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第八章 確かめ合えた愛は束の間で

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 私は辻馬車を拾うと、ニコル嬢の屋敷へと向かった。自分でも、馬鹿な真似をしているのはわかっている。優先すべきは、ガストンの尋問への立ち会いだというのに。それに、仮にアルベール様とニコル嬢が本当に逢い引きしていたとして、私に怒る筋合いは無い。

(偽装、ですものね。私との仲は……)

 私は、バール男爵との婚約が決まった時のことを思い出していた。彼が、シモーヌ夫人と手を切るつもりは無いらしい、と聞いて、バルバラ様とローズはせせら笑ったものだ。

『そりゃあそうでしょう。あの美しさと色気ではねえ』
『どんな男性だって、お義姉様よりシモーヌ夫人を選びますわよ』

 私に、言い返す言葉は無かった。シモーヌ夫人は、それは艶やかな女性だったのだ。姉妹だけあって、ニコル嬢も、姉に勝るとも劣らぬ妖艶な魅力をたたえている。

(アルベール様も、本当はああいう女性がお好きなのかしら……)

 屋敷の近くまで来ると、私は御者に、停まるよう指示した。

「しばらく、ここで待機してちょうだい。誰かに見とがめられたら、中に病人がいるのだ、とでも言って」
「お、張り込みですか!」

 好奇心旺盛らしき御者は、目を輝かせた。

「お嬢さん、ニコル嬢に男でも盗られたんで? やだなあ、ここで取っ組み合いの喧嘩とか、止めてくださいよお」

 そう言う割には、声が弾んでいるが。しかし、そんな発想になるということは、ニコル嬢とはやはりそういう女性なのだろう。私は、ますます気持ちが沈むのを感じた。

(前世のドラマでいえば、恋人の浮気をタクシー内で見張る、ってとこね……)

 前世でも体験しなかったのに、まさか現世で体験することになるとは。少しだけ馬車の窓を開けて、私は屋敷の様子を窺い続けた。

 しばらくすると、別の辻馬車が通りかかった。その馬車は、屋敷の前に停まった。ややあって、中から一人の男性が降り立つ。黒髪の、長身の男性だった。

「お嬢さん、あの男ですか!?」

 連絡窓をパッと開けて、御者がわめく。

「静かにして!」

 目をこらして、男性を見つめる。すると、彼が一瞬こちらを見た気がした。私は、慌てて窓を閉じた。

 少し時間を置いてから、もう一度おそるおそる、窓を開けてみる。男性が乗って来た辻馬車は、すでに姿を消し、男性は屋敷内へと入って行くところだった。

 男性は、門番と何事か言葉を交わしている。どうやら、顔見知りの様子だった。門番に微笑みかけたその時、彼の横顔が、はっきりと見えた。

 私は、顔を覆いたくなった。それは、紛れも無くアルベール様だったのだ。 
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