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第九章 疑惑の芽
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「――どういうことです?」
ナーディアは、振り上げた腕を下ろした。コルラードは、どうにか立ち上がると、ナーディアを見つめた。
「ナーディア。ファビオ・ディ・パヴァンを知っているだろう?」
ああ、とナーディアは思い出した。パヴァン子爵の長男だ。宮廷舞踏会で、イリヴェンの外交官に無礼を働き、その後は宮廷に出禁になった。
「彼とロレンツォが、この前この店に来たんだ。僕が、今みたいにここで煙草を吸っていたら、二人がやって来て、何やら話し始めた。僕は、とっさに隠れて聞き耳を立てたんだが……」
嫌な予感がした。
「パヴァン殿は、ロレンツォにひどく怒っていた。『宮廷出禁という処分をくらったのだから、もっと金をよこせ』と。それに対してロレンツォは、『あそこまで露骨に侮辱しろとは言っていない』と言い返していた。つまりだな。あの騒動は、ロレンツォがパヴァン殿に頼んで、仕掛けたものだったんだよ!」
「――まさか」
信じられなかった。ラクサンドとイリヴェンの関係改善について、あれほど熱弁をふるっていたロレンツォ。そんな彼が、イリヴェンの外交官へ無礼を働くよう、唆すはずがない……。
「この耳で、しっかり聞いたぞ」
なぜか得意げに、コルラードが胸を張る。
「フローラは、単純だからな。騒動を上手く収めたロレンツォに、ころっと参った。ロレンツォは、最初からそれが狙いだったんだろう」
誰よりもコルラードには単純と言われたくないだろう、とナーディアは思った。一方コルラードは、すがるように訴え始めた。
「ロレンツォは、僕を追い出してフローラの婿になり、モンテッラ家を継ぐのが目的だったんだよ! 頼む、ナーディア。お前から父上に言って、ロレンツォを追い出してくれないか。お前は父上のお気に入りだから、言うことを聞いてくださるかもしれない。そうしたら僕は、家に戻れる……」
「無理ですよ」
ナーディアは、コルラードを押し止めた。
「ロレンツォとフローラ姉様は、もう婚約披露パーティーまで済ませたんです。破談になれば、姉様がかわいそうですよ。それに、橋の予算を誤魔化してお父様のお怒りを買ったのは、兄様の自業自得でしょう。今さら、モンテッラの家には戻れませんよ」
「おい。お前は、兄よりロレンツォの味方をするのか? この話を聞いてもか!」
コルラードが気色ばむ。
「そりゃあ適切なやり方とは言えませんが、それだけ姉様に執心だったのでしょう」
「は! 何だ、まさかお前も、あの男に惚れたのか?」
悔し紛れか、コルラードがせせら笑う。
「自分の姿を、鏡で見てみろ! そんな真っ黒けの、男みたいな女に、ロレンツォが振り向くわけがなかろうが。せいぜい、片想いに耐えるんだな!」
「もう一発、殴られたいですか」
再び拳を振り上げれば、コルラードはピタリと口をつぐんだ。
「とにかく……。さっきの話は、本当だからな!」
それだけ言い捨てると、彼は脱兎のごとく、店内に駆け戻って行った。
一人になると、ナーディアは考え込んだ。確かに今の話は、真実だろう。そんな作り話ができるほどの脳みそを、兄は持ち合わせていない。
(モンテッラ家を継ぐのが目的……?)
奇しくも、ダリオ、フローラ、コルラードの三人が、同じ台詞を吐いた。薄ら寒い予感がするのを、ナーディアは抑えられなかった。
ナーディアは、振り上げた腕を下ろした。コルラードは、どうにか立ち上がると、ナーディアを見つめた。
「ナーディア。ファビオ・ディ・パヴァンを知っているだろう?」
ああ、とナーディアは思い出した。パヴァン子爵の長男だ。宮廷舞踏会で、イリヴェンの外交官に無礼を働き、その後は宮廷に出禁になった。
「彼とロレンツォが、この前この店に来たんだ。僕が、今みたいにここで煙草を吸っていたら、二人がやって来て、何やら話し始めた。僕は、とっさに隠れて聞き耳を立てたんだが……」
嫌な予感がした。
「パヴァン殿は、ロレンツォにひどく怒っていた。『宮廷出禁という処分をくらったのだから、もっと金をよこせ』と。それに対してロレンツォは、『あそこまで露骨に侮辱しろとは言っていない』と言い返していた。つまりだな。あの騒動は、ロレンツォがパヴァン殿に頼んで、仕掛けたものだったんだよ!」
「――まさか」
信じられなかった。ラクサンドとイリヴェンの関係改善について、あれほど熱弁をふるっていたロレンツォ。そんな彼が、イリヴェンの外交官へ無礼を働くよう、唆すはずがない……。
「この耳で、しっかり聞いたぞ」
なぜか得意げに、コルラードが胸を張る。
「フローラは、単純だからな。騒動を上手く収めたロレンツォに、ころっと参った。ロレンツォは、最初からそれが狙いだったんだろう」
誰よりもコルラードには単純と言われたくないだろう、とナーディアは思った。一方コルラードは、すがるように訴え始めた。
「ロレンツォは、僕を追い出してフローラの婿になり、モンテッラ家を継ぐのが目的だったんだよ! 頼む、ナーディア。お前から父上に言って、ロレンツォを追い出してくれないか。お前は父上のお気に入りだから、言うことを聞いてくださるかもしれない。そうしたら僕は、家に戻れる……」
「無理ですよ」
ナーディアは、コルラードを押し止めた。
「ロレンツォとフローラ姉様は、もう婚約披露パーティーまで済ませたんです。破談になれば、姉様がかわいそうですよ。それに、橋の予算を誤魔化してお父様のお怒りを買ったのは、兄様の自業自得でしょう。今さら、モンテッラの家には戻れませんよ」
「おい。お前は、兄よりロレンツォの味方をするのか? この話を聞いてもか!」
コルラードが気色ばむ。
「そりゃあ適切なやり方とは言えませんが、それだけ姉様に執心だったのでしょう」
「は! 何だ、まさかお前も、あの男に惚れたのか?」
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「自分の姿を、鏡で見てみろ! そんな真っ黒けの、男みたいな女に、ロレンツォが振り向くわけがなかろうが。せいぜい、片想いに耐えるんだな!」
「もう一発、殴られたいですか」
再び拳を振り上げれば、コルラードはピタリと口をつぐんだ。
「とにかく……。さっきの話は、本当だからな!」
それだけ言い捨てると、彼は脱兎のごとく、店内に駆け戻って行った。
一人になると、ナーディアは考え込んだ。確かに今の話は、真実だろう。そんな作り話ができるほどの脳みそを、兄は持ち合わせていない。
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