九年セフレ

三雲久遠

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四話

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 風呂でのぼせた俺を抱え上げ、その夜、新堂はもう一度ベッドで圧し掛かってきた。
俺は虚ろで、さっきと同じ愛撫に何の反応もしない。
新堂は濡れたままの俺の体に執拗に舌を這わせる。
それはまるで、今の話の埋め合わせをしようとしているようで、そのしらじらしさに、鉛のように重い体がますます鈍っていった。

「…やめ……ろよ」

 照明を消した暗い部屋で、無理に足を開かされ、新堂が俺の股間に顔を埋めようとする。

「い…やだ…っ! 触るなっ!」

 手足を突っ張り、ありったけの力で抗った。
見たこともない女を抱く新堂に、今更ながら嫌悪感が湧く。
無理やり抑え込もうとする、理不尽な力に屈したくない。

「いや……っ! やっ……」

 顔を背けて、四肢を強張らせる。
でも力は思うように入らず、息が上がり、風呂上りとは別の汗が全身から噴き出る。

「離せ……」

 言うことを聞けとばかりに、体格と力にものを言わせて抑え込まれる。

「ああっ!」

 獣の断末魔のような声が、喉の奥を切り裂く。
嫌だと言うのに、萎えきった俺自身を口に含まれた。

「はぅ……っ、ん……」

 熱い口腔と滑る舌の感触に、思わず息を呑む。
体からくたりと力が抜け、抗う気力が失せてしまう。
湯あたりで頭がぐらぐら回り、内腿に当たる男の濡れた黒髪に、痺れた指を伸ばした。

 どんなに強く願っても、決して俺のものにはできない。
その男が俺の陰部に舌を這わせ、夢中になっている。
卑猥な光景に体の芯に火が点った。
腰を持ち上げられ舌がその場所を突くように舐めてくる。

「は……ぁ」

 思わず上擦った声が出た。
さっき散々突きこまれて開ききったその場所は、もう慎ましく口を閉じている。
そこに改めて長い指を二本、三本入れられ、激しく出し入れされた。

「あ……、ん……、ん……」

 婚約者がいるくせに、その女を抱いているくせに。
指の動きに合わせて、細い声が漏れ出てしまう。
目はまだ回っていて、気持ちのよさと相まって、ゆらゆらベッドが揺れ始めた。
硬くなり掛けの俺のものは、新堂の手のひらと唇で易々とその気にさせられる。
どれほど手酷く裏切られても、いつだってこんな風に誤魔化され、拒み続けることはできなかった。

「指……、嫌……」

 それだけでは足りない。
ついさっきマックスまで乱された体が、より凶悪な刺激を求めていた。

「挿れ……て……」

 新堂の手を掴み、その動きを封じ込め、自分から硬く猛った新堂自身に体を寄せようとした。

「まだだ……」

 新堂の掠れ声が、俺の股間でくぐもって響く。
竿の先を丸く舐められ、つつっと舌で裏筋を刺激される。

「あっ……、ん」

 背筋を仰け反らして愛撫に反応してしまう。
辛い心を置き去りにして、体は嬉しいと反応を始めていた。
新堂の口での愛撫は執拗に続く。
唾液なのか俺の先走りなのか、べたべたになった股間に熱が籠り、猛ったものを激しく扱かれる。
息がすっかり上がって、胸が大きく上下する。
喘ぎ声も抑えられず、嗄れた呻きが呼吸とともに漏れ出ていた。

「も……、挿……」

 何度目かの俺の懇願に、新堂はまだ応えてくれない。
体が熱い。
最後の最後、達かせてもらえず、熱に浮かされるように身を捻る。
俺を咥えたままの新堂の髪に指を入れ、男の頭に、勝手に蠢く腰を強く押し付けた。

 そのとき、ふいに頭の上で、がたがたと大きな物音がした。
セックスで爛れた頭には、すぐには何か分からなかった。
しばらくして、ベッドヘッドに置いてあった新堂の携帯だと気づいた。
着信を知らせるバイブはなかなか止まず、一度切れても、再び震え始める。

