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第十一章 彼の正体

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「何かの間違いだ……」

 ナーディアは、小さく呟いていた。正義感にあふれ、曲がったことが大嫌いな父。幼い頃から、人として正しい道を歩くよう、それは厳しく躾けられてきたものだ。だからこそ、実の息子であるコルラードを勘当する決断まで下したのではないか。人情味にあふれ、部下たちからも慕われていた……。

(でも……)

 あの鎮圧の後、ロベルトが陞爵されたのは事実だ。バローネ伯爵について語りたくなさげだった、父の姿も蘇る。ジャンニの話題をした際も、彼は激しく怒った。ロレンツォの話が真実だとすれば、全て納得できる。何よりもフェリーニ侯爵は、ロベルトにこう言っていたではないか。

 ――自分は清廉潔白ですとでも、言いたいのか……。

(確かにあの時、十四年前というフレーズも登場した……)

 ロレンツォは荷物から、古いノートを取り出してきた。

「これは、父上の日記だ。確かに本人の筆跡で、王室への忠誠を誓う言葉や、このラクサンド王国に尽くしたいという思いが、日々綴られている。そんな人間が、国王陛下に謀反を企てると思うか? ……そして、これ」

 ロレンツォは、別の書類を見せた。

「マクシミリアーノ様が入手してくださった。チェーザレ殿下に賛同した者たちの、会合の記録。俺の父上は、含まれていない……。つまりだな」

 ロレンツォの瞳は、憎悪と嘲りに満ちていた。

「お前の父親は、無実の人間を陥れ、断頭台へ送ったんだ。お前、いつか言っていたな。父親には、悪いと思ったら潔く謝れとたたき込まれた、と。どの口が、娘にそんなことを言うかと思ったさ!」

 声も出なかった。

「マクシミリアーノ様は、立派なお方だ。謀反人を庇えば、ご自身の立場だって危ういだろうに、俺と母上を助けてくださった。愛の形とは、人によりずいぶん異なるようだ。……そして、ロベルト・ディ・モンテッラに復讐したいという俺の思いを理解し、協力してくださった」

 ナーディアは、愕然とした。それでフェリーニ侯爵は、ロレンツォをモンテッラ家の婿として、あっさり差し出したのか……。

「コドレラのサルトール辺境伯とマクシミリアーノ様は、元々旧知の仲だ。さらにマクシミリアーノ様は、コドレラの益になるような共同事業を彼に持ちかけ、その見返りとして俺をコドレラの騎士団に入れさせた。もっとも辺境伯は、母上と俺の正体は知らない。マクシミリアーノ様の愛人『シルヴィア』とその息子『ロレンツォ』だと、信じ込んでいる。……さて」

 ロレンツォは、そこでふと微笑んだ。

「五年前、ようやく復讐劇が幕を開けた。わかるか?」

 まさか、とナーディアは思った。ロベルトが負傷し、王立騎士団長を辞任した年だ……。

「あの怪我は、ザウリ様が仕組んだものだ」
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