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第八章 埋まる外堀

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 ナーディアがモンテッラ家に到着したとたん、屋敷中が大騒ぎになった。ナーディアが十九歳にして初めて、ドレスの着付けをしてくれ、と申し出たからだ。それも、姉の婚約披露パーティーという重要な日に。

 フローラは、自分の準備そっちのけですっ飛んで来て、妹のドレスデビューを喜んだ。父ロベルトは、すでにフェリーニ邸へ向けて出発していたため不在であったが、馴染みの執事や侍女たちは、そろって祝辞を述べた。中には感激の涙を流す者までおり、誰が本日の主役なのやらわからない状況に陥った。

「ナーディアお嬢様に、ドレスのお支度をさせていただける日が来るなんて、夢のようです。長年、このお屋敷にお仕えしてきた甲斐がありましたわ」

 古参の侍女は、目元を拭いながらドレスの包みを開け始めた。フローラが、喜色満面で尋ねる。

「どうした心境の変化?」
「変化なんて、していないのですけど。ダリオとの勝負に負けたのです。それで、着る羽目に……」

 説明しているうちに、侍女がドレスを取り出し広げた。その場に居合わせた全員が、息を呑む。そして、顔を見合わせた。

「そういうことだったのね、ナーディア」

 フローラは、ナーディアの手を取った。

「何が、そういうことなんです?」
「いいのよ、わかってる。勝負だなんて、照れ隠しをしなくていいわ。私は、昔からそうなるのじゃないかと思っていた」

 フローラは、合点したという顔で頷いている。ナーディアは、さっぱりわけがわからなかった。きょとんとしていたその時、侍女があっと声を上げた。

「まあ! 素敵ですわ、このネックレス。お嬢様の目の色に、そっくり」

 侍女は、ロレンツォから贈られたネックレスの小箱を手にしていた。本当に、と一同が賛同する。

「これは、ダリオからのプレゼントかしら?」

 フローラに尋ねられて、ナーディアはうろたえた。婚約者が、自分の妹とはいえ他の女性に高価な装飾品を贈ったと知ったら、いい気分はしないだろうと思ったのだ。ナーディアは、とっさに嘘をつくことにした。

「いえ。別に誰からのプレゼントでもありません。自分で購入しました」
「あら、そうなの」

 フローラが、拍子抜けした顔をする。

「てっきり、あなたを心から愛している男性からの贈り物かと思ったのに……。このネックレス、あなたにとてもよく似合うもの。それに、知っていた? サファイアって、『一途な想い』という意味があるのよ」

 胸がツキンと痛む。罪悪感以外の何物でもなかった。
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