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106話
しおりを挟むーーーついに王宮に来てしまった。
私とレオンが2人きりの時間を過ごしていた間、フェリシテ様は魔力を多少回復させることができたみたい。
誰かを操ったうえでその人の魔法を使わせるというのはかなり高度な技らしく、どうやらレオンにはできないらしい。
その為、フェリシテ様がジャンヌを操りながら皆で王宮にワープしてきたのだった。
王宮は未来と大きくは変わらない。だけどところどころ“新しさ”を感じるから、知っている場所のはずなのに知らない場所のようだ。
私たちはすぐに皇帝陛下の前まで通された。皇后陛下を見つめる皇帝陛下は瞳がぐらぐら揺れている。泣き出しそうな感情を懸命に抑えているようだった。
「一体‥何が起こったんだ‥‥」
皇帝陛下が尋ねると、皇后陛下は口を開いた。
「ジャンヌという女性に連れ去られ、危うく殺されかけるところでしたが‥フェリシテ様をはじめ、こちらの皆様方に助けて頂いたのです」
「そうだったのか‥‥。皆さん、ありがとうございます。お礼は必ずさせて頂きます」
皇帝陛下は私たちを一瞥してから深く頭を下げた。私たちも慌てて頭を下げる。
皇帝陛下はまだ30代と若いけれど、物腰がとても柔らかい人みたい。史実通りの人柄だわ。
「‥‥ジャンヌはお前だな‥?処刑の準備が終わるまで城の牢屋に入っててもらおう」
皇帝陛下が地面にへたりと座り込むジャンヌに声を掛ける。
ジャンヌは操っていない状態だと魔法でいくらでも逃げてしまう。その為いまもフェリシテ様が操っている状態だ。
「‥皇帝陛下よ。この場での発言を許して貰えるか」
フェリシテ様の言葉に、皇帝陛下は小さく頷いて「あぁ」と返事をした。
「ジャンヌはワープの魔法が使えるから今は私がジャンヌの動きを操って止めている。‥が、私は正直魔女たちを守る為にこの魔力を割きたい。ジャンヌのことは今すぐ殺してくれ」
ジャンヌは皇后陛下を殺すつもりで連れ去り、帝国中で魔女狩りが始まるきっかけを作った。処刑は当然免れない。
皇帝陛下が頷こうとしたその時のことだった。何やら恰幅のいい家臣が皇帝陛下に耳打ちをした。
途端に皇帝陛下の表情が暗くなる。家臣のその言葉に多少の苛立ちを滲ませているように見えた。
「そんなわけないだろう」
皇帝陛下の言葉に家臣は首を横に振る。
「可能性の話でございます」
「っ‥、ふざけるのもいい加減にしろ!!!」
顔を真っ赤にした皇帝陛下は、怒りからかプルプルと小さく震えている。
アロイス皇帝陛下は歴史書にも“非常に穏やかで争いを嫌っていた”と記されていた。そんな温厚な皇帝陛下が、何故ここまで腹を立てているのかしら‥。
「一体どうなさったのですか‥」
皇后陛下が心配そうに首を傾げると、皇帝陛下はまたもや瞳を揺らした。
そして言いにくそうに小さく口を開く。
「‥魔女には様々な力を持つ者がいるから、グレースが本物ではない可能性もあると‥」
「まぁ」
驚いて目を丸める皇后陛下を前に、家臣は少々気まずそうに視線を下げた。
でも確かに家臣が心配する理由もわかる。私たちは全貌が分かっているからそんな可能性がないことを分かっている。
だけど王宮の人たちは国家転覆を防ぐ為にも様々な可能性を考慮しなくてはならない。
‥もしもジャンヌの行動が魔女全体の意思を表すものだったとしたら、魔女狩りを辞めさせる為に魔女が皇后陛下になりすます可能性だって追えないわけじゃない。そのうえ偽物の皇后陛下が王宮内を混乱させてしまうかもしれない。
「あくまでも可能性のお話です。この帝国は魔女が住まう国。慎重に考えなくては足元をすくわれてしまいます」
家臣がそう言い放つと、皇后陛下が何かを閃いたように「あっ」と明るい声をあげた。
「秘薬があるじゃないですか!」
「っ!‥あぁ‥あれなら‥」
秘薬、と聞いて私とレオンとバートン卿は目を合わせた。もしかして‥魔女殺しの秘薬のこと‥?
家臣の人達がざわつく中、すぐに秘薬は運ばれてきた。
見覚えのある紫色の小瓶は、過去へ飛ぶ前に王宮で差し出されたものと同じだ。
自分が飲むわけではないのに手のひらに汗が滲んだ。きっとあの時の緊張感を体が覚えているのだと思う。
皇后陛下は何も躊躇いもなく小瓶の栓を抜き、一気に秘薬を飲み干した。
「うっ!!」
喉に両手を当てて皇后陛下がしゃがみ込む。途端に家臣たちがどよどよと騒めいたが、一番の動揺を見せたのは皇帝陛下だった。
「グ、グレェェェスゥゥゥ!!!!!うおおおおお!!!!」
王宮全体まで響き渡るのではないかという音量だ。気弱そうな顔付きからは想像もできない野太すぎる叫び声が続いている。
「っ、ま、不味すぎますわ‥この秘薬‥」
こほこほ、と小さく咳き込みながら皇后陛下は体を起こした。皇后陛下が魔女ではないことは分かっていたけど、それでも内心ヒヤヒヤしてしまった。
野太い声で叫んでいた皇帝陛下は顔をボッと赤らませたあと、スゥッと元の気弱なすまし顔に戻った。
「‥薬は不味いものだからな」
そんな皇帝陛下を見て、ほんの少しだけ頬を緩ませている皇后陛下。決して前面に喜びを見せないけど、皇帝陛下に心配されたことが嬉しかったみたい‥。
この夫婦、もしかして‥お互いへの気持ちをあまり表に出さないようにしているのかしら。
兎にも角にも皇后陛下が本物であるという証明が済んだ。薬の効果を確かめることにも繋がるということで、ジャンヌは操られた状態のまま秘薬を口にした。
口に含んだ途端、全身が沸騰したように泡になり‥ジャンヌの姿はそのまま消えて無くなってしまった。
床に残っていたじゅくじゅくとした泡も、やがて弾けるようにして全て消えた。
あっという間すぎて瞬きなんてできなかった。
処刑は必然だったし、彼女に同情の余地はない。
だけどやっぱり、人が目の前で死ぬことに抵抗がない人なんていない。少なくとも温室育ちの私は、暫くその泡を思い出して何度も吐きそうになった。
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