その勇者偽物につき

江田真芽

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世界一のクズ

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 勇者たち一向が来るまで、俺たちはいつもと変わらない日々を過ごした。
 ドワーフ達は木を伐採したりまた新しく小屋を建てたり、俺たちはそれぞれ作物を育てたり、山菜を採ったり、狩りをしたり。

 ちなみにメルの家から送られてきた装備品が届いたものの、わざわざ重装備を身に付けて戦うような場面もなかった為まだ身につけてはいない。正直な話、見た目はそんなに高そうにも見えない。ところどころ錆びついた灰色の装備品。竜の翼セットと言うだけあって、鎧にも兜にも剣にも、薄らと竜の翼の絵が描かれていた。

 ディアナと俺は一切会話をすることはなかったけど、ディアナの方は俺に話しかけたいようだった。
 ガキくさいかもしれないけど、ディアナの話を戯言だと思っている俺からすればディアナの存在は鬱陶しかった。

 勇者一向が来た時には、ディアナが戯言を吐かないように見張っておかないといけないな‥。間違いなくその場で首を斬られるだろうし。
 でも俺はナイアの姉ちゃんに詰め寄らなきゃならないから、ディアナを見張るのはトマスあたりに任せるか‥。

 ーーーメルは、久々に勇者と再会ができて嬉しいだろうな。このまま勇者と離れたくない、とここから去ってしまうかもしれない。実際、メルの能力は素晴らしい。勇者について行ったら、間違いなく支えになるだろう。

 チリッ、と心が痛んだ。メルがいずれここから居なくなることは分かっていたくせに、案外ダメージは大きいらしい。勇者の側にいることがメルの幸せなのだから、俺はメル達にとって邪魔者でしかないというのに。

 ーー心に少しの影を抱えたまま、日々は過ぎて行った。


「ったく、何で俺様がわざわざ来てやらなきゃいけねぇんだよ!!!」

 ある朝、早朝に響き渡った声で目が覚めた。相当に苛立っている、怒号のような声。

「‥‥なんでしょうか‥‥」

 トマスも起き上がって目を擦る中、俺は小屋の扉を開けて外に出た。

 朝日を浴びて煌々と光る金の髪の男。どうやらこの男が喚き散らした張本人のようだ。両サイドには乳が溢れそうな服を着た若い女がこの男と腕を絡ませている。
 その後ろにはクールそうな青い髪の男がいて、青い髪の男の隣にはナイアにそっくりな長髪の女がいた。
 全員で5人。‥まさかと思うが、勇者パーティーじゃないよな‥?

「オメェまさかレグノかぁ??偽物の分際で勇者様をこき使いやがってぶっ殺すぞテメェ!!!」

 まじかよ。勇者、輩じゃねぇか。

「そーよー!勇者様、お疲れぴょんなんだからー!」

「あたい達とのイチャイチャタイム削ってわざわざ来たのよぉ!感謝しなさいよねぇ!」

 勇者の両サイドがピンク色のヤジを飛ばしてくる。

 というか‥‥なんだろう、この脱力感。そもそも勇者を一切信仰していなかった俺にとってどうでもいい話なんだが、こんな俺でもガッカリする。正直こんな男にメルは全く似合わない。メルが勿体無さすぎる。つーか嫁がいるのに両サイドに女抱えて旅するなよ‥。ここにメルがいるのも分かっててイチャイチャしてるなよ!!

「‥‥いっつもそんな感じなんですか?」

 俺の口から出てきた言葉はこれだった。勇者に引きすぎて溢れてしまった台詞。

「あぁん?!?!?!うっせーぞテメェ!とっとと魔道士寄越せやぁ!!」

 誰がこんな奴にナイアを差し出すかよ。

「うちにいる魔道士は、オタクの魔道士さんに魔力を乱されたせいで魔法が使えないんで、まず直してもらっていいですかね」

「あぁ?!くそ使えねぇな!!!!とっととやれマカナ!!」

 マカナというのがナイアの姉ちゃんらしい。マカナは勇者に頭を下げると小走りでこちらへ来た。どうやら勇者には逆らえないようだ。

 ナイアを呼ぼうとして振り返ったが、勇者の馬鹿みたいな声で皆起きてしまったらしく、俺の元へぞろぞろと集まってきた。

「ナイア‥」

 ナイアに呼び掛けた時、ダダが突然走り出した。

「ダダ?!」

「「ダダ様!!」」

 ダダは殺気に満ちた表情のまま、青い髪の男の元へと一直線に走って行った。
 もしかして‥。ドワーフの里を壊滅させた青い髪の男というのは‥こいつのことなのか?

 青い髪の男に向かって近距離で魔法を放とうとしたダダは、何かに弾かれるようにして宙を舞った。そんなダダのことを双子のドワーフ達が見事キャッチする。

「返せ!!ドワーフの民を‥、虹の宝剣を、返せぇぇ!!!」

 勇者の腰に下げられていた剣の柄は虹色だった。
‥まさか。勇者に装備させる為に里を滅ぼしたのか‥?

「これも勇者の為、つまり世界を救う為‥。尊い犠牲でしたね」

 青い髪の男は糸目を愉快そうに歪ませてニンマリと笑った。極悪人だ。とても世界を救うための旅をしているとは思えない。

「仕方ねぇだろぉが!!そこの!女が!!!使えねぇ装備品を用意してきたんだからよぉ!!!」

 勇者は間違いなくメルを指差していた。
メルの表情はだった。こんなメルの表情、見たことがない‥。

「‥おい勇者、お前いい加減にしろよ。何様なんだよ」

 勇者なんかと絡むなんて絶対に嫌だったけど、もうこれは絡まざるおえないだろ。虫唾が走って仕方がない。自分よりもここまでカスな奴見たことないぞ。

「あぁん?!?!俺は王子様であり勇者様なんだよ!!お前みたいな害虫とはちげぇんだよ!!!てめぇはひとりで死んどけボケェ!!!」

 相手にするのも馬鹿馬鹿しくなるほどのカス。いっそ清々しい。確かに王子様であり勇者様だな、そんでこの世でいちばんの愚か者。

 メルが無言のまま近づいて行った。勇者の両サイドの女たちが頬を膨らましているのがまた腹が立つ。

「なんだ、お前も俺と乳繰り合ーーー」

 メルの足が一瞬で高く上がったかと思いきや、勇者がいつのまにか地面に伏していた。まさか、と思うが‥メル、お前‥魔物滅殺用の殺人ブーツで踵落としを‥‥?

「‥‥おま、いいのかよ‥相手勇者だぞ?確かに清々しい程カスだったけど」

「ーーいいのです。もしも彼が本当に勇者ならば、道を正すのも私の務めですから」

 勇者は頭から血を流しながらぴくぴくと小さく痙攣していた。息はある。だが、一応こいつ王子なんだろ‥。なんかとんでもなくやばい展開なんじゃ‥?

 しかも“もしも彼が本当に勇者ならば”って‥。残念ながらこのしょうもないクズが勇者なんだってば。
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