「んっ!」

 新堂は着信している携帯を無視して、いきなり俺に捻じ込んできた。
その瞬間、喉の奥から低い呻き声が出る。
ゆっくり入ってくる男を感じながら、伸ばした手で俺に覆いかぶさる新堂の後ろ髪を引き寄せた。
俺の中をじっくり追い込み、長いそれが出入りする。
体の熱はさらに上がり、夢の中で、雲の上を歩くように高まっていく。

 携帯は俺たちのじゃまをするつもりなのか、切れてはまた、しつこく掛け直してくる。

「新……堂、あっ…あっ…あ…ん……っ」

 息が乱され、短い喘ぎが無意識に口を突いてでる。
痺れる快感に、口の端から唾液が零れ、それを新堂に見られる羞恥も、どこかへ飛んでしまっていた。
行為に没頭しようとすると、携帯はまた震え始める。
頭の上で響くその音は、酷く耳障りだった。

「は…っン…」

 急に俺の中にいた新堂に深く抉られた。
どうやらベッドヘッドに手を伸ばしたらしい。
電源を切ろうとして、新堂の手が滑った。
フローリングを打つ鈍い音が響き、同時に音も止んだ。
電話の相手も諦めてくれたのかもしれない。
新堂は、大人しくなった床の携帯をそのままに、俺への容赦のない突き上げを再開した。

「新……堂、あ……、いい」

 散々舌で舐られ昂ぶった俺の官能は、正気をすっかり飛ばしていた。

「そこ……、もっと……、ん……気持ち…い……」

 新堂のものが一気に引き抜かれ、それをまた根元まで突き入れられる。
衝撃で息が止まり、体が壊れそうになる。
愚かな俺は、男の裏切りを何もかも忘れ、ただ感じて乱れることしかできなくなった。

「突い…て……、もっと…奥、あ…ん…」

 足を開かされ、体を折り曲げる苦しい姿勢で、揺さぶられるように突きこまれる。
男ふたりの重みでベッドが激しく軋んでいた。

『もしもし?』

 突然、聞き覚えのない女の声が聞こえた。
心臓が凍りそうになり、思わず動きを止めて新堂と目を見合わせた。

『孝司さん?』

 はっとしてベッドの下を見ると、携帯の画面が青白く光っている。
どうやら、床に落ちたはずみに通話状態になり、ご丁寧にスピーカーまでオンになったらしい。

『もしもし?』

 電波の調子が悪いと思っているのか、女は何度ももしもしと繰り返す。
もしかして、聞かれていた?
最近の高性能な携帯は些細な息遣いや衣擦れの音を漏らさずに拾うだろう。
姿は見えなくても、音だけで気付かれたかもしれない。
表情を硬くした新堂は、俺から目を逸らさず、ゆっくり突き上げを再開する。
何をするんだと目で訴えたが、新堂は止めなかった。

「……く…っ」

 いいところを擦られて、声を上げそうになり、慌てて両手で自分の口を押えた。

『もしもし? 孝司さん?』

 女の声は、訝しげに新堂の名を呼び続ける。

「…ン…っ……、っ…」

 俺に覆いかぶさる男は、ゆっくりしたグラインドで俺の中を攻めながら、長い腕を伸ばし、今度こそ、携帯の電源を落とした。

 青白い光が消える。
新堂は、口元を抑えていた俺の手を掴んだ。
強張っていた指を抉じ開け絡めてくる。
一気に体の熱が下がった。
俺の中の新堂は萎えるどころか、俺を攻めるのを止めない。
同じリズムで突き上げられ、冷めた体で受け止める。

 きっとあれが婚約者だ。
新堂を手に入れた、世界中で一番幸運な女だ。
何事もなかったかのように、新堂はなおも深く口づけてくる。
心臓が潰れそうに痛み、顔を逸らして逃げようとすると、顎を強く掴まれて、無理やり口を開けさせられた。

「痛…、離……せ」

 執拗に俺の口腔深く舌を入れてくる。
指を絡めて両手を抑え、首筋から胸に、痛いぐらいに唇が押し付けられた。

「嫌だ……、も…止め……」

 結婚するんじゃないのか、あの女と。
好きなんだろう、あの女が。俺なんかよりずっと。 
そんなこと、言われなくても分かっている。
結婚するから別れよう、本当はそう言いたいんじゃないのか。
それなのに、どうして俺を無理やり抑え込もうとするんだ。

