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第3章 

50話

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 世の中を知らない私でも、結婚というのがいかに大きなイベントなのかは分かってる。
 それが、絵本や小説と違って実際は政略結婚だらけで、物語のような愛がないのも分かってる。

 祝福の子として忙しい毎日を送っていて、本当にまだ結婚なんて考えてもいなかったのは事実。
 バージル様が私を大切に想ってくれているのはもちろんわかっていたけど、私の中にもあった乙女心が一丁前に私を拗ねさせた。

 でも‥

「おはよう、ドロシー。今日も愛らしいな」

「お、おはよう‥バージル様」

 バージル様は私の前髪を指でさらっと掬い上げた。

「好きだよ、ドロシー」

「‥‥」

 バージル様がいきなり開花しすぎて発狂しそう。
少しくらい好きだと言ってくれたっていいじゃん、という気持ちがあって拗ねたんだけど‥‥これは、ちょっと予想外だった。

 周りの視線なんて気にもせず、バージル様は当たり前にそう言った。赤くなって固まる私の頬にそっと手を当てて、柔らかく微笑んでみせている。

 バージル様‥突然の激甘‥。

「‥昨日まで国王と会っていたのは、ドロシーと結婚させてほしいと頼んでいたからなんだ。許可を貰って帰ってきたから、暫くは王宮にも行かない。困ったことがあったら直ぐに助けに行くから、俺を呼ぶこと。わかった?」

「‥‥わ、わかった‥」

「ん。じゃあ今日も頑張ろう。愛してるよ、ドロシー」

「‥‥」

 バージル様はそう言って、私の髪を撫でてから去っていった。心臓がばくばくと煩くて、死にそう‥。

「な、なな、な、な、」
「ど、どど、ど、ど、」

 マリアとユリアが顔を真っ赤にして、声にならない声をあげている。夕食の時の話を部屋で2人と話していて、「バージル様、乙女心が分かってないですね」とか「焦らすことは良いことですよ」とか言ってたけど‥マリアとユリアも私と同じ反応。‥突然の許容範囲オーバー。

「‥‥すごいことになっちゃった」

「「ですね!!」」

 その日の夜も同じだった。寝る間際、久々にバージル様が部屋に来た。本当だったら、婚姻前の男女がこんな時間にどうのこうのって言われたりするかもしれないけど、これは私たちの習慣になっていたハグ。

 ダニエルさんのことでバタついた後は、バージル様は王宮に行っていて、暫くこのハグはしてなかった。昨日は夕食であんな話をしたから、それっきりだったんだけど‥今日からまた、ハグができる毎日がきたんだ‥。

 どっどっどっ、と心臓が煩い。
習慣づいていた頃のハグとは、意味合いが大きく異なってる気がする。

 バージル様が優しく微笑みながら、無言で両手を開いた。これがハグの合図だったんだけど、なんだか猛烈に甘い感じがしてならない。

 少しずつバージル様の元に歩いて行く。一歩一歩近づく度に、心臓が更に痛くなる。

 漸くバージル様の手が届くところまで近付くと、バージル様は私を抱き寄せた。

「捕まえた」

「‥‥」

 なんだろう。前々からハグはしていたのに。前はここまではドキドキしていなかったのに。

「今日も1日頑張ったな」

 そう言って私を労ってくるバージル様。その言葉ひとつひとつが甘く聞こえて仕方がない。バージル様の声が変わったわけじゃないのにどうして‥

「‥‥バージル様、突然、甘くなりすぎ」

「嫌か?」

「‥‥嫌じゃ、ないけど」

 ぎゅうっと抱きしめられているせいで、全身がバージル様の熱を感じて熱い。嗅ぎ慣れた筈のバージル様の匂いに、頭がくらくらする。

「恥ずかしがって結果後悔するくらいなら、思ってることぜんぶ口に出した方がいいと気付いたから」

「‥‥」

 もう正直、十分バージル様の気持ちは伝わってるけど‥昨日の今日ですぐにそれを伝えるのもどうかと思うし、第一私はまだ結婚を考えていない。

 でも、バージル様が甘く気持ちを伝えてくる度に、ふわふわしていたバージル様を思う甘酸っぱい気持ちが心にずしんと積み重なっていく。バージル様への恋心を、猛烈に、急速に、自覚させられる。

「どれだけ俺がドロシーを想ってるか、わかってもらわないと」

「‥‥‥も、もう、寝ようかな!」

 耐えきれずにそう言って、バージル様の体を引き離した。これ以上ハグをしながら囁かれたら、どろどろに溶けてしまいそう。

「‥おやすみ、ドロシー。愛してるよ」

 バージル様は口の端を緩やかに上げて、目を細めて微笑んだ。
そんな、キラースマイル向けられたら‥‥死ぬ‥。

「‥‥‥‥お、おやすみなさい!」

 バージル様が部屋を出て行くのを確認してから、ベッドに飛び込んだ。発狂しそうになりながらも枕に顔を沈ませる。ドキドキといつまでも心臓が痛くて、この日はなかなか寝付けなかった。

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