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第19話 ロン、誘われる
しおりを挟むいくら女性の社会進出が進み始めたと言っても、ここは貴族が集う学校だし、殆どの貴族達が若くして結婚している現状は変わらない。
ただ学校を通して得る知識はやはり大きくて、結婚後に公私両面で主人を支える為にも学生生活を送りたいという淑女も多い。
中には実家の家業を自身が継ぐという覚悟を持った女性や、結婚に囚われずにやりたい仕事を見つけたいという女性もいるが、この世界ではやはり若くして結婚!という概念が根深い為、そういった女性はまだ数少ない。
それでもクラスに1人くらいは枠に囚われたくないと希望を抱く女子生徒がいたりする。すごいなぁ、と思う反面、ジェシーもやりたいことがあるのか気になったりもする。
‥‥とはいえ、俺たちは公爵家同士の婚約者。ジェシーだってもう結婚する覚悟は決まっているとは思うし、今更この婚約が取りやめになることもないだろうけど、やっぱりできればジェシーには俺との未来を望んで受け入れて欲しいというのが本音だったりする。
ーー選択肢も増えてきた世の中で、それでも家同士の婚約が決まれば道を選べなくなる人も沢山いて、境遇と環境と社会の常識によってそれを飲み込むことしかできない人もまだまだ大勢いる。
ジェシーにはやりたいことがあったのかな。
俺はただただジェシーが欲しいと、それだけを想って突っ走ってきてしまったし、もうここまできてジェシーを手放す気なんてもちろん全くないんだけど‥。でも、もし俺が突っ走ったことでジェシーが夢を諦めていたら嫌だなと思う。本当、今更なんだけど。
「ロン、ここの問題解けた?ちょっと難しくて‥教えてほしいんだけど」
休み時間にジェシーが俺の机の前にやってきた。白い制服が似合う清楚で可憐な女の子。‥はぁ、クラスメイト最高。
「‥正解はこっちだよ」
ジェシーの数学の問題集に指を差す。回答欄に書かれている方ではなく、空欄に書かれている計算式の方が正解。
「こっちか~!しっくりきてなかったんだ。ロンに聞いてよかった。ありがとう」
パァッと表情を明るくしたジェシーは、俺に向かってふりふりと手を振り自分の席へ戻っていく。
‥はぁ、クラスメイト最高‥。
ジェシーの後ろ姿を眺めていると、何やら視線を感じた。見なくてもわかる。俺の真横に座っているエドからの熱視線。
どうせ俺のことを弄りたいんだろう。それが分かるから俺はエドを見ることなく机の上に置いてあった本に目をやった‥のだが。
「ねぇねぇロンくん。僕最近すごく暇なんだよね」
本を開こうとした俺の手をエドが上から押さえつけている。
「‥‥手、離してくれない?」
「やだ」
「‥あのさー‥」
「僕の話聞いてくれるなら離してあげるよ」
エドはそう言って甘えたようにして笑った。ちなみにエドは持て囃される通り、まるでもふもふの犬を想像させるような愛らしさと人懐っこさを持ってはいるが、その顔に似合わぬ大男である。
平均的な身長の俺と比べ、エドは20㎝程背が高い。かといって爽やかなスポーツマンタイプでもなく、剣術すら苦手なインドア派。それなのに長く伸びる手足は程良い太さをしていたりする。
そんな大男が、同級生とはいえ2歳下の俺にベッタリ甘えてくるのだ。
「気持ち悪い。とっとと離せバカ」
「ひど~い!せっかく面白いこと考えついてあげたのに」
考えついてあげたとはどういうことだよ。何故上から目線なんだ。‥要は暇潰しがしたいってことだろ‥。
このままあしらっても、こういう時のエドは諦めが悪い。俺は深いため息を吐きながら「なんだよ」と言うと、途端にエドは目を輝かせてパッと俺の腕を解放した。
「僕の家に遊びに来ない??ジェシーちゃんと」
「‥‥‥は?」
「だから僕の家だよ~。神殿のすぐ裏にあるんだ。ほら僕、大神官の息子だから」
「‥‥‥いや、‥え?何のために?」
何故わざわざ大神官の家に遊びに行くんだよ‥。しかもジェシーを連れてって‥‥全くこいつの魂胆がわからないんだけど。
「何のためにって‥そりゃあ息抜き?的な感じでしょ~。仲良い子同士でお茶するのと同じ。僕んちにご招待ってこと」
「えぇ‥‥却下で」
こいつの家に行ったことなんてないから分からないけど、神殿の裏にある大神官の家って、謂わば神殿の延長みたいなもんだろ‥?絶対気疲れすんじゃん。
「えええ?!嘘でしょ?非国民じゃん」
「はあ?なんでお前の家に遊びに行かないイコール非国民なんだよ。神様気取りなわけ?自分に対する評価高すぎだろ」
「ねぇジェシーちゃあああん!!!」
エドが突然声量を上げた為、俺は五月蠅さのあまり思わず舌打ちした。たぶん今の俺の顔面は苛立ちがもろに顔に出てる。
大声で名前を呼ばれたジェシーは、周囲からの視線を気にしながらも俺たちの元へやってきた。
「ど、どうしたの?」
‥‥はぁ。天使。癒されちゃった‥。
「ねぇねぇ、今度の休みにでも、ロンと一緒に僕んちに来ない?神殿の裏にあるんだけど、すっごいリラックスできるよ」
どうせジェシーも断るに決まってる。ジェシーはこう見えて割と出不精なところがあって、俺の誘いには乗ってくれるけど普段アクティブに出回るタイプじゃない。
「行きたい!!!」
「え」
「よっしゃあ!じゃあ次の休みに2人できてね」
「うん、ありがとう!」
「え」
こうして俺は何故かエドの家に遊びに行くことになってしまったのである。
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