 熱病者のように身震いがして、圧し掛かってくる男を押しのけようと両腕を突っ張った。
僅かな抵抗は易々と力で捻じ伏せられ、両の手首を掴まれる。
力比べは俺には不利で、簡単に抑え込まれてしまう。
抗う気力はすぐに失せ、ぎゅっと目を瞑ると、耳の中にぽとぽと涙が入り込んだ。

 男の両腕が俺の体を抱き締める。
強引に口を開かせ、深いキスをしてくる。
唇を合わせ、つながったままだった下半身を激しく攻め立てられた。

「……んんっ……はっ……」

 凍ったように声が出なくなった。
ぐっと突き込まれて息が止まりそうになる。

「…っ……、っ…っ…」

 声にならない荒い息が喉の奥から競り上がる。
心を抉る痛みだけを冷えた全身で追っていた。

「おがた……」

 目尻から耳へと流れ続ける俺の涙を、新堂が舐め止める。

「……俺が、好きか?」
「……」

 荒い息を吐きながら、新堂はきつい目をして聞いてくる。
今更、なぜそれを俺に言わせたいのか。
唇を塞がれ、より濃厚に、擦り合わせるように舐られて、髪を掻き乱された。

「おがた……、好き……か?」
「……っ…く」

 涙がぼとぼと溢れ出る。

「言え!」

 強い語気で責められ、髪を掴まれた鈍い痛みが、男を咥えこむ体の奥に甘い疼きを生んだ。

「おがた…、言えよ…」
「……」
「言ってくれ……」

 俺に懇願するような、新堂の苦しげな声だった。
好きだと言えば、結婚を止めてくれるのか。
同じ言葉で、俺の気持ちに応えてくれるのか。
いつだって俺が言わされるだけで、こいつは何も言ってはくれない。

 嗚咽が喉の奥から込み上げてくる。
それを飲み込み、新堂を引き寄せ自分から口づけた。

「おが……た…」

 荒い息、熱い体、滴る汗。
俺の耳を舐め上げ、喉元、首筋に狂おしいほど唇と舌が這う。

 新堂はもう決めたのだ。結婚相手を、式の日取りを。
本当に酷い男。
温厚で、誠実で、とてもいいヤツ? それっていったい誰のことだ。
電話の向こうの婚約者を裏切って、こいつは平気で俺を抱くのだ。

「おがた…」

 執拗に俺の中を攻め、さっきからうわ言みたいに何度も囁いてくる。
婚約者に、どんな言い訳をするつもりなのか。
俺の知ったことじゃない。
今こいつが抱いているのは俺。それで十分だった。

「……ああ……ん……っ」

 激しい突き上げに、体を揺さぶられながら、俺の中に諦めに似た感情が戻ってくる。
愛されている。
少なくとも今この瞬間、この体は誰よりも愛されている。
今だけはこの男の全ては俺のものだと思える。

 淫らに掠れたその声で俺を呼んでくれるだけでいい。
涙がこみ上げて苦しいのは、辛いからじゃない。
こいつがくれるキスが気持ちいいからだ。

「好き……か? おがた……」
「……ううっ…、くっ…」

 新堂はもう一度俺に問う。
今度は優しく、甘い声で。
好きだと俺に言わせるだけで、好きだと返してくれることはない。
九年待って、一度たりとも叶わなかった。

 嘘でいいのに、気休めでいいのに、新堂はこんなところが正直過ぎる。
でもそんなこと、初めから承知の上。
何も言わず、何も聞かず、心なんか無くなれと念じながら、ずっとこの部屋で俺はこいつを待っていた。

 結婚して女と暮らし始めれば、今までのように三日と開けずにここに来るのは難しくなるだろう。
何か月に一度か、半年に一度か。
そのうちに子どもができて、そうすると、一年が過ぎ、二年、三年、そして……。

 それでも、もし俺がここで待っていたら、思い出したみたいに、新堂は会いにきてくれるだろうか。

  ――どうする? やるの? やらないの? 俺はどっちでもいいよ。

 十九のとき、新堂は俺にこう言った。
あのときは酷いと思った同じ言葉を、こいつはもう一度言ってくれるだろうか。

  ――どうする? もう別れる? 俺はどっちでもいいよ。 
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