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第2章
23話
しおりを挟む私は礼拝堂の真ん中に座りながら、見知らぬ女の子と向き合っていた。高そうなドレスを着てる。‥お金持ちなのかな?
「ドロシー様‥‥お願いです。呪いの痣が日に日に大きくなっていって‥もう腕を動かすのも辛いんです‥‥」
今日から私の祝福の子としてのお仕事が始まる。
ダンの妹はまだ到着していないから、本当はバージル様の次にダンの妹の呪いを解きたかったんだけど、それは叶わなかった。
「いま呪いを解くね」
そう言って、女の子の手の甲に手のひらを乗せた。バージル様の呪いを一晩かけて解いた時、コツは掴んだの。一定を心掛けて、少しずつ、少しずつ‥。
『うそつき‥僕を愛してくれないの?‥永遠を誓ったのに』
なんか‥バージル様の呪いの時より、黒い感情がすごく具体的な言葉になって入ってくるなぁ。でも呪いの量は少ないみたい。もう少しで全部解けそう‥。
「ストップですよ、ドロシー様」
「え?」
声を掛けてきたのはネルだった。
「呪いを解いてほしい方は他にもたくさん並んでいます。ひとりだけに多くの時間と力を割いてしまっては、たくさんの人たちの呪いを解くことができません」
‥いま、そんなに時間かかってたかな?たぶん全然だと思う。5分くらいだよ。
「‥この人の呪い、もう少しで解けるよ?」
「ですが、たくさんの方がお待ちですので」
ネルがにっこりと微笑むと、女の人は「分かりました」と言って立ち上がった。体がすっかり軽くなったと喜んでくれているけど‥今日ぜんぶの呪いを解いてしまえば、もう一度わざわざ来なくたっていいのになぁ。
「では次の方、こちらにお座りください」
ネルが呼びかけると、おじいさんが椅子に座った。このおじいさんも、なんだかお金持ちに見える。
おじいさんの呪いはさっきの女の人よりも軽かった。すぐに呪いを解いてあげられそう。
「はい、ストップですよ。ドロシー様」
「え‥もう??」
「はい。皆さんお待ちですので」
「‥‥あのさ、もう解けるよ?呪い」
「では、次の方どうぞ」
‥おじいさんは喜んでたけど‥本当にあとちょっとだったのに。このおじいさんもまた来なきゃいけないじゃん‥。
そのあとも、来る人来る人みんなお金持ちで、みんな中途半端な状態で帰っていった。何人もの人を相手にしたけど、毎回毎回の呪いの量が少なすぎて指先が黒く染まることもなかった。
「‥‥‥もっとできるのに」
礼拝堂から人々がいなくなってからネルにそう伝えると、ネルは少しだけ眉を下げた。悲しかったり困ってる顔ではないみたい。ぷっくりした唇は、笑っているみたいだから。
「他国の祝福の子は皆このくらいのペースで作業しているんですよ。リプリスだけが全力で呪いを解いていたら、他国の呪われた人々までここに集まってしまいます」
「‥‥それ、何か問題あるの?」
「‥‥大有りですわ。国際問題っていうものですので、難しいお話になりますが」
ネルはにっこり笑いながらそう言った。
「そうなんだ‥?」
でも‥それにしてもスローペースだよ‥。まるでまた来てもらうためにわざと調整してるみたい。それに、なんでお金持ちばっかりしかいなかったんだろう。貧しい人たちの中にも、呪いで苦しむ人はいるはずなのに。
屋敷に戻ってからも私はなんだかモヤモヤした。
みんな笑顔になってくれたけど、本当にこれでいいの‥?そういえばダニエルさん、朝はいたはずなのにずっと礼拝堂の前で受付みたいなことしてたなぁ。ダニエルさんもニコニコで「また明日もお願いしますね」とか言ってたけど、結局ダンの妹のことは「まだ来てないんです」としか言わないし‥。
うぅん‥‥。
次の日も同じような1日だった。私はモヤモヤが溜まって仕方がなくなった。
「ドロシー様、ストップですよー」
「‥‥」
ネルの言う事を無視して、呪いを解き続けることにした。
「ド、ドロシー様、終わりです!」
「いやだ」
「なっ」
考えてみれば‥別にネルの言う事を聞かなきゃいけない決まりなんてないよね。
バージル様のお屋敷ではみんなすごく優しくて、ただただ幸せな気持ちだった。でも今は、私が私の力を使ってお仕事をしてるんだもん。もちろん色々助けてもらったり、美味しいご飯を食べさせてくれて感謝はしてるけど、私は私のやりたいことをちゃんと分かってもらいたい。
「私はちゃんと呪いを解いてあげたいの」
キッと、力強くネルを見上げた。
ネルのぷっくりしたお口はへの字に曲がってた。ちょっと怒っちゃったみたい。
「はい、ぜんぶ呪い解けたよ」
「‥なんてこと‥!一回で呪いが解けるなんて‥‥!!今まで私、エラ様にお願いして何十回も通ってたんです。でも症状が軽くなるだけで呪いは解けなくて‥。ドロシー様はすごい力をお持ちなんですね!!本当にありがとうございます!!」
「体が楽になってよかったね!」
おばさんは涙をぼろぼろ流しながら喜んでいた。私がやっと、“頑張った”と思えた瞬間だった。
ネルの怖い視線は感じてたけど、私はこの後もずっと全力で頑張った。なんだかそれだけで胸がスカッとして、気持ちがよかった。
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