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第四章 『サレ妻』作戦

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  翌日、委員室に入ると、待機している農水省のメンバーの中に、京亮の姿があった。一瞬、ドキリとする。
(昨日の私の発言、伝わったかしら……)
 どうでもいいではないか、と私は思い直した。今日は、京亮が尽力してきた『海外流出』問題について答弁する、大切な日だ。彼の努力を、無駄にするわけにはいかない。
 農林水産委員会がスタートする。野党の議員らに交じって質問に立ったのは、畑中舞香だった。議員辞職を迫られる中、彼女はしぶとく居座っている。おまけに訴訟まで起こされて忙しい身だろうに、私と競争するのを諦める気は無いようだ。堀を救うために一芝居打ったことを、根に持っているのだろう。その根性、ある意味頭が下がる。
「いわゆる『海外流出』問題対策についてでありますが……」
 畑中は、いつもの気取った調子で語り始めると、あれこれと理屈をこね回した。緩慢トークを簡潔にまとめると、要するに、『生産者のPRを妨げるな』と言いたいらしい。
「これについて、三好カナ農水大臣政務官にお伺いしたいのですが」
 ご丁寧に、ご指名で来た。私は壇上に立つと、まずは軽く自己紹介して挨拶した。その上で、こう切り返す。
「確かに、良い農作物を開発すること、そしてそれを広めようとすることは非常に大事でございます。ですが、損害額をお考えください」
 私は、代表例として果実の高級品種を挙げた。
「こちらだけでも、損害額は年間百億円。百億円ですよ?」
 あえて語気を強めて繰り返す。
「PRはした上で、その保護も同時に考える、それが農家の方々のためになるのではないでしょうか」
 だが、畑中はしぶとかった。
「損害額と仰いますが、対策にも莫大な費用がかかります。例えば……」
 重箱の隅をつつくようなあら探しを、しばし我慢して聞く。そして私は、再び答弁に立った。もはや、農水省側が準備した資料はほとんど見ていない。すでに、頭の中に叩き込んであるからだ。
「対策費用と損害額を比較すると、次のようになります」
 畑中の言っているコストが、いかに僅少なものであるか論破した上で、私はこう続けた。
「円安の今、絶好のビジネスチャンスです。これを機に、日本の誇る農作物を海外向けに売り出せば、いかに農家は潤うことでしょうか」
 大きく頷く者も現れる。するとそこへ、野次を飛ばす者が現れた。
「女の戦い、勝負あったな!」
 口が悪いので有名な、新日党の男性議員だ。畑中が、キッとまなじりを吊り上げる。私は、あえて男性議員を一瞥すると、畑中の方を向き直った。
「今、性に言及した野次が耳に入りましたが……。私は本日、日本の農作物の保護について畑中議員と有益な議論を交わせたことを、嬉しく思います。この委員会をご視聴されている方々が、『女性同士のバトル』といった観点でこの問題を捉えられないことを願って、答弁を終わります」
 あえて微笑みながら、冗談めかして最後の台詞を吐く。野次を飛ばした議員は、決まり悪そうな顔をした。畑中はといえば、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
 私は、さっさと席へ戻った。着席する時、ふと京亮と目が合う。一瞬ではあるが、彼は微笑んだのだった。
 委員会終了後、堀さなえと出会うと、彼女は目を輝かせた。
「三好先生、初答弁バッチリだったそうじゃない。特に最後の、よかったわよ」
「ありがとうございます。堀先生や皆様の、ご指導ご鞭撻のおかげです」
 私は神妙に答えたが、堀は妙に興奮していた。
「私もあれ、昔から嫌いだったのね。女性代議士同士で、ちょっと意見がぶつかると、男どもはすぐに『女の戦い』とか言うじゃない? そうじゃなくて、政治の議論と位置づけて欲しいのよね」
「まったくです。女性代議士の地位を、低めている感じがしますよね」
 そうそう、と堀は頷いた。
「そうだ。今度の超党派会合では、それを議題にしましょう! 三好先生、意見発表してくれない?」
「承知しました。過去の事例、集めますね」
 私は、イキイキしてくるのを感じた。実を言うと、畑中と討論することになった時から、こういう野次は予想していたのだ。それを利用して、注目を集める作戦だった。正直、畑中に勝てることは、もうわかっていたから。
「三好先生が加わってくれてから、あの会合も順調だわ。感謝してるからね」
 堀が提唱した、女性秘書の地位を保障する取り組みも、無事進行中なのである。堀は、機嫌良く私の肩を叩くと、去って行った。


 農林水産委員会での私の発言、および超党派女性議員連盟でのそれをテーマにした議論は、マスコミが大きく取り上げた。
 ――『女性代議士』として意識しすぎることこそが、逆に女性差別になるのではないか……。
 ワイドショーでは、そういった問題に敏感な女性コメンテーターが、しかつめらしい顔でそう語った。こうして私は、新人女性政務官として、一躍注目を浴びる存在となったのだった。
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