレゴールは、無事なのだろうか。屋敷を守っている、メルセデスやヘルマンたちも心配だ。榎本さんも、どうしているのだろう。自分一人が、ここでのんきに料理をしていていいのだろうか。
(でも、皆喜んでくれているし。私は、私にできることをやるしかない……)
改めてそう決意すると、私は自分を鼓舞したのだった。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
伝説の国のもふもふ白銀狼皇帝に捕らえられ、ラブ抜き結婚を迫られています
手塚エマ
BL
写真家の蓮はミュージシャンの親友に頼まれ、アルバムの写真を撮るため北欧へと旅立った。
針緑樹の森を散策するうち意識が遠のき、気づいた時には宮殿の一室に寝かされていた。
漣が紛れ込んだ『森』が伝説の国バウラウス帝国皇帝の妃になれと命じていると、皇帝自身から告げられる。
その結婚相手の皇帝イグジストは『森』の命に従って、恋愛感情なしでも蓮を妃として迎えると言い出すが……。
求婚はスイーツで
浅葱
恋愛
ケモ耳、しっぽ有りの亜人族が多い国。
亜人族の村の家族に引き取られた人族の娘は到着したその日男性たちに声をかけられまくる。
それというのも亜人族は女性が極端に少ないからだった。
そして成人したその日、たくさんの男性が甘いものを持ってやってきた。
困った彼女が選ぶのは誰のスイーツ?
亜人×人。安定のあまらぶハッピーエンドです(笑)
「プチプリ、〜 Sweet Love 〜 TL短編小説コンテスト『スイーツ』」で入選した作品です(プチプリは6/30閉鎖予定です)
強がり男子大学生はもふもふ熊獣人に絆される
鑽孔さんこう
BL
田舎の実家暮らしである大学生の川上理善(かわかみりぜん)は、家の裏山へ、気の向くままに訪れることが度々ある。世の中を騒がせる野生動物の人化現象、それが裏山でも起こっていることが分かり、立ち入ることも難しくなった。久々に裏山の隠れたあばら家を覗いてみると、中にはツキノワグマの獣人が居て…!**獣人が発生し出した世界線です。熊獣人は途中から出てきます。
作者がハピエン好きなのでハピエン確約致します。
※感想を頂けると狂喜乱舞します。誤字脱字の指摘も頂けますと幸いです。
もふもふしてもいいですか❓
夜ト
ファンタジー
異世界で新しい生活が始まる、微笑ましいのんびりもふもふしてゆっくりと遊んで幸せを掴む。
可愛いいは正義のショタはもふもふ動物大好き、ええっ運命の番は一人じゃないって本当なの、運命の番は唯一無二の大切な存在の筈でしょう。
この世界は運命の番を大切に護る為に、何人もの運命の番がいて大切な番を屋敷に閉じ込めて大切に護るのが常識。
もふもふ、ふわふわ、可愛い、ショタ、天然、天使、のんびり、まったりが盛りだくさんのはず、
誤字脱字は指摘しないで、スルーして下さい。
ヤンデレトナカイと落ちこぼれサンタクロースの十二月二十四日
橙乃紅瑚
恋愛
落ちこぼれと呼ばれるサンタクロースの女の子と、愛が重いトナカイの獣人が、子供の願いを叶えるために奮闘する話。
※この小説は他サイトにも掲載しています。
※表紙画像は「かんたん表紙メーカー」様にて作成しました。
※性的描写が入る話には「★」をつけています。
(フリースペースに小ネタへのリンクを貼り付けています。よろしければ見てみてください!※ネタバレ有)
女神に可哀想と憐れまれてチート貰ったので好きに生きてみる
紫楼
ファンタジー
もうじき結婚式と言うところで人生初彼女が嫁になると、打ち合わせを兼ねたデートの帰りに彼女が変な光に包まれた。
慌てて手を伸ばしたら横からトラックが。
目が覚めたらちょっとヤサグレ感満載の女神さまに出会った。
何やら俺のデータを確認した後、「結婚寸前とか初彼女とか昇進したばっかりと気の毒すぎる」とか言われて、ラノベにありがちな異世界転生をさせてもらうことに。
なんでも言えって言われたので、外見とか欲しい物を全て悩みに悩んで決めていると「お前めんどくさいやつだな」って呆れられた。
だけど、俺の呟きや頭の中を鑑みて良い感じにカスタマイズされて、いざ転生。
さて、どう楽しもうか?
わりと人生不遇だったオッさんが理想(偏った)モリモリなチートでおもしろ楽しく好きに遊んで暮らすだけのお話。
中味オッさんで趣味が偏っているので、昔過ぎるネタや下ネタも出てきます。
主人公はタバコと酒が好きですが、喫煙と飲酒を推奨はしてません。
作者の適当世界の適当設定。
現在の日本の法律とか守ったりしないので、頭を豆腐よりやわらかく、なんでも楽しめる人向けです。
オッさん、タバコも酒も女も好きです。
論理感はゆるくなってると思われ。
誤字脱字マンなのですみません。
たまに寝ぼけて打ってたりします。
この作品は、不定期連載です。
従者♂といかがわしいことをしていたもふもふ獣人辺境伯の夫に離縁を申し出たら何故か溺愛されました
甘酒
恋愛
中流貴族の令嬢であるイズ・ベルラインは、行き遅れであることにコンプレックスを抱いていたが、運良く辺境伯のラーファ・ダルク・エストとの婚姻が決まる。
互いにほぼ面識のない状態での結婚だったが、ラーファはイヌ科の獣人で、犬耳とふわふわの巻き尻尾にイズは魅了される。
しかし、イズは初夜でラーファの機嫌を損ねてしまい、それ以降ずっと夜の営みがない日々を過ごす。
辺境伯の夫人となり、可愛らしいもふもふを眺めていられるだけでも充分だ、とイズは自分に言い聞かせるが、ある日衝撃的な現場を目撃してしまい……。
生真面目なもふもふイヌ科獣人辺境伯×もふもふ大好き令嬢のすれ違い溺愛ラブストーリーです。
※こんなタイトルですがBL要素はありません。
※性的描写を含む部分には★が付きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる