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束の間の平穏

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 私の1日が幕を開けました。
スーザンがカーテンを開けたことで差し込んだ眩しい日差しに「うっ」と声が漏れます。

「おはようございますアリー様」

「おはよう‥」

「‥‥昨夜、眠れましたか?奇声が凄かったのですが」

「‥奇声?何も聞こえなかったわ」

 私が首を傾げると、スーザンは少し遠い目をしていました。私は基本的に3秒で寝れるし、基本的に朝まで熟睡なのです。

 今日はジュリアと共に美術館に絵画を観に行く予定です。美術館は父の手回しにより、本日一般の方は入場規制がかかるそうです。権力ってすごいですわね。いや、お金の力かしら。

 兎にも角にもせっかくのお出かけですから、いつもより気合を入れて着飾りたいところですわ。いつもジュリアの尻拭いでいっぱいいっぱいになっていますけど、私だって本来普通の少女ですから。ええ。お洒落したいし、恋だってしたいですわ。例え政略結婚という未来が待っていようと、現時点で素敵な男性にキュンっとするのは罪じゃ無いわよね。

「アンナ、髪と化粧をお願い」

 洗面を終わらせて、鏡を覗きながらアンナを呼びました。
あらやだ、額にひとつニキビができかけてるわ。‥これは前髪で隠さないといけないわね!

「アンナ?」

 どうして反応ないのかしら。部屋をキョロッと見回すと、スーザンが少し気まずそうに口を開く。

「アンナはまだ部屋に来ておりません」

「あら、そうなの」

 どうしたのかしらね。
そんな会話をしてすぐに扉がノックされてアンナがやってきました。

「す、すみません、遅れました」

 今日も相変わらずセンス良く小洒落ているけど、目の下のクマがすごい。‥‥‥あ、もしかして。

「‥‥貴女袋を開けたわけ?」

 臍の匂いがする安眠枕。貰えるもの全て欲しいです!ってブンブン尻尾を振っていたから、引き取ってもらおうと思って渡しましたけど‥。

「‥っ」

 アンナが引き攣った顔をした。どうやらビンゴのようですわね。

「袋は絶対に外しちゃ駄目って言ったわよね」

「‥‥はい」

 まぁ、アンナはうまい話に全力で飛びつく所があるし、やっぱり思ってた通り軽率なのよね。

「何事に関しても、一度しっかり考える癖をつけた方がいいわ。どうして袋に入ってるのか、なんで私が貴女にそれを渡したのか。裏まで考えられるようになった方がいいわね」

「‥‥‥はい」

 枕をよこしたのはアンタでしょとでも言いたげね。その通りだけど私はちゃんと忠告したわ。疑う気持ちがないから袋を開けたんでしょうけど、人から貰うもの全てが善意が詰まった素敵なものとは限らない。

 私やスーザンだったら、仮に受け取ったとしても警戒して袋を開けないもの。アンナにはそういう力が足りていないのよね。ジュリアの元に戻るまでに、警戒心ってものを教え込まなくちゃいけないわね。

 アンナの指導方針を考え終えたところで、私はアンナに微笑みかけた。

「アンナ、今日は美術館に行くのよ。髪と化粧をお願いしていいかしら?」

 アンナは一瞬躊躇うような仕草を見せたものの、スーザンからの氷のような視線を感じてか直ぐに取り掛かってくれた。

 うん、やっぱりいい感じだわ!今日は薄い黄色のドレスに、編み込んだ髪の束をサイドに纏めたヘアスタイル。編み込んでいる髪にはパールや花飾りが散りばめられていて、爽やかなドレスと一体感があるわ。

 私の派手顔をよくこんな風にナチュラルに仕上げられるわね。額のニキビも綺麗に隠れてるわ!

「ありがとうアンナ!やるじゃないの!」

「い、いえ‥!」

 この才能、ジュリアの元にいくとポンコツになるのよね。どうしたものかしら。‥って、こうしてはいられないわ。ジュリアの姿を確認しなくちゃ!ライラはジュリアを止められているかしら‥?!このあと朝食だから、その時に確認しましょう‥!

 我が家では朝食は居間、夕食は食堂、と食事の場所が分かれています。ライラの力が及んだのかどうかドキドキしながら居間に着くと、ジュリアも直ぐにやってきました。

「お、おはようございますお姉様」

「アリー、おはよう‥」

 バッとライラに視線を送ると、ライラは今にも死にそうな様子で親指を立てました。ライラは己のHPをフルに使って、ジュリアの奇行を止めてくれていたようです。

 ジュリアは編み込まれたハーフアップで、胸下で揺れる甘栗色の髪は上品に巻かれていました。化粧もナチュラルで、ドレスも薄い黄緑色です。

 ‥よくやったわ‥ライラ!グッジョブ‥!!

 私とライラとスーザンは目を合わせて頷き合いました。
奇跡的すぎて目頭が熱くなるわ‥。

 朝食の時間はジュリアのトマトをパクッと奪い、母にみっともないわと小言を言われ、いつも通り終わりました。
 あぁ、今日はなんて平穏なんでしょう‥。これから絵画を見に行けるわけだし‥きっと和やかな1日になるわね、と心の底から思っていました。

ーーーージュリアの言葉を聞くまでは。

 揺れる馬車の中、ジュリアは口を開いたのです。


「‥‥‥今日、その、レックス様も来るそうです‥」

「‥‥‥なんですって?」

 平穏がひっくり返された瞬間でした。